社会・産業のデジタル変革
公開日:2026年3月23日
独立行政法人情報処理推進機構
デジタル基盤センター デジタルエンジニアリング部
ソフトウェアエンジニアリンググループ
SLCP国際規格の2015年版(JISでは2020年版)から「ビジネス又はミッション分析プロセス(Business or Mission Analysis process)」が追加されています。このプロセスは、開発前の概念段階の初期に相当する超上流段階において、ビジネスまたはミッション上の問題または機会(“機会”はJISの用語であるが、分かり易く言えばビジネスのチャンス)について分析するものです。その結果として、問題を解決又は機会を活用するための複数の方策案を評価し、それらを実現するためにシステム構築の検討に入ることになります。要するに、ビジネスに関わる問題やチャンスを見つけ、それを解決したり活かしたりする方法を考えるプロセスということになり、システム構築の始まりに位置づけられます。SLCPの「ビジネス又はミッション分析プロセス」の実施に際しては、ビジネス分析について体系的に解説しているビジネスアナリシスの知識体系(BABOK)ガイドが参考になります。本稿では、BABOKを参考にしたビジネス分析の一例を紹介します(注釈1)。
デジタル時代が進み、ITが経営(ビジネス)に占める割合はますます高まっています。経営が求める価値をITによってどのように実現するかを方向づけるために、ビジネス分析を行います。すなわち、ビジネス分析はどの企業も当然行うべき普通のことなのです。
ビジネス分析は、ITの分野においては主に超上流工程にあたるもので、ビジネスの目標・戦略からITへの要求を導くためのプロセスです。ITシステム開発がうまくいかない主要な理由として、要件定義の不十分さや要件決定の遅延にあると言われ続けています。たとえば、次のような事例が聞かれます。
このような問題を起こさないように要件定義を適時適切に行うためには、ITへの要求を的確に把握することが重要です。すなわち、ITを導入する目的、IT導入により創出したい価値という真のニーズを系統的に明らかにする必要があります。そのための主要な活動がビジネス分析です。なお、現在のITシステム開発では、ユーザー企業/ベンダー企業の役割に境界を設けることが必ずしも適切でない状況もあり、1つのプロジェクトチームの中にビジネスアナリストを含む体制も考慮されるべきでしょう。
「ビジネス又はミッション分析プロセス」は、ビジネスに関する次の事項を目的とします[参考文献1]。
そして、同プロセスでは、次のアクティビティ及びタスクを実施します。
ビジネス分析(ビジネスアナリシス)を進めるための実践知識を体系化したグローバル標準として「BABOK(Business Analysis Body of Knowledge)Guide」[参考文献2]があります。BABOKガイドは、国際的な非営利団体であるIIBA(International Institute of Business Analysis)により発行され、最新版はv3.0(2015年公開)となっています。
BABOKガイドによれば、「ニーズを定義し、ステークホルダーに価値を提供するソリューションを推奨することにより、エンタープライズ(企業)に変革(チェンジ)をもたらす専門活動」をビジネス分析と定義しています。すなわち、企業の抱える問題や潜在するチャンスを客観的に分析し、的確な根拠に基づいた解決/活用策を提案・実行支援する活動、ということになります。表現は異なりますが、SLCPの「ビジネス又はミッション分析プロセス」の目的と同様です。
BABOKガイドでは、ビジネス分析に関する6つの基本概念を「ビジネスアナリシス・コアコンセプトモデル(BACCM:Business Analysis Core Concept Model)」として定めています[参考文献3]。このモデルには、ビジネス分析とは何であるかとともに、ビジネス分析のタスクの実践者の観点や、属する業界、実践する方法論、組織中の位置付けにかかわらず、実践者にとってビジネス分析が何を意味するかが含まれています。
BABOKでは、上記のコアコンセプトの定義を明らかにし、ビジネスのチェンジを進めていくために必要な6つの知識エリアに、ビジネス分析の専門的で具体的な知見をまとめています。それぞれの知識エリアのタスク概要を紹介します。
6つの知識エリアには、下記に示す複数のタスクが組み込まれています。ここでのタスクとは「ビジネス分析の一環として公式または非公式に実行される、ビジネス分析を構成する個々の業務」とされています。
「ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」は、ビジネスアナリストとステークホルダーのビジネスアナリシス作業を連携させるために行います。タスクのアウトプットは、ビジネスアナリシス全般のガイドラインとして使われます。
「引き出しとコラボレーション」により、ステークホルダーや他の情報源から要求やデザインに関する情報を発見し、アナリストとステークホルダーがビジネス分析のための情報を相互に理解して合意点を見い出せるようにします。
「要求のライフサイクル・マネジメント」は、ビジネス、ステークホルダー、ソリューションの要求とデザインを整合させて、ソリューションがそれを確実に実現できるようにするために行います。
「戦略アナリシス」は、戦略的または戦術的に重要なビジネスニーズを特定してエンタープライズがそのニーズに取り組めるようにし、その結果から得られるチェンジ戦略を上位及び下位の戦略に整合させるために行います。
「要求アナリシスとデザイン定義」は、ビジネスニーズを満たし最大の価値を生み出す最適なソリューション選択肢を推奨するために行います。ビジネスアナリストがニーズ、要求、デザイン、ソリューションをモデリングすることは、他のステークホルダーとのコミュニケーションに役立ちます。
「ソリューション評価」は他の知識エリアと異なり、部分的であっても実際のソリューションに対して行います。これはベネフィットの実現を支援するもので、チェンジ開始前、ソリューション開発中、開発後いずれの段階においても適用され得ます。
以上の情報を前提とし、BABOKガイドを参考に、ビジネス分析を行う際のヒントを記します。
ここでは、BABOKガイドが示すタスクを実施することにより、SLCPのビジネス分析プロセスを遂行することを検討します。そのため、JIS X 0170:2025 (ISO/IEC/IEEE 15288:2023) の6.4.1 「ビジネス又はミッション分析プロセス」のアクティビティ・タスクと、BABOKガイドの各知識エリアのタスクとの対応付けを試みます。
両者は分類の観点が異なることから、SLCPの各タスクはBABOKガイドの複数の知識エリアにまたがって対応しています。一例として、JIS X 0170:2025 のアクティビティとBABOKガイドの知識エリア・タスクとの対応関係の例を以下に示します。
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JIS X 0170:2025 6.4.1 アクティビティ/タスク |
BABOKガイドv3 知識エリア/主な関連タスク例 |
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a)ビジネス又はミッション分析の準備を行う
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(1)ビジネスアナリシスの計画とモニタリング (2)引き出しとコラボレーション |
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a-1)組織戦略・運用概念の変化をレビューする
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(2)引き出しとコラボレーション -引き出しを準備する -引き出しを実行する -引き出しの結果を確認する |
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a-2)分析戦略を定義する
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(1)ビジネスアナリシスの計画とモニタリング -ビジネスアナリシス・アプローチを計画する -ステークホルダー・エンゲージメントを計画する -ビジネスアナリシス・ガバナンスを計画する -ビジネスアナリシス情報マネジメントを計画する |
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a-3)必要なイネーブリングシステム/サービス
を識別し計画する
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(対応無し)
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a-4)イネーブリングシステム/サービスを入手
/アクセスを取得する
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(対応無し)
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b)問題又は機会の空間を定義する
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(4)戦略アナリシス (3)要求のライフサイクル・マネジメント |
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b-1)問題・機会を分析する
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(4)戦略アナリシス -現状を分析する |
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b-2)問題・機会を定義する
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(4)戦略アナリシス -将来状態を定義する |
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b-3)問題・機会を優先付けする
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(3)要求のライフサイクル・マネジメント -要求に優先順位を付ける |
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c)ソリューション空間を特徴付ける
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(5)要求アナリシスとデザイン定義
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c-1)予備的な運用概念・ライフサイクル概念を
定義する
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(5)要求アナリシスとデザイン定義 -要求アーキテクチャーを定義する |
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c-2)代替ソリューションのクラスを識別する
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(5)要求アナリシスとデザイン定義 -デザイン案を定義する |
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d)代替ソリューションのクラスを評価する
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(5)要求アナリシスとデザイン定義
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d-1)各代替ソリューションをアセスメントする
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(5) 要求アナリシスとデザイン定義 -潜在価値を分析しソリューションを推奨する |
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d-2)好ましい代替ソリューションを選定する
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(5)要求アナリシスとデザイン定義 -潜在価値を分析しソリューションを推奨する |
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d-3)戦略レベルのライフサイクル概念へフィード
バックする
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(対応無し)
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e)ビジネス又はミッション分析をマネジメントする
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(1)ビジネスアナリシスの計画とモニタリング (3)要求のライフサイクル・マネジメント |
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e-1)決定と根拠を記録に残す
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(1) ビジネスアナリシスの計画とモニタリング -ビジネス アナリシス情報マネジメントを計画する |
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e-2)トレーサビリティを維持する
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(3)要求のライフサイクル・マネジメント -要求を維持する -要求をトレースする |
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e-3)ベースラインのための作成物を提供する
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(3) 要求のライフサイクル・マネジメント -要求を承認する |
上表から、SLCPの6.4.1 「ビジネス又はミッション分析プロセス」は BABOKガイドの知識エリアを横断的にカバーした形になっており、特に「戦略アナリシス」「要求アナリシスとデザイン定義」「要求のライフサイクル・マネジメント」が対応していることが分かります。
SLCPの6.4.1 「ビジネス又はミッション分析プロセス」がプロセスフレームワーク(枠組み)を提供するのに対し、BABOKガイドはビジネス分析を実践するための詳細な手法・知識体系(具体的なやり方)を提供することから、両者は相互補完的な関係にあります。すなわち、両者のタスクは1対1には対応しないものの、異なる多様な視点からのタスク実施と確認が可能となります。
したがって、たとえば、上記で例示したタスク対応関連表をチェックリストのような形にして利用することにより、次のような効果が期待できます。
ビジネス分析は、一般に、全社レベルと各事業部レベルなど複数の階層で行われます。したがって、「ビジネス又はミッション分析プロセス」は各階層で再帰的に適用されます。ただし、ビジネス分析においては、各階層内に閉じた議論・検討のみならず、階層間のコミュニケーションがより重要となります。
また、「ビジネス又はミッション分析プロセス」と関連の深いSLCPの「利害関係者ニーズ及び利害関係者要件(要求事項)定義プロセス(stakeholder needs and requirements definition process)」、「システム要件(要求事項)定義プロセス(system requirements definition process)」、「システムアーキテクチャ定義プロセス(system architecture definition process)」などの適用の結果として、相互にフィードバックがよく行われます。すなわち、これらのプロセスは反復的に適用されることになります(注釈4)。より具体的には、ビジネス分析は、ユーザー企業の経営部門、ITシステム部門、及びベンダー企業の三者が共通に実践すること(common practices)であり、この三者が1回のサイクルでビジネス分析を完了とするのではなく、何度も分析サイクルを繰り返すことが必要となります。
IPA デジタル基盤センター
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2026年3月23日
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