社会・産業のデジタル変革

座談会第2部:日本に適したOSSの「スケール戦略」を模索する

世界のOSS動向レポート:行政によるオープンソースソフトウェア公開活動の国際比較調査報告書

概要

第1部での議論を受け、行政DXの最前線に立つ政策立案者と、シビックテックの実践者を招き、OSS推進の「戦略」に関する議論を行いました。内部開発リソースが限られる日本の行政組織において、欧米の模倣ではない「現実的な勝ち筋」とは何か。現場の実情を知る立場から、OSSを行政システムや社会基盤の中にどう位置づけるべきかについて、個人的な見解を含めた率直な意見交換を行いました。

発言内容は発言者本人の見解に基づく内容であり、所属組織としての公式⾒解を示すものではありません。

参加者

今村 かずき

IPAデジタル基盤センター ソフトウェアエンジニアリンググループ

Webエンジニア歴13年。2018年よりシビックテック活動を始める。2024年3月より現職。
本調査ではプロジェクトリーダーを務める。

吉田 泰己

デジタル庁 戦略・組織グループ、国民向けサービスグループ 企画官

2008年経済産業省入省。2015年のシンガポール留学を経て、2017年以降、行政のデジタル化に従事。2021年9月より現職。

関 治之

一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事

GovTech東京エグゼクティブ・アドバイザーなど。オープンデータの推進や官民連携のためのテクノロジー活用推進、住民コミュニティとテクノロジーによる地域課題解決などに従事。

行政OSSの価値を「コスト」以外でどう語るか

今村:

第1部での議論を踏まえ、ここからは具体的な「戦略」の話をしていきたいと思います。行政がOSSを公開・活用するメリットについて、これまでは「調達コストの削減」が強調されがちでしたが、実態として現場はどう感じているのでしょうか。

関:

正直に言うと、「OSSを使えばコストが下がる」というのは誤解を生みやすい議論であり、危険な罠でもあります。ライセンス料はタダでも、メンテナンスや導入コストはかかりますから。それよりも、「社会的コストの低減」に目を向けるべきです。共通のフレームワークを使うことで、各自治体や省庁がバラバラにシステムを作る無駄をなくし、データ連携や相互運用性を確保する。結果として、社会全体の調整コストや開発コストを下げることにこそ、行政がOSSに取り組む真のROI(投資対効果)があります。

今村:

「自分たちの組織の予算が浮く」ではなく、「社会全体の無駄が減る」という視点ですね。

関:

そうです。あと、現場のエンジニアや職員にとっては、もっと直接的な動機も重要です。「この公開コードのおかげで助かった」「仕事が楽になった」という原体験があるかどうかです。私自身、かつて国土地理院がデータやツールをオープンに公開してくれたおかげで、それを活用してビジネスを立ち上げることができたという強い原体験があります。そうした「恩恵を受けた実感」こそが、次は自分がコミュニティに貢献しようという意欲を生み、エコシステムを回す原動力になります。

吉田:

私も同感です。OSS推進のメリットは大きく2つあります。一つは社会全体のシステム構築への貢献、もう一つは行政に関わるシステム自体の効率化です。特に今後、AIの活用によるシステムの開発コスト低減が進むと思われる中で、行政がOSSを活用する意義は、行政システム開発の「コスト低減」より、社会全体における「標準化」にあると思います。例えば、納税に必要なデータモデル等をOSSとして公開すれば、ベンダーはそれに準拠したシステムを作りやすくなり、結果として行政システムと連携する民間サービスも構築しやすくなる。データ連携もスムーズになる。この「つながりやすさ」こそが最大の価値です。
あとは、「誰がOSSのユーザーなのか」という視点も重要ではないかと思います。実際に公開されたOSSを誰が利用してシステムを構築するのか。行政内部に強力な開発部隊がいるなら、OSSは政府内のコード共有の手段として直接的に機能します。しかし、日本の行政組織の多くは内部に開発能力を持っていません。

今村:

内部にエンジニアがいないなら、公開しても誰も使わないのではないか、という懸念が生まれますね。

吉田:

そうです。だからこそ、日本の場合はシステム開発を委託されたベンダーが使うことも視野にいれた設計が必要なのではないかと思います。行政がリリースしたOSSをベンダーが使い、それを組み込んだシステムが行政システムとして納入される。このサイクルが回って初めて、OSSを活用する意味が生まれます。単に「公開しました」で終わらせず、その先のベンダーエコシステムまで見通せるかが問われます。

リソース不足の日本が取るべき「スケール戦略」

今村:

吉田さんも指摘された通り、日本の多くの行政機関には、欧米(特に米国や英国)のように内部に何百人もの強力なエンジニアチームがいるわけではありません。リソースが圧倒的に不足している日本において、どうやってOSSをスケールさせていくべきでしょうか。

吉田:

日本の現状を前提とすると、行政が全てのシステムを内製で作るのは現実的ではありません。一つの戦略として、行政はデータモデルやコアとなる計算ロジックといった共通基盤を提供することに注力し、それを実際のサービスとして実装・普及させる(スケールさせる)のは、民間ベンダーのエコシステムに委ねるという役割分担が考えられます。

今村:

なるほど。それはつまり、国が「種」をまき、それを育てて収穫するのは民間という役割分担ですね。

吉田:

はい。例えば、行政が「これが標準的な手続きのデータモデルであり、計算ロジックです」という種(OSS)を提供します。複数のベンダーがそれを活用して、自治体向けの業務システムや、申請用のSaaSを作ります。ベースが同じ「種」であれば、ベンダーA社のシステムを使っている自治体と、ベンダーB社のシステムを使っている自治体の間でも、データ連携が容易になります。日本でもGovtechスタートアップのエコシステムが育ってきているので、そこにアプローチすることで、間接的にスケールさせる戦略が合っているのではないでしょうか。

今村:

それは第1部で出た「在来種」の話ともリンクしますね。野菜の品種改良のように、国が良い「種(品種)」を作って公開すれば、農家(ベンダー)はそれを育てて美味しい作物(サービス)を作り、市場に流通させる。逆に、品種改良(改善提案)は現場の農家からボトムアップで上がってくる。このサイクルを作ることが、リソース不足の日本における現実解かもしれません。

関:

その通りですね。だからこそ、行政が出すOSSは「完成したアプリ」である必要はないんです。むしろ、使い勝手の良いライブラリや、バリデーション(入力チェック)のロジック、データスキーマといった「部品」である方が、民間企業にとっては組み込みやすく、価値が高い場合が多い。民間の開発フローが変わってきている今、国が定めた標準データ形式にアクセスするためのライブラリを公開しておくことは、産業界全体のデータ流通を加速させる上でもとても重要です。

持続可能性を担保する「Rules as Code」という視点

今村:

もう一つの大きな課題は「持続可能性」です。行政職員は通常2〜3年で異動してしまうため、担当者が代わった瞬間にプロジェクトが止まったり、情熱が失われたりする「属人性」のリスクが常にあります。これをどう乗り越えればよいでしょうか。

関:

担当者が代わってもプロジェクトが「枯れない」ようにするには、やはり仕組みが必要です。ただ、EUなどが何百ものリポジトリを公開して維持できているのに、なぜ日本だと「担当者がいなくなったら終わり」という不安が先に立つのか。そこは意識の問題もありますが、制度設計の問題でもあります。

吉田:

私は、システムを「制度」そのものと一体化させることが解決策だと考えています。例えば、e-Taxやマイナンバーの関連システムが「担当者が異動したからなくなりました」とはなりませんよね。それは、そのシステムが社会制度(インフラ)と不可分なものとして組み込まれているからです。これからのOSSは、「Rules as Code(ルールのコード化)」の手段として位置づけることが可能なのではないかと思います。

今村:

「Rules as Code」とは、具体的にはどういうことでしょうか。

吉田:

これまで、制度や仕様書は自然言語で書かれていました。しかし、自然言語は読み手によって解釈の揺れが生じます。その結果、ベンダーごとに仕様の解釈が異なり、システムがつながらないという問題が起きていました。そこで、行政手続きの「正解(標準モデル)」を、曖昧さのないプログラミングコードとして定義し、OSSとして公開するのです。そうすれば、OSSは単なるソフトウェアではなく、「解釈の揺れない制度」としての機能を持ちます。

今村:

なるほど。システムが社会基盤の一部となれば、メンテナンスは「個人の趣味」ではなく「行政の義務」になります。属人性を超えて、持続可能になるわけですね。

吉田:

はい。人口減少社会において、限られたリソースで効率的なデジタル社会を作るには、自然言語の調整コスト(解釈のすり合わせや問い合わせ対応)を減らし、コードベースで社会を記述していくアプローチが必要不可欠になっていくはずです。インドなどが提唱している「Techno-legal framework(技術と法制度の一体化)」に近い考え方ですが、日本もそこを目指すべきではないでしょうか。

関:

実際、社会保障の計算ロジックなどは非常に複雑で、毎回ベンダーが要件定義で苦労している部分です。それを「ルールエンジン」として国がコードで提供してくれれば、劇的に効率化しますし、間違いもなくなります。「Rules as Code」を実現するためのOSS公開であれば、それは持続可能性も担保されるし、民間にとっても最大の支援になりますね。それと持続可能性を持たせるためには、やはり「仕組み」への投資が必要です。民間企業では「OSPO(オープンソース・プログラム・オフィス)」という専門組織を設置する動きが一般的になっていますが、これを「ガバメントOSPO」として行政内にも設置すべきです。

今村:

組織としてOSSを管理・支援する機能を持たせるわけですね。

関:

はい。例えばドイツでは「Sovereign Tech Fund」という仕組みを作り、重要なOSSプロジェクトに対して国が資金を提供して支えています。日本も、単に「公開して終わり」ではなく、社会基盤となるOSSを支えるための専門組織や資金の仕組みを、税金を投入してでも整備していくコンセンサスが必要だと思います。

日本におけるOSSが目指すべき姿とは?

今村:

最後に、今回の調査報告書はあくまで「定点観測」の第一歩です。1年後、あるいは数年後、日本のデータや状況がどう変わっていたら「成功」と言えるでしょうか。

関:

単純な数だけでなく「質」の変化を見たいですね。例えば、行政の中にOSPOのような専門組織ができているとか、調達仕様書の中に「OSSとしての公開」が標準的に盛り込まれているとか。仕組みとしての定着が進み、民間企業側もそれを利用してビジネスを拡大している。そんな「厚みのあるエコシステム」が育っていることを期待したいです。

吉田:

私は、今日議論したような「Rules as Code」の概念が浸透し、国・地方のシステムにおいてOSSが当たり前に活用される未来を目指したいですね。当然、制度においても倫理的な判断が必要な部分は人間による解釈が引き続き必要だと思います。ただ、今後AIエージェントが手続を人間に代わって行うような世界がくることを考えると、こうした考え方の重要性はますます高まっていくのではないかと思います。時間はかかるかもしれませんが、デジタル庁や国交省、国土地理院といった先行プレイヤーがリードし、成功事例(原体験)を積み重ねていくことで、景色は変わると信じています。

今村:

今回の調査で、日本には「在来種」という独自の強みがあることが分かりました。それを枯らさずに育てつつ、民間の力も借りてスケールさせていく。2027年には、この「日本型モデル」がより鮮明な形となってデータに表れることを目指して、私たちも活動を続けていきたいと思います。本日はありがとうございました。