デジタル人材の育成
公開日:2026年6月29日
本プロジェクトは、学習者の操作や挙動をカーネルレベルでリアルタイムに分析・評価することで、低レイヤ領域の実践的な習熟度を判定するシステム、および、それを用いた学習プラットフォームを開発する。
ITは現代社会の不可欠な基盤となった。しかし、抽象化・高度化が進んだことで、誰もがその恩恵を享受できるようになった反面、OSのカーネルやファイルシステム、ネットワークプロトコルといった基盤技術に触れる機会は減少している。AI技術が加速的に進化する今だからこそ、真に価値があるエンジニアとは、こうした根源的な仕組みを深く理解し、実装に落とし込める人材だと言えるのではないだろうか。技術の根幹に触れる機会が失われれば、国家としてITレジリエンスを維持することが困難になることが危惧される。こうした問題を打破するため、本プロジェクトでは低レイヤを基礎から、かつ、身近に学べる学習プラットフォームを開発し、次世代を担うエンジニアの育成に貢献することを目指す。
実践形式でコンピュータ技術を学ぶ環境としては、CTF(Capture The Flag)や、TryHackMeといった既存のプラットフォームが存在する。しかし、これらは自習するには難易度が高すぎたり、セキュリティ領域に特化していたりと、純粋な低レイヤ技術の習得には必ずしも最適ではない。本プロジェクトでは低レイヤの学習に特化した環境・教材をブラウザ上で完結する形式で提供することによって、学習開始時の敷居を大きく下げた上で、低レイヤ技術をインタラクティブに学ぶことを可能にする。
従来のプラットフォームは学習者の課題への回答の正否を判定しているだけで、プラットフォームが期待する知識・技術を活用して学習者が課題を解いたということを厳密に証明するものではない。本プロジェクトでは学習者の回答の正否ではなく、学習者が学習プラットフォーム上で課題の条件を満たす振る舞いを行ったかどうかを判定する。例えば課題に対応する際に特定のファイルの内容にアクセスすることが必要になる場合は、そのファイルを開いたことで分かる内容ではなく、システムコールのopenat()とread()がそれぞれ1回以上呼ばれたのかが評価対象となる。本手法を採用することで、学習者が課題の本質を理解して実践ができているか否かをより高精度に判定する。
学習者の振る舞いの判定には、Linuxカーネルの拡張機能であるeBPFを活用する。eBPFはLinuxカーネルのソースコードを改変したりコンピュータを再起動したりすることなくLinuxカーネルの動作を動的に拡張する技術で、その安全性と実行の高速さから、近年では不審なソフトウェアの振る舞いを検知・ブロックするセキュリティ製品に採用されている。eBPFによって、学習者の行動を低負荷で漏れなく収集・評価できるようにする。
本提案は、システムソフトウェアに強い人材を育成するという明確な課題意識のもと、eBPFを用いて仮想環境内での学習者の操作や振る舞いを低レイヤーで観測し、学習評価に活用するというものである。
低レイヤー技術の学習は、環境構築や、実行時の挙動理解、デバッグ、評価のいずれも難しく、初学者が体系的に学び続けるための支援が十分に整っているとは言えない。その課題に対して、提案者はカーネルレベルのeBPFを単なる監視技術やセキュリティ技術として使うのではなく、教育目的に転用し、学習過程そのものを評価対象にするというユニークな着眼点でシステムを構築するという。提案時点では総合的な教育コンテンツの具体性や、eBPFを使う必然性、学習者にとっての明確なUX上のメリットの打ち出し方などいくつか課題が残っているものの、従来の教材や自動採点システムにはない可能性を持っていると評価した。
単なるCTF問題の自動採点にとどまらず、学習者が「なぜその操作をしたのか」「どこで詰まっているのか」「どの理解が不足しているのか」を推定し、ヒントの提示や、段階的なフィードバックにつなげることができれば、従来の低レイヤー教育にはなかった価値を生み出せる可能性がある。提案者の仮想化基盤開発経験やeBPFに関する実務経験、セキュリティ教育への関わり、また提案者自身がITによって困難を乗り越えてきた原体験に支えられた動機の強さも、本プロジェクトを推進する上で重要な要素として評価した。生成AI時代において難しくなると言われているシステムソフトウェア教育という領域に対して、低レイヤー技術そのものを使って学習体験を再設計しようとする未踏性が本提案にはあり、将来の国産IT基盤の開発人材の育成につながることが期待できるため、採択した。
2026年6月29日
2026年度採択プロジェクト概要(山川PJ)を掲載しました。