社会・産業のデジタル変革
2025年度オープンソース推進レポート:Part II 世界のトレンドと日本のギャップ
2024年度版レポートで取り上げた主要な海外政策事例は、この1年でそれぞれ前進を遂げている。EUは「Digital Decade」政策の枠組みを一歩進め、2026年1月のオープンソースサミットで「オープンデジタルエコシステム戦略」のパブリックコメントを開始した [European Commission, 2026]。デジタル主権の推進においてOSSを核心に据えるというEUの方向性がより具体的な形をとりつつある。
フランスの「La Suite Numerique」は政府向けOSSスイートとして普及が進んでおり、行政機関がMicrosoft 365の代替として段階的に移行する事例が積み重なっている [Direction interministérielle du numérique, 日付不明]。ドイツのSovereign Tech Fundは2022年の設立以来、60を超える重要OSSプロジェクトに対して2,460万ユーロ以上の資金提供実績を着実に積み上げており、curl、OpenSSH、WireGuard、GNOMEなど基盤的OSSへの支援実績が公開されている [Mucciacciaro, 2025]。スイスのEMBAG(電子行政法)・米国のFederal Source Code Policy・インドのDigital Indiaも最新進展が報告されており、先行国では「OSSは政府ITの標準的なあり方」として制度化が進んでいる。
2025年は欧州の政府OSS移行において、具体的な成果が相次いで報告された年となった。特に象徴的な二つの事例を取り上げる。
一つ目は、ドイツ・シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の移行計画が実質的な完了フェーズに入ったことだ。同州は約30,000人の職員を対象にMicrosoftからOSSへの全面移行を進めており、2025年10月にはメール基盤(44,000アカウント・1億件超のメールと予定項目)のOpen-Xchange/Thunderbirdへの移行を完了した [Der Ministerpräsident - Staatskanzlei, 2025]。オフィスソフトについても全庁へのLibreOffice導入が80%完了、2025年12月時点で既に1,500万ユーロ以上のライセンス費用削減を実現しており、これに対し2026年は移行とOSS開発のための一回限りの投資9百万ユーロを見込んでいる [Schleswig-Holstein Staatskanzlei, 2025]。さらに同州は2025年6月にOSPO(オープンソース推進室)を正式に設置し、移行支援と知識共有を制度的に担う体制を整えた。「デジタル主権」を前面に掲げた本事例は、欧州内外で広く参照されるモデルケースとなっている。
二つ目は、欧州各国における「OSS優先」の調達法制化の進展だ。ラトビアは2023年に閣令第367号(Cabinet Regulation No. 367)を通じて政府調達における「デフォルトでオープンソース」原則を導入し [Vilas, Karhu, Pätsch, Open Source Software Country Intelligence Report – Latvia, 2025]、ポルトガルは法律第36/2011号および政令第107/2012号によりICT調達でのOSS優先を法的に確立している [Vilas Pätsch, Open Source Software Country Intelligence Report – Portugal, 2025]。EUのOSOR(Open Source Observatory)が2026年初頭に公表した分析ペーパー [OpenForum Europe, 2026]によれば、調査対象23カ国の87%が少なくとも一つのOSS関連政策を有しており、直近5年間で政策の戦略的統合が加速している。一方で、法制化の進捗は国ごとに大きく異なり、ハンガリー・スロベニア・セルビアなど一部では後退も観察されていることに留意が必要だ。
これら二つの事例が示すのは、欧州における政府OSS推進が「方針表明」の段階から「実装と法制化」の段階へと移行しつつあるという共通の方向性だ。また国連「Global Digital Compact」は2024年9月の合意を経て実装フェーズに入っており、OSS推進は欧州にとどまらず国際的なデジタル開発アジェンダにも組み込まれている。
第4章のトレンド分析と本章の各国事例を踏まえ、日本が先行国と比べて具体的に何が不足しているかを整理する。下表は5つの政策領域における先行国の状況・日本の現状・ギャップを対比したものだ。
| 政策領域
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先行国の状況
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日本の現状
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ギャップ
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|---|---|---|---|
| OSS優先調達原則
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ラトビア・ポルトガルは調達法に明記
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明記なし
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法的根拠の欠落
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| 政府OSPO
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EU、英国、ドイツで制度化
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設置なし
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組織的管理の欠如
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| 公的OSS支援基金
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独STF(設立以来累計2,460万€超)・EU-STF構想
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相当する制度なし
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維持管理の財源不足
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| OSSカタログ整備
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EU OSOR、英国GOV.UK
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未整備
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可視性・再利用性が低い
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| CRAコンプライアンス
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EU域内企業は対応義務化
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認識・対応が遅れ気味
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日本企業への影響大
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表が示すように、日本の政策的課題は如何に制度化を進め、実行に移すかを検討する段階であるのに対し、現状は未整備である。OSSカタログについてもEU・英国はOSORやGOV.UKを通じた整備が進んでいるが、日本では整備されておらず公共調達における再利用・横展開の基盤が欠けている。これらのギャップを埋めることが、次のPart IIIで示す施策設計の直接的な目標となる。