デジタル人材の育成

未踏修了生インタビュー:武笠 陽介さん(2020年度・2021年度未踏ターゲット事業修了生)

公開日:2023年2月1日

未踏での出会いは人生を左右するほど重要な出来事だった

武笠 陽介さん
2020年度、2021年度未踏ターゲット事業修了生
プロジェクト名「アニーリングマシン向け開発支援用GUIアプリケーションの開発」(2020年度 通常枠)
「アニーリングマシン体験学習型Webアプリの開発」(2021年度 応用・実用化枠)

未踏に応募して採択されると、どんな世界が待っているのか? 応募するにあたっては、どのような思いがあったのか。実際に未踏を修了した方々に聞いてみました。
今回は、2020年度未踏ターゲット事業に「アニーリングマシン向け開発支援用GUIアプリケーションの開発」、続いて2021年度未踏ターゲット事業に「アニーリングマシン体験学習型Webアプリの開発」で採択され、アプリケーション「ANCAR」を開発した武笠陽介さんにお話をうかがいました。

雲の上の存在のイメージ

半導体の進化にともない向上してきた従来型のコンピュータの性能が限界に近づいているとされる中、飛躍的な計算能力の向上が期待されているのが量子コンピューティング技術だ。武笠陽介さんは、2年連続(注釈)で未踏事業に採択され、量子コンピューティング技術を手軽に利用し、問題を解く体験などができるアプリケーションを開発した。研究開発の効率化を図り、初学者がマシンを利用しやすい環境を提供することを目的とするプロジェクトだ。

(注釈)未踏ターゲット事業には通常枠と、一度採択された提案をステップアップさせる応用・実用化枠があって、他の未踏事業とは異なり、2年連続での採択もあり得る

── 未踏事業を意識したのはいつ頃だったのでしょうか。

武笠陽介さん(以下敬称略) 大学は情報系でしたが、授業で未踏OBの方のお話をうかがったことがあり、このとき、IPAの存在を知りました。素晴らしいOBの方々がいることも知り、興味を持ちましたが、その頃は、雲の上の存在のイメージでした。僕が本格的にプログラミングを始めたのは大学に入ってからですが、同学年には小学校からコードを書いていたという人がいて、追いつけるかな、と焦ったのを覚えています。僕は小学校のとき、公園で走り回ってばかりでしたから(笑)。でも、学び始めると、わりとスムースに入れて、自分に向いているかもしれない、始めた時期が遅くても探求心があれば追いつけそうだ、と感じるようになりました。学生時代は、Webサイトの制作のアルバイトや企業のインターンシップでアプリケーション開発の技術も身に付けました。

大学院で量子コンピューティング技術を研究テーマに

── 量子コンピューティング技術に関心をもったきっかけは。

武笠 大学院に進むことになり、戸川望教授の人柄にひかれて研究室を決めたのですが、情報理工・情報通信専攻の戸川研究室は量子コンピューティングをテーマの1つにしていました。それまで、古典的コンピュータでは現実的な時間では解くことが難しいとされていた暗号を、量子コンピュータを用いれば解読できるかもしれない、という噂は耳にしていました。ですが、調べてみると、世界各国でしのぎをけずる開発競争が起きているわけです。これはすごいことになりそうだ、これほど革新的な技術に黎明期から関われるチャンスは一生を通してもそう何回もない。そう感じて研究テーマにしました。

── 量子コンピューティングとはどんなものですか。

武笠 量子コンピュータは、量子ビットと呼ばれる処理単位の物理現象を利用して計算するもので、2つに大別されます。1つはゲート型です。量子ビットにゲート操作を適用して計測することで計算を実現し、原理的には任意の計算ができる汎用的なマシンです。もう1つはアニーリング型で、量子ビットでイジングモデルと呼ばれる物理モデルを構成することで、膨大な選択肢から最適なものを選ぶことに特化したマシンです。最適化問題では、いくつかの都市を一度ずつ訪問して出発点に戻るまでの移動コストが最小になる経路を求めるという「巡回セールスマン問題」が広く知られていますが、規模が大きくなれば、組み合わせの数は爆発的に増え、すべての経路を計算するには膨大な時間がかかります。問題によっては、解くまでに地球の寿命を超えてしまう、といわれるほどです。巡回セールスマン問題のように単純化した最適化問題に対しては、従来型のコンピュータでも高速に解けるアルゴリズムがあります。しかし、現実のビジネス課題は大規模で複雑な制約条件があるため、従来型のコンピュータでは計算時間や精度の面で理想的な結果を得られない場合があります。このような最適化問題の高精度な解を、効率的に得られるとして期待されているのが、アニーリング型の量子コンピュータです。ゲート型は実用化に至るまでに、まだ多くの課題が残されており、基礎研究要素が強い段階です。アニーリング型も課題はありますが、先行して商用機が登場したこともあり、応用研究や概念実証の段階に進んでいます。日本でも各ベンダーが量子アニーリングに着想を得たハードウェアを開発していますし、年々、高速化、大規模化しています。

原理を知らないエンドユーザーが恩恵を受けられるように

── 大学院ではアプリケーションの開発にも取り組まれたとか。

武笠 経路最適化の身近なテーマとしてどういうものが考えられるか、雑談を交えながら研究室の友人と話していたときです。アミューズメントパークのアトラクションの回り方なんて面白いんじゃないか、ということになり、作ってみたところ思いの外うまくできたので、インターネット上で公開したところ、「いいね」やコメントをたくさんいただきました。グループでカラオケを楽しむときの楽曲リストを最適化する「おまかセトリ」というアプリケーションも作りました。いずれのアプリケーションも、何も知らない人もどういうものか直観的に分かるものを作りたい、そういう思いを形にしたものです。

── エンドユーザーが大切だと。

武笠 これは今も同じですが、原理を知らないエンドユーザーが技術の恩恵を受けられるようにすることにフォーカスしたい、という思いがあります。2011年に商用機ができたばかりのアニーリングマシンは開発者やユーザーをサポートする周辺環境が整備されていません。このことが敷居を高くしています。アニーリングマシンの最適化は複雑な工程を経なければならず、専門知識や経験が求められます。そのため、せっかく素晴らしい技術であるにも関わらず、理解されず、埋もれたまま、活用されないのではあまりにも惜しいと思うんです。量子アニーリングにしても1998年に東京工業大学の西森教授が理論を提唱されたものです。日本は優れた基礎研究があるものの、それを使いやすいかたちにしてエンドユーザーへ届けるところが若干弱い気がしています。

ダメ元でやってみようと未踏へ挑戦

── 2020年度の未踏ターゲット事業に応募されたときのお気持ちは。

武笠 未踏ターゲット事業が量子コンピュータにフォーカスしたものであることを知り、チャレンジしよう、と決めました。思い立ったらすぐやるタイプなので、応募する際、経験値などで気後れするといったことはありませんでした。かといって自信があったわけでもなく、要するに、ダメ元でやってみよう、と。

── 採択されたプロジェクト「アニーリングマシン向け開発支援用GUIアプリケーションの開発」の概要を教えてください。

武笠 アニーリングマシンを使うには、解きたい最適化問題を数式として定式化したうえで、専門的なモデルに変換する必要があるのですが、インターネットのWebサイトでボタンをクリックしたり、入力したりするだけで、アニーリングマシンに触れられる環境を提供したい、と考えて開発に取り組んだのが、シミュレーションなどを試しながら学べる体験学習型アプリケーション「ANCAR」です。

── 開発にあたって課題となったことは。

武笠 入門用というくくりで始めたのですが、担当していただいた田村亮PM(国立研究開発法人物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点主幹研究員/東京大学大学院新領域創成科学研究科講師)から「入門とくくられる中にも色々なユーザー層があるよね」との指摘をいただきました。数式を見ただけで嫌気がさすがビジネスで活用してみたい、という人もいれば、従来型のコンピュータでの最適化技術は知っているけれどアニーリングマシンは知らないという人もいるわけで、これらをひとくくりにするのは無理があるだろう、と。PMと話し合う中で、ある程度プログラミングが分かり、必要な数式も理解できるけれど、アニーリングマシンは詳しくない、というユーザーをターゲットにすることにしました。まったくの初心者にフォーカスすれば、伝えるべき要素がかなり多くなり、1つのサイトで完結するのは難しい、という判断です。

 「ANCAR」(https://ancar.app/)

  • ANCARのアドバンス機能。Webアプリ上で、アニーリングマシンによる計算を試すことができる

ユーザーのレベルアップに役立ちたい、という思い

── 2020年度に続き、2021年度で採択されたプロジェクト「アニーリングマシン体験学習型Webアプリの開発」はどのような内容だったのでしょうか。

武笠 2020年度の未踏期間で開発したアプリケーションには進化の余地があったことから、応募を決めました。採択していただき、ユーザーが記事として投稿できるシステムを作ったり、チュートリアル系のコンテンツを増やしたり、初年度に作ったものをベースに機能を拡充していきました。ユーザー層を広げたい、ユーザーのレベルアップに役立ちたい、という思いから、さらに使いやすくする。また、自分でコードを書いてみよう、と誘導できるものにする、という狙いがありました。

── 2年にわたる未踏期間で期待通りの成果を得られましたか。

武笠 当初思い描いたものを作れましたし、完成したWebアプリケーションは色々な場で紹介する機会があり、ありがたいことに「大学の授業で使いたい」といった評価もしていただいています。2年かけてしっかり作り込めてよかったと思います。

── 大学院との両立に困難はありませんでしたか、あるいは相乗効果があったでしょうか。

武笠 研究論文を書くために培った知識は未踏のプロジェクトで生かせましたし、逆に未踏でのスケジュール管理などの経験は学業に生かせました。また未踏の報告会はそうそうたる方々の前で行うため、最初はかなり硬くなりましたが、やがて慣れ、大学院の修士の発表のときはまるで緊張しなくなっていました(笑)。大学院を修了した時点における経験値や理解の深さは、未踏を経たか、経なかったかでまったく違ったと思います。

その後の人生を左右するほどの出来事

── 未踏ターゲット事業で開発に取り組んでよかったと思われることは。

武笠 同時に採択された皆さんは非常にレベルが高く、刺激を受けましたし、PMやTA(テクニカルアドバイザー)の方々のサポートや協力は本当に感謝しかないです。量子アニーリング分野の第一人者である田中宗PM (慶應義塾大学理工学部物理情報工学科准教授)は早稲田大学におられたので接点がありましたが、最先端の応用分野でご活躍されている田村PMやアニーリングマシンのプログラミング用ツールとして世界中で使われているPyQUBOを開発した棚橋耕太郎PM (株式会社リクルート)には未踏という場があったからこそ出会えました。雲の上の住人のような偉大な方々と接点が生まれたのは、その後の人生を左右するほど重要な出来事でした。

── アニーリングマシンを用いた開発環境としてはいかがでしたか。

武笠 富士通のデジタルアニーラやフィックスターズのAmplify Annealing Engine、カナダのD-Wave 2000Qを未踏期間中、最高のスペックで自由に使えました。少なくとも国内には、これほど恵まれた開発環境はたぶんない、と思っています。

── 今後、どのような展望を持たれていますか。

武笠 修士課程を修了し、IT企業に就職してエンジニアとしてWebアプリケーション開発に携わりつつ、テクニカルアドバイザーとして未踏ターゲット事業に関わり、嘱託として戸川研究室に所属しています。さらに昨年10月に法人登記した大学発のスタートアップで量子アニーリングに関わっていくことになっています。未踏で開発した「ANCAR」を1つのツールとして知見を共有し、関連技術の開発を進めることで、アニーリングマシンのコミュニティの活性化に貢献していきたいですね。

未踏を目指す人へのメッセージ

実現したいことがあるなら、過度なプレッシャーを感じず、チャレンジしてください。未踏はあくまで人材育成事業です。会社のようにノルマを達成しなければならない、ということではありません。失敗も許容されます。自分の信念を持ってぶつかれば、全力でサポートしてもらえます。与えられた機会を使い倒すような感覚で思い切り取り組んでください。必ず自分の成長につなげられるはずです。

武笠陽介さん

株式会社ディー・エヌ・エー ソフトウェアエンジニア。1997年生まれ。埼玉県出身。早稲田大学基幹理工学部に入学。修士課程では情報理工・情報通信専攻の戸川研究室に所属し、量子アニーリングを研究する。開発したアプリケーション「TDR Planner」や「おまかセトリ」が話題に。2020年度、2021年度未踏ターゲット事業に採択され、「ANCAR」を開発する。