社会・産業のデジタル変革
2025年度オープンソース推進レポート:Part I 日本の現在地
ソフトウェア動向調査が企業の「意識・方針」を測るのに対し、本章ではIPAが2025年度に実施した、日本を含む7か国の政府機関によるGitHub上の定量分析を詳述する。両調査を組み合わせることで、日本のOSS活用の「実態と意識のギャップ」を立体的に把握することができる。
本調査は、各国政府・公的機関のGitHubアカウントから公開されているリポジトリ上のデータを収集・分析したものである [独立行政法人情報処理推進機構, 2026]。対象7か国(日本・エストニア・シンガポール・ドイツ・フランス・英国・米国)は、政府のデジタル化に積極的な国々であり、行政OSSの先進性と規模において幅広い分布を持つよう選定された。収集期間は2025年9月〜10月であり、総計30,298リポジトリを分析対象とした。
収集した指標はリポジトリ数・スター数・フォーク数・プルリクエスト数・イシュー数・コントリビューター数・初回コミット日時の7種類である。これらの指標を組み合わせることで、各国の行政OSSについて「規模(リポジトリ数)」「外部からの関心(スター数)」「協働の活発さ(プルリクエスト数・コントリビューター数)」「歴史的経緯(初回コミット日時)」を多角的に評価することが可能となった。なお本調査はGitHub上で公開されているリポジトリのみを対象としており、非公開リポジトリや他のコードホスティングサービスは対象外である。
分析の結果、7か国は規模と活動パターンによって3つのグループに分類された(下表参照)。英国(約16,000件)・米国(約10,000件)は圧倒的な規模を誇る「大規模グループ」を形成している。英国はGDS(政府デジタルサービス)を中核とした中央集権的なリソース投入、米国は省庁が自律分散的に拡大するリゾーム型(連邦分散型)でそれぞれ特徴的な成長を実現している。
| グループ
|
対象国
|
代表的特徴
|
|---|---|---|
| 大規模
|
英国(約16,000件)、米国(約10,000件)
|
中核組織主導 or 連邦分散型で圧倒的規模
|
| 中規模
|
フランス(約2,400件)
|
政府主導・スタートアップアプローチで中規模整備
|
| 小規模
|
日本(626件)・ドイツ(276件)・シンガポール(483件)・エストニア(196 件)
|
特定分野・基盤に集中投資、在来種型
|
日本(626件・22組織)はドイツ・シンガポール・エストニアとともに「小規模グループ」に属する。これらの国は規模では英米に及ばないものの、特定の分野・基盤に集中投資することで質的な成果を上げているという共通点がある。エストニアはe-Governmentの先進事例として知られ、シンガポールはGovTechという専門組織を通じて体系的なアプローチをとっている。この文脈で捉えると、日本の626件・22組織という数値は「劣後」ではなく、同類の先進国と同じ発展段階にあることを示唆している。
日本の行政OSSの詳細を見ると、地図・空間情報分野への高い集中が見られる。国土地理院(108件)と国交省PLATEAU(103件)の2組織だけで国内活動の約3分の1を占めており、この分野への集積は他国と比較しても際立っている。これは国土地理院の長年の地理空間情報整備への取り組みと、PLATEAUが都市3Dモデルの標準化という明確な社会課題に応えて自然発生的に成長したことによるものと考えられる。外部からの指示ではなく現場のニーズと専門性から生まれたという意味で、これらは日本の「在来種型」OSSの典型例である。
デジタル庁の活動は量より質の観点で注目に値する。7件というリポジトリ数は少ないが、スター数1,043という数値は外部エンジニアの高い潜在関心を示している。1リポジトリあたりのスター数という観点では他組織を大きく凌駕しており、デジタル庁の取り組みが国内外のエンジニアコミュニティから強い関心を集めていることがわかる。
日本固有の特徴として、1リポジトリあたりのプルリクエスト数が小規模グループの中で最低水準(6.1件/リポジトリ)であることも挙げられる。これは外部コントリビューターによるプルリクエストを厳格にコントロールし品質管理を重視していることの表れとも解釈できる一方、コミュニティとの外部協働が十分に広がっていないことを示している可能性もある。また、リポジトリ公開数と政策イベントの連動も確認されており、2012年の電子行政オープンデータ戦略や2021年のデジタル庁設立前後に公開数が増加している。日本の行政OSSは政策ドリブンで発展してきた側面があり、今後の政策設計が公開数・活動量に直結することを示唆している。
7か国全体の技術分野分布を見ると、「行政サービス」(2,340件)と「データ基盤・API」(1,935件)が最多を占める。注目すべきは全体の約3分の1が「開発ツール(テストコード・SDK・CI/CD)」であることだ。完成したシステムではなく、システムを構築するための「レシピ」や「調理器具」が公開されているという事実は、行政OSSの価値のあり方を表していると言える。ソースコードそのものよりも、標準化された手順・ツール・仕様を公開することで、民間ベンダーが独自に実装・サービス化できるエコシステムが形成される。
この観点からPLATEAUの戦略は示唆に富む。PLATEAUが都市3DデータをUnity・Minecraft向けのコンバーターとともに公開したことで、ゲーム開発者・教育関係者・スタートアップが独自の活用事例を生み出し、ダウンロード数が急増した。「行政のニーズに合わせた完成品を作る」のではなく「民間の既存ツールに合わせた種を提供する」という発想の転換が鍵となっている。一方、分類困難なリポジトリが多く存在することも調査から判明しており、OSSカタログの整備とメタデータ標準化が今後の重要課題として浮上している。
第2章(ソフトウェア動向調査)と第3章(世界の政府機関GitHub調査)を照合すると、日本のOSS活用の「現在地」と「次の壁」が立体的に見えてくる。前者は民間企業におけるOSS意識・ポリシーという「ソフトな側面」を測定し、後者は政府機関が実際に公開するコードという「ハードな側面」を測定している。調査対象のセクターは異なるが、両者が一致して示すのは「日本が認識から実践への移行期にある」という傾向であり、この移行を加速するためには民間セクターと公共セクターが連携し、相乗効果を生み出すことが重要と考えられる。
民間の「ポリシー化ノウハウ」と公共の「オープンコード資産」:民間企業が蓄積したOSSガバナンス知見を政府機関が活用することで、在来種の制度化・横展開を加速できる
民間エンジニアの公共リポジトリへの参画:OSPO体制を整備した民間企業が政府機関リポジトリへの貢献を増やすことで、スター数・コミット数の絶対差を縮め、日本の在来種の国際競争力を高められる
これらのギャップはPart IIで検証する世界のトレンドと交差することで、より鮮明な輪郭を持つ。在来種の「強み」を磨くとともに、組織体制・制度・国際連携という「ギャップの側面」を埋める施策が求められる。Part IIIではこの二面性を受け止めた施策設計を示す。