社会・産業のデジタル変革

IPAオープンソース推進について | Japan Open Source Hub

公開日:2025年6月17日

IPAがなぜOSSに取り組むのか、その背景、目的、推進の計画、そして目指す社会像を紹介します。

背景

アジリティの時代に求められるビルディングブロック型開発

デジタル技術の進化と社会変化のスピードが増す現代において、ビジネスや行政の現場では「アジリティ(俊敏性)」が成功と持続可能性の鍵となっています。顧客ニーズや政策課題が常に変動するなかで、サービスやシステムをいかに迅速かつ柔軟に構築・更新できるかが、組織の競争力を左右します。

このアジリティを実現する手段として、国際的に広まりつつあるのが「ビルディングブロック型開発」です。これは、複数の機能やサービスを部品(モジュール)として設計し、迅速に組み合わせることで、変化に強く、再利用可能なシステムを構築する開発手法です。既存部品の再利用や入れ替えが容易なため、変化に強く、拡張性・相互運用性にも優れています。そしてビルディングブロックの多くはオープンソースソフトウェア(OSS)として開発・共有されています。

OSSの価値とグローバルでの広がり

近年の商用ソフトウェアは、そのコードの平均70%以上がOSSで構成されているといわれており、現代のビルディングブロック型開発においてもOSSは不可欠な存在となっています。

OSSがここまで広く普及したのは単なる「無料のソフトウェア」だからではありません。標準技術の迅速な反映、ベンダーロックインの回避、グローバルな協調といった実利がそろっており、OSSへの関与自体が企業の技術ブランディングや優秀な人材の獲得にもつながるなど、経済性・持続性・戦略性のすべてにおいて合理性があるからです。

さらに、OSSは単に「使う」だけでは本質的な価値を引き出すことができません。OSSは誰かが一方的に提供するものではなく、開発・改善・保守に参加することで初めて自分たちの要件に沿った部品として育てることができる「共創のインフラ」です。現に世界のOSSエコシステムでは利用者=(イコール)貢献者であることが標準となりつつあります。

日本におけるOSS活用の課題と心理的障壁

しかし日本国内では、OSSへの参加や貢献に対して様々な不安や誤解が根強く存在しています。たとえば、「セキュリティが低い」「品質が担保されない」「責任の所在が不明確」といった技術的・制度的な懸念に加え、「OSSは無料で儲からない」「関わっても対価が得られない」「英語が多く敷居が高い」といった心理的・文化的なバイアスがみられます。さらに、「どこから始めればよいかわからない」「参加のハードルが高そう」といった声もあり、OSSへの関わりを阻む心理的障壁も少なくありません。

OSS活用と参加の構造を育てるために

こうした構造的な不安と誤解により、日本社会のOSSとの関わり方は依然として受動的なものにとどまっています。IPAが実施した「2024年度ソフトウェア動向調査」では、企業の8割以上がOSSに関するガバナンス体制を持たず、OSS利用に対する戦略的方針すら「わからない」「定まっていない」と回答しています。また、OSSコミュニティへの組織的貢献や、育て手としての関わりもほとんど見られていません。

このままでは、国内でビルディングブロック型の開発能力を高めることも、OSSエコシステムの中で必要なモジュールを獲得・改善することも困難です。日本がこれからのソフトウェア社会の担い手となるためには、OSSを使いこなし、参加し、支える構造そのものを育てる必要があります。

IPAの役割:自律的なOSS参加を促す伴走者

IPAは日本社会全体のOSSへの参加力・活用力を底上げするための中核的な推進主体としての役割を果たします。日本社会が技術的自立を確立し、ソフトウェアエンジニアリングの変革(ソフトウェアモダナイゼーション)を推進するための技術基盤として、OSSを創造し、育て、支える文化の醸成・制度の設計・人材の育成などに寄与することが、私たちの使命です。

OSSに関わる主体は企業・行政機関・教育機関・開発者といったプレーヤー自身であり、IPAはその自律的な行動を後押しする伴走者の立場で機能します。

  1. OSSを公共財として継続的に利用・改良できる環境整備
    • OSSを「使うだけ」ではなく、継続的に育て、改良を重ねることで価値を高める公共財として整備・活用できるよう、複数の組織が共通のOSSコンポーネントを共有・改善しながらシステムを構築することが可能な環境(共通基盤)の整備に取り組みます。
  2. 「OSSに参加する力」を社会に広げる
    • OSSに「貢献する」「還元する」文化を根づかせるために、OSSリテラシー教育・勉強会・体験型教材の提供などを通じて、誰もがOSSに関われる社会を支援します。
  3. 官民をつなぎ、制度と実践の橋渡しを行う
    • OSSに関する制度整備(例:OSPO設置、調達改革、評価指標設計など)は、産業界・行政機関らの連携なくしては進みません。IPAは中立的な立場から、官民をつなぐハブ機能を果たし、実践知に基づいた制度設計を後押しします。

現状と課題

2024年度ソフトウェア動向調査やステークホルダーとの対話から次の構造的課題と心理的バイアスが明らかになりました。

  1. OSSを「使うだけ」の状況から脱却できていない
    • 多くの企業では、OSSをあくまで「無料の便利なツール」として扱っており、中長期的な視点で育てる文化が根づいていません。
    • OSSプロジェクトへの組織的な貢献やコミュニティ参画はごく少数で、多くは個人の関心・裁量に依存しています。
  2. OSSに関するポリシー・体制が未整備
    • 「OSS利用に関する方針がない」「わからない」と答えた企業がユーザー企業の8割以上に上り、ガバナンス不在のまま運用している現状があります。
    • OSS活用を統括する部門(例:OSPO)を持つ企業も少なく、戦略的判断やリスク管理の基盤が欠落しています。
  3. ビルディングブロック型開発への転換が進んでいない
    • 開発現場では依然として縦割りのフルスクラッチ開発や重複実装が多く、部品の共有・連携を阻む構造が存在します。
    • OSSを「再利用可能な部品」として組み合わせ、柔軟なシステム開発を行うビルディングブロック型開発のアプローチが未成熟です。
  4. 教育・人材育成の体系が未整備
    • OSSに関する基礎的なリテラシーや、貢献活動を支えるスキルの習得機会が乏しく、人材の裾野拡大が進んでいません。
    • OSSへの貢献を評価する制度やキャリアパスも不明確で、人材が定着しにくい構造があります。
  5. OSSに対する構造的なバイアスの存在
    • セキュリティや品質、責任の所在に関する不安や、「OSSは無料=(イコール)儲からない」といった経済的な誤解、さらには英語や専門知識に対する心理的ハードルなど、構造的なバイアスが日本社会に根強く残っています。これらの認識は、OSSの採用や貢献活動の促進を妨げる要因となっており、正しい理解と環境整備が求められています。

2025年度の活動の目標

日本ではOSSに対する理解不足のために非効率な実践や機会損失が生じているケースが依然として多く、OSSを戦略的に位置づける意識や再利用・貢献の文化は十分に根付いていません。こうした状況を踏まえ、2025年度は「OSSをどう使い、どう参加し、どう還元するのか」を広く共有する基盤を整える年として位置づけます。

特に以下の2領域に注力し、OSSの社会的認識と実装力の土台を形成することを活動目標とします。

  1. ビルディングブロック型開発に向けたモデル検討と部品化基盤の構築
    • OSSの部品化を促進する簡易な部品カタログ・共有リポジトリの試行設計を行い、開発側と発注側の相互理解を支援
    • ビルディングブロック型開発に向けた再利用・接続・相互運用性に関するガイドラインの素案作成
  2. OSSリテラシーと実践スキルに関する人材育成・教育体制の整備
    • OSSへの理解不足や誤解を払拭するための情報発信
    • OSSを活用・貢献できる人材層の拡大に向け、OSSの貢献文化やエコシステムを学べる教材やイベントの企画
    • OSSの取り組みが成熟していない組織を対象とした“OSSの取り組みスターターキット”となるガイド類の作成と提供

2025年度の活動計画(予定)

Q2(7月〜9月):準備・調査フェーズ

  • OSS部品カタログ設計(分類、メタ情報、タグ設計など)
  • OSS部品カタログ試行版の構成決定
  • 教育・研修コンテンツの初期試作
  • “OSSの取り組みスターターキット”の設計

Q3(10月〜12月):試行フェーズ/発信強化

  • OSSリテラシー向上を目的とした連続勉強会シリーズを開始(“OSSの取り組みスターターキット”やOSS部品カタログと連動)
  • OSS部品カタログ(試行版)の公開

Q4(1月〜3月):評価と定着化フェーズ

  • “OSSの取り組みスターターキット”の公開
  • 年度評価報告書
  • 参加者・登壇者ネットワークの可視化と継続基盤の整備

2026年度以降の活動予定

2026年度以降は2025年度に整備した基盤を活かし、ガバナンス体制(OSPO)、エコシステムへの還元文化の醸成、公共調達におけるOSSの制度化などに本格的に取り組む予定です。

中長期的な推進を見据えたリサーチの取り組み

諸外国におけるOSSエコシステム推進の取り組みを概観すると、産業主導型、政策主導型、教育主導型、国際戦略主導型など、多様なアプローチが存在することが分かります。

これらを踏まえ、日本におけるOSS活用を中長期的に推進していくためには、日本の現状に適したアプローチを選択し、より効率的にOSSに関わる人材・組織の拡大を図り、その相互作用を通じてOSSエコシステム全体を活性化していく必要があります。

そこで、2025年度から開始する取り組みと並行して、日本のOSSエコシステムを中長期的に推進するためのロードマップ策定に向けたリサーチを実施します。

解説:ビルディングブロック型開発

意味すること

  • モジュール化: ソフトウェアを小さな部品(モジュール)に分割し、それらを組み合わせて全体のシステムを構築すること。
  • 再利用性: 既存のモジュールやコンポーネントを再利用することで、開発効率を向上させること。
  • 標準化: 開発プロセスやインターフェースを標準化することで、異なるチームやプロジェクト間での協力を容易にすること。

目的

  • 効率的な開発: モジュール化や再利用を通じて、開発時間を短縮し、リソースを最適化すること。
  • 品質の向上: 標準化されたコンポーネントを使用することで、バグの発生を減少させ、全体の品質を向上させること。
  • 柔軟性と拡張性: 新しい機能や変更を容易に追加できるようにし、変化する要求に迅速に対応すること。
  • コスト削減:開発プロセスの効率化により、コストを削減し、競争力を高めること。

付録:「これって思い込み?OSSに対するバイアスを発見しよう」アンケート結果

2024年11月16日に行われたCode for Japan Summit 2024内セッション「OSSツッコミ想定問答集編纂プロジェクト・キックオフミーティング」のリアルタイムアンケート「でもさぁ、OSSって〇〇〇ですよね~~」この〇〇〇は何?で得られた回答を整理したものです。

報告書・年次レポ—ト

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  • 2025年6月17日

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