デジタル人材の育成
公開日:2024年10月18日
最終更新日:2025年3月31日
ユーザーの視点でプロダクトやサービスの機能・画面などを設計するデザイナー。開発するものの価値を左右するキーパーソンといえますが、使い勝手や美しさ、快適さといった“概念”を扱う仕事だけにスキル習得が難しいことも事実です。株式会社リクルートでデザインを手がける渡辺さんに、身近なモノを通じたデザインスキル向上法などについてうかがいました。
大学時代は情報科学を学んでいたのですが、ある日、デザインを専門とする学外の先生の講義を聴講する機会があり、それがとても面白く、心に残りました。それまで勉強していたプログラミングやアルゴリズムなどの知識が「どうやって」つくるかというHowの話であるのに対し、デザインはその手前のWhyやWhoやWhat、「なぜ」「誰に」「何を」つくるかを考えて設計すること。ユーザーの視点でより深いレベルでプロダクトやサービスの設計に関与できることに惹かれ、大学院でデザインを専門的に学びました。
大学院在学中にはIPAが実施している未踏IT人材発掘・育成事業に「超指向性スピーカを用いた実物体音像定位AR」というテーマで応募して採択され、研究開発に取り組みました。また、在学中に個人でアプリを開発したり起業をしたりもしましたが、その頃はデザイナーというよりも“なんでもやる人”という立場でした。そして大学院修了後は、起業中に関わりがあったリクルートライフスタイル(現リクルート)に入社しました。一度企業に入って社会人としての基本を学びたいと考えたのです。
入社した2014年当時はデザイナーという職種が社内に存在しなかったので、ITに強い総合職として配属されました。最初に携わったのは、自社が運営する小売店ユーザー向けのポイント管理アプリ事業で、1年ほど営業を担当した後、エンジニアとして約半年間、開発に従事しました。
しかし、やはりデザインがやりたいと志望し、ディレクター見習い、ディレクター、リサーチャーなどに就く中、2019年ごろよりインハウスデザイナーの職種が社内でも確立され始めました。その後はUI/UXを含めたデザイン業務も増え、現在はホテルや旅館の業務を支援するシステム開発プロジェクトでデザインチームのリーダーを務めています。
営業やエンジニアやディレクター、リサーチャーなど、さまざまな職種を経験してきましたが、デザイナーはいろいろな業種と協力する職種なので、すべてが貴重な糧となっています。
プロジェクトに関わるメンバーは大勢いますが、デザイナーは私を含めて5名ほどです。他にプロジェクトマネージャー(ビジネスアーキテクト)、ソフトウェアエンジニア、データサイエンティスト兼リサーチャーなどがいます。
現在担当しているプロダクトでは、立ち上げ段階においてはプロジェクトマネージャーたちとともにターゲットとなる10施設に対して、エスノグラフィーやインタビューを実施し、ニーズ分析を行いました。そこで把握した課題を解消するためにどのような機能や画面が必要かを検討し、プロトタイプ制作などを行いながら設計に落とし込み、リリースまでのデザインを担当しました。現在はエンハンスを重ねながら、お客様がより便利になる機能を設計するなど改善を続けています。
デザイナーが増えてデザインリーダーになってからは、チームで一貫性のある高いクオリティのデザインをつくるために環境整備にも注力しています。例えば、ルールづくり。人によって判断基準やばらつきが出ないようデザインガイドラインを制作し、そのガイドラインに基づいてUIコンポーネントを管理できるデザインシステムを構築するなどです。また、デザイナーが他の職種のメンバーと円滑にコミュニケーションができるように、ライティングルールや資料のテンプレートの制作なども行っています。
お客様のニーズを深く掘り下げることです。悩みや困りごとに共感し、それを自分ごととして語れるくらい解像度を高めていくことでお客様が本当に必要としていることを明らかにし、コンセプトを決めることができます。一方で、いくら秀逸なコンセプトを企画したとしても、形にできなければ絵に描いた餅に過ぎませんので、人の期待を超えるくらいのデザインでサービスを設計することも同じくらい大切にしています。
さまざまな役割の人と関わるので、それぞれのバックグラウンドや事情を意識したコミュニケーションを心がけています。担当が違うとやりたいことも変わってきますから、いかにバランスを取りながら最善策を導くかということに留意します。
例えば、理想を追求した機能やサービスを考えたとしても実装に何年もかかるのではビジネスとして投資対効果に見合わず実現できないことがあります。お客様の要求を最も的確に、かつ最速で実現するための最適解はどこにあるのか。関係者の話を聞きながら一緒に着地点を考えていきます。
UXデザインは「体験の設計」です。そのためにユーザーインタビューなどの定性調査のほか、実データをもとにシステムへのアクセス回数やエンドユーザーの流入数などを把握する定量調査の両方を行います。実データがないときは判断のもととなるような情報を収集し、それを整理しながらチームに伝えていくスキルも必要です。一方、UIデザインは「ユーザーとプロダクトをつなぐ接点の設計」。よりエンジニアリングに近いスキルで、実装する媒体の制約や特徴を把握し、お客様にとってベストなインターフェースを考え、デザインする力が必要です。
身の回りのモノがどういう体験を提供しているかを考えて言葉にしてみることをお勧めします。例えば机でもペンでもスマホでも、それがなぜそのような機能・形になったのか、なぜこの場に設置されているかを考え、そのモノが生まれた経緯を想像してみてください。 慣れてきたら次は、そのモノを改善した案と、ユーザーが利用するシーンを想像して紙に書き出し、誰かに見せて評価してもらいます。「共感する」「体験を設計する」「他人に見てもらいフィードバックを受ける」というUXデザインのプロセスを簡単に試すことができます。
また、別の方法として、何かを使いづらいと感じたら、そのモヤモヤを受け流さず、自分だったらこうすると考えてみる。あるいは「これはいいな」「使っていて気分がいいな」と思えるものは、それがどのような要素で構成されているかをできるだけ細かく分解し、漏れや抜けがないかをいろいろな人に見てもらうこともよい訓練になります。
自分の周囲に当たり前にあるモノやコトを、自分以外の視点に立って考えることで、自分以外の視点が多くストックされ、豊かで開かれた発想ができるようになります。
これも身の回りに目を向けてみてください。例えば、自分が使っているアプリケーションやサイトのインターフェースを、デザインツールで模写してみます。そうするとボタンの配置や文章の言い回しなど、なぜそれがそうなっているのかわからないことが出てきますが、その理由を自分なりに探ってみてください。
じっくり相対すると、一見不規則に見えるユーザーインターフェースのコンポーネントに規則性を発見したり、そのメーカーのインターフェースガイドラインの意図が垣間見えてきたりします。よく使われるサービスのユーザーインターフェースは、それをデザインする人たちがユーザーの使いやすさや快適さを追求した末の産物なので、「なるほど、こういう発想に基づいてつくられたのか」という発見がたくさん見つかるはずです。 そうした体験は、ただ本を読んで知識を蓄えるよりも活きた勉強になります。
自分たちがつくったプロダクトやサービスが世に出て、反響をいただくとうれしいですね。「こういうものを待っていた」など言われると、がんばってよかったという達成感と、微力ながら世の中を少しよくできたかなという誇らしさが湧いてきます。
短期的な目標は、自分が担当するプロダクトをさらにお客様のためになるよう成長させていくことです。長期的な目標は、ビジネス面でも貢献できるデザイナーになること。近年、デザイン経営が注目されていますが、経営にデザイナーが関わることでよりユーザーのニーズに寄り添ったサービスの提供が可能になったり、機能だけでは提供できない情緒的な価値の提供ができたりするようになると思っています。具体的には、サービスを改善したり新しい機能を提案したりする中で、費用対効果をきちんと示せるようなビジネスに必要な知識も深めていきたいと考えています。
デザイナーは、さまざまな業種の方と関わりながら成果物をつくり上げていくことが求められます。そこでは自分がよいと思ったものについて、根拠も示しながら関係者に説明し、納得してもらう力が欠かせません。アイデアを人に伝え、それを実現するにはどうすればいいかを考えて日々過ごすことが、優れたデザイナーへの近道になると思います。とても楽しく、よりよい世の中を設計できるやりがいのある仕事です。スキルを磨く中で大変なこともあると思いますが、応援しています。一緒にがんばりましょう。
わたなべ しょうた
渡辺 翔大
株式会社リクルート
プロダクト統括本部
デザインマネジメントユニット
旅行デザインマネジメントグループ
1990生まれ。関西学院大学情報科学科を卒業後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修了。大学院在籍中に「超指向性スピーカを用いた実物体音像定位AR」で2012年度未踏IT人材発掘・育成事業に採択されたほか、起業経験も。2014年にリクルートライフスタイル(現リクルート)入社。