社会・産業のデジタル変革
IPA調査分析ディスカッション・ペーパー2023-02
公開日:2023年11月7日
独立行政法人情報処理推進機構
調査分析室 遠山真
本ディスカッション・ペーパーは、執筆者の見解に基づく内容であり、独立行政法人情報処理推進機構としての公式⾒解を示すものではありません。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は2023年2月に公開したDX白書2023において、日本の企業では従業員規模が小さくなるほどDXの取組も少なくなっていることを示した。
本ディスカッション・ペーパーでは、DX白書2023で分析結果を示した「企業を中心としたDX推進に関する調査」をさらに詳細に分析した結果を示す。具体的には、中小企業(従業員100人以下)におけるDXに関係する取組内容について、DX取組あり((1)DX成果あり、(2)DX成果なし)、(3)DX取組なしの3グループに分類した比較、分析を行い、中小企業のDX推進について考察した。
2022年に独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が実施した「企業を中心としたDX推進に関する調査」(以下、「2022年度調査」)では、日本の企業では従業員規模が小さくなるほどDXの取組も少なくなっていることを示した。本稿では2022年度調査のデータを活用し、日本の中小企業(とくに従業員100人以下)におけるDXの取組の実態、DXの成果の有無を軸にした比較、分析を行った。なお、本稿で分析しているデータは上記のとおり、従業員数の規模で分類・抽出していることから、分析対象のサンプル数が小さくなっていることに留意されたい。具体的な数値は各図表に記載している。
図表-1はDXの取組状況を従業員規模別に見たものである。DXに取組んでいる企業の割合(「全社戦略に基づき、全社的にDXに取組んでいる」「全社戦略に基づき、一部の部門においてDXに取組んでいる」「部署ごとに個別でDXに取組んでいる」を合計した割合)は従業員規模が小さいほど低くなっている。また、従業員100人以下の中小企業では、「DXに取組む予定はない」が3割強であり、従業員101人以上の企業の回答と比べて著しく高い。
つぎに、DXの成果の状況を見る。図表-2は、DXの成果が出ていると回答した企業に対してDXの取組領域ごとの成果の状況を尋ねた結果を、従業員100人以下と企業全体で見たものである。図表-1のDXの取組状況では従業員規模による差が大きかったが、DXの成果が出ている割合(「既に十分な成果が出ている」「既にある程度の成果が出ている」を合計した割合)で見ると従業員規模による差は小さく、とくに「アナログ・物理データのデジタル化」「業務の効率化による生産性の向上」では、100人以下の「既に十分な成果が出ている」という回答が企業全体の平均を上回っている。「アナログ・物理データのデジタル化」は経済産業省の「DXレポート2(中間取りまとめ)[脚注1]」で示されたDXの第一段階であるデジタイゼーションに該当するもので、中小企業でもDXの基本的な取組の成果が出ていることがうかがえる。
従業員規模が小さいほどDXの取組の割合は低いものの、100人以下の企業でもDXに取組んでいる企業はDXの基本的な取組領域で成果が出ていた。そこで、2022年度調査におけるDXの取組・成果の有無とその他の調査結果との関係を分析することとした。
従業員100人以下の企業について、DXに関係する取組内容について、それぞれ「DX取組なし」[脚注2]「DX成果なし」「DX成果あり」[脚注3]の3区分に分けて比較した結果を図表-3に示す。なお、対象としては、企業の組織連携・推進体制、ITシステム機能に対する意識(重要度)、主要な開発手法・技術やデータの利活用状況を取上げ[脚注4]、選択肢のうち「できている」「いる」「重要である」「活用している」といった回答(以下、「実施している」と総称する)の割合を合計して比較した。
DXに取組んでいる企業、DXの成果が出ている企業の方が、総じて組織・体制やITシステム、関連技術やデータの利活用を「実施している」割合が高いことがわかる。以下、項目ごとの特色を示す。
組織内・組織間の連携について尋ねた結果である。DX取組なしの企業ではともに「実施している」割合が2割前後、DX成果なしの企業では3割5分、DX成果ありの企業では6割前後と、それぞれ大きな差が見られる。この傾向は101人以上の企業でも同様である。経済産業省は2019年、DXの推進に向けた現状や課題に対する認識を共有し、アクションにつなげるための気付きの機会を提供するものとしてDX推進指標[脚注5]を公表したが、それには「経営・事業部門・IT部門が目的に向かって相互に協力しながら推進する体制」や「外部との連携」が含まれている。そのような部門の協調や組織を超えた連携が、中小企業でもDXの重要な要素であることが、上記の結果により裏付けられている。
DXの推進に必要と想定される実施体制に関して尋ねた結果である。DX成果ありの企業とDX成果なしの企業の差が小さく、IT分野に見識がある役員や専門部署が存在しない場合でもDXの成果を出している中小企業が存在することがわかる。中小企業白書・小規模企業白書2023年版の事例[脚注6]では、システム関係の専任者がいない中小企業がシステム開発会社との連携によりデジタル化による業務効率化を実現した事例が挙げられている。また、DX白書2023の企業インタビューでも、大学や他企業の人材を活用した事例がある[脚注7]。人的リソースが十分でなく、役員を増やすこと、DX推進に係る専門部署やプロジェクトチームを設置することが容易でない中小企業では、これらの事例のように、外部との連携など、何らの工夫によって成果を出していると推察される。
ビジネスニーズに対応するためのITシステム機能の重要度を尋ねた結果である。その中から、DXを実現するためのITシステムの共通要素[脚注8]である「スピード・アジリティ」「社会最適」「データ利活用」に関連した6項目を取上げている。全体にDX取組なしの企業の回答割合が低い。また、DX成果ありの企業とDX成果なしの企業では、前者の方がほとんどの項目で「実施している」割合が高いものの、大きな差は見られない。なお、2022年度調査では、ITシステム機能の同じ項目に対する達成度についても尋ねているが[脚注9]、日本企業では、重要度と比較して、総じて「達成している」割合(「達成している」「まあまあ達成している」の合計)が低く、ITシステム機能の重要性に気づきつつも、実現できている企業は一部であった。
ITシステムの開発手法・技術の活用状況を尋ねた結果である。ここでは開発手法・技術17項目の中から「活用している(「全社的に活用している」「事業部で活用している」を合計した割合)」が3割を超えているSaaSおよびパブリッククラウドを取上げている[脚注10]。どちらの技術の活用状況ともDX成果ありの企業が突出していることがわかる。SaaSやパブリッククラウドはITシステムの迅速な構築や拡張に有用な技術である。2022年度調査ではITシステム機能の達成度について尋ねているが(前述(3)参照)、その選択肢である「変化に応じ、迅速かつ安全にITシステムを更新できる」(図表-4)、「小さなサービスから始め、価値を確かめながら拡張していくことができる」(図表-5)を見ると、SaaSを活用している企業の達成度は活用していない企業の約2倍、パブリッククラウドでは約3倍であり、両技術が迅速かつ拡張性の高いITシステム導入に寄与したと推察される。
なお、DX取組なしの企業、DX成果なしの企業はともに「活用している」が少ないが、DX成果なしの企業では「活用を検討している」という回答がSaaSでは25.0%、パブリッククラウドでは30.0%となっており、今後の導入が期待される(図表-6)。ただし、導入すれば成果が出るわけではなく、前述の「スピード・アジリティ」「社会最適」「データ利活用」の観点から目的や課題に合わせた技術の導入を検討する必要がある。
企業のデータ利活用状況について尋ねた結果である。DX成果ありの企業の「実施している」割合はDX取組なしの企業の4倍程度と大きな差がある。図表-7は、DXに取組んでいない企業とDXの成果が出ている企業のデータの利活用状況の内訳を示したものである。利活用の差だけでなく、「今後も取組む予定はない」がDXの成果が出ている企業の0%に対してDXに取組んでいない企業は半数を超えている。「データ利活用」は、DXを実現するためのITシステムの共通要素の一つであるとともに、データを重要経営資産の一つとして活用することが企業のDX戦略の望ましい方向性であることから、データ利活用に取組む企業が増加することが望まれる。
本稿では100人以下の企業に着目して、DX取組なし/DX成果なし/DX成果ありの別で分析を行った。ここからは、分析結果をDX推進に必要な戦略、人材、技術の観点でまとめ直すとともに、中小企業がDXの取組を推進するための考察を述べる。
戦略の観点では、2022年度調査では従業員規模が小さいほどDXの取組の割合が少ないという結果が出ていたことに対し、DXの成果で見ると従業員規模による差が小さいことがわかった。とくに「アナログ・物理データのデジタル化」「業務の効率化による生産性の向上」などの基本的なDXの取組については、「既に十分な成果が出ている」という回答が企業全体平均を上回っていた。また、「スピード・アジリティ」「社会最適」「データ利活用」に関連したITシステム機能については、DXに取組んでいる企業の方が重要と考えている割合が高かったが、DX成果ありの企業とDX成果なしの企業では大きな差が見られなかった。
人材の観点では、「経営者・IT部門・業務部門の協調」「組織の壁を越えた協力・協業」といった組織連携でDXに取組んでいる企業、DXの成果が出ている企業の方が「実施している」割合が高かったが、「IT分野に見識がある役員」の有無、「DX推進やデジタルビジネス強化の部署」といった推進体制についてはDXの成果との関係は顕著ではなかった。外部のシステム開発会社との連携や大学や他企業の人材を活用する事例などから、十分な実施体制が組めない場合でも何らの工夫で成果を出している可能性がある。こうした中小企業の工夫や事例を参考として自社の状況に即した取組を行うことにより、実施体制が十分でない中小企業でもDXの成果を出せるのではないか。
技術の観点では、DX成果ありの企業で、ITシステムの迅速な構築や拡張に有用なSaaSやパブリッククラウドが活用されていることも、これからDXに取組む企業の参考となるのではないか。また、DX取組なしの企業では、DXにとって重要なデータ利活用に取組んでいる割合は2割を大きく下回り、半数は今後も取組む予定がない状況であった。
DX取組なしの企業では、DXに取組んでいる企業と比較して、組織連携や開発手法・技術の活用、データ利活用などの取組において「実施している」割合が低かった。これらはDXの取組の有無に関わらず必要なもので、実施することが望ましいが、個別に進めるよりもDXの一環として体系的に進める方が効率的、効果的ではないか。しかし、DX取組なしの企業の半数強はDXに取組む予定がなく、DXの取組を促進することは容易ではない。中小企業白書・小規模企業白書2023年版における「従業員規模別に見た、デジタル化に取り組んだきっかけ」[脚注11] では、中小企業のうち従業員21〜101⼈以上では「社内からのデジタル化に対する要望」が1位、20⼈以下では「(中小企業に対する)⽀援機関等からの推奨」が1位であった。この調査結果や本稿での分析を踏まえると、DX取組なしの中小企業の場合、社内からの要望やDX推進の支援機関の推奨によりDXに目を向けるとともに、まずは中小企業でも成果が出やすいデータのデジタル化や生産性向上から取組むことで成果を実感してもらうことが重要ではないか。また、その流れをDXの取組のパターンの一つとして中小企業に推奨していくことが有効ではないか。
体系的にDXに取組む場合は、IPAが提供するDX推進指標自己診断フォーマット[脚注12]を活用して自社の現状や課題を客観的に認識、共有し、アクションにつなげることが有効である。きっかけは社内からの要望や支援機関の推奨であったとしても、経営者がリーダーとなり、DX推進指標などを参考にビジョンを策定し、製品やサービス、ビジネスモデル、業務やプロセス、企業文化・風土の変革に取組まれることを期待したい。
本レポートで取り上げた「企業を中心としたDX推進に関する調査」(2022年度調査)の概要を以下に示す。なお、本調査結果の詳細はDX白書2023[脚注13]掲載している。
IPA 総務企画部 調査分析室
2023年11月7日
公開