デジタル人材の育成

キャリアインタビュー Vol.2【デザイナー】前田公志 氏

公開日:2024年10月4日

  • インタビュイープロフィールを含めたページトップ画像「デザイナーに問われるのは概念を構造的にとらえ言語化する能力です」

日本を代表するグローバル企業であるトヨタ自動車株式会社では、実践を通じたDX人財育成策「デジタルイノベーションガレージ」を打ち出しています。この中で、革新的なソリューションの開発にチャレンジし、社内外で高い評価を得るチームがあります。チームのデザイナーを務める前田さんに、他分野からデザイナーへ転身した経緯や業務で必要なスキル、今後の展望などをうかがいました。

学びをさらに深めるために、デジタルイノベーションガレージへ

Q 入社の経緯やこれまでの業務内容について教えてください。

2010年に工業高校の機械科を卒業し、トヨタ自動車に入社。トヨタ工業学園で生産設備の保全について1年間学んだ後、2011年に国内外の工場で車両の生産設備を調整する生産準備部門に配属となり、そこに2022年まで11年間勤務しました。

Q そこから、なぜデジタル変革推進室へ?

前田氏画像2

実は生産準備部門にいた2020年ごろから独学でプログラミングを勉強していました。身の回りのアプリやソフトウェアの中には使いにくいものがあり、「自分だったらこうするのに」という、ものづくりの意欲をかき立てられたのがきっかけでした。

そうした中の2021年1月、会社直轄の組織としてデジタル変革推進室が開設されました。これは国内のトヨタパーソンのDX人財化を牽引する部門で、デジタルサービスを開発するエンジニアを実践を通じて育成するとともに、副次的に新事業の芽を生み出すことも視野に入れています。

そして2021年9月、デジタル変革推進室が「デジタルイノベーションガレージ(DIG)」というプログラムをスタートさせました。モバイルやクラウドのアプリケーション開発者として、トヨタ人財のリスキリングを後押しするものです。その案内を見て、「DIGなら自分が勉強していたことをさらに高められる」と考え、上司の了解を得て2022年1月から参加することになったのです。

Q DIGではどのようなことを学びましたか。

まずは1ヶ月間、それまでの業務と並行しながらプログラミングの基本を「DIGカレッジ」で履修しました。その後の選抜テストを通過するとDIGの一員としてデジタル変革推進室に異動し、社内外向けのデジタルソリューションの開発に専念することになります。私はプログラミングを独学していたことや上司の理解もあり、無事選抜テストに合格することができました。現在はデザイナーとして、DIGの他のメンバーと開発プロジェクトに取り組んでいます。

生産現場での情報共有を効率化するデジタル掲示板を開発

Q 現在、どのようなものを開発していますか。

生産現場での情報共有を効率化するデジタル掲示板です。工場など多くの人員が生産に従事する職場では、会社からの連絡事項は現場のマネージャーが口頭や書面で一斉伝達することが一般的です。連絡事項を確認した従業員はサインするなどして、管理者はそれをもとに誰が閲覧して、誰がまだ閲覧していないかをチェックします。こうした状況では、マネージャーの負荷が大きい、情報の周知が徹底しないリスクがある、ペーパーレスが実現しないといった課題が挙げられます。

そこで私たちが考えたのがデジタル掲示板でした。タッチ操作ができる65インチほどの大型モニターを現場に設置し、そこに伝達したい情報を表示するというものです。マネージャーのアカウントに届いたメールや添付ファイルも表示できます。みんなでタッチしながら確認でき、閲覧者も個別に把握することが可能です。

Q どのように開発を進めたのですか。

まずはDIG内でのチームづくりから始めました。生産現場の管理をデジタルで効率化するソリューションをつくろうという声が上がり、そこに手を挙げたメンバー8人でキックオフとなりました。私自身、生産準備部門にいたころ、当時勉強したてのプログラミング技術を使って忙しい上司のために工数管理と勤怠管理を効率化するツールをつくった経験があるので、この課題意識にはとても共感できました。

その後、実際に現場でどういった困りごとがあるのか、3名のマネージャーにインタビューする中で、デジタル掲示板のアイデアが浮上。さらなるインタビューやチーム内での検討を重ねながら、具体的なコンセプトを膨らませていきました。

Q チームのメンバーはどのような人材類型で構成されていますか。

収益性や開発スケジュールを管理したり関係者との折衝を担ったりするプロダクトマネージャー(ビジネスアーキテクト)が2名、ユーザーの視点でUI/UXを探求するデザイナーが私を含めて2名、それにプログラミングなどの実装を担うソフトウェアエンジニアが4名です。

DIGの他のプロジェクトでも、人財の構成は基本的にこの三者で、人数もおおむね8~10名といったところです。データサイエンティストとサイバーセキュリティは特定の担当者はおらず、ソフトウェアエンジニアがセキュリティ領域に踏み込んでいる感じです。

役割分担はあるものの、私たちのチームでは三者の関係はフラットで、担当以外の領域のことでも率直に指摘し合います。このような役割・構成を持ったチームにおいて、内製で改善し続けるアジャイルな働き方を実践し、常にみんなでコミュニケーションを取りながら開発を進めている形です。

価値で勝負するため、あえて口コミでユーザーの拡大を図る

Q デジタル掲示板のUX/UIを高めるうえで、デザイナーとして工夫した点は。

一番は簡単に扱えることです。現場の従業員は10~60代と年齢層が幅広いですし、マネージャーも含めてデジタルツールに不慣れな方もいらっしゃいます。私たちは「マニュアルなしで超簡単に使えるものをつくろう」というコンセプトを掲げ、一貫してそこにこだわりました。

例えば、文字を入力できるメモ帳機能、ファイルを保存できるフォルダ機能、情報を確認した人をマネージャーが一目で把握できるチェック機能、情報の種類を分類できるタグ付け機能、付属のペンで伝達事項を書き込める機能など、使い勝手を徹底的に追求しました。一方で、ページが何層にも遷移すると複雑性が増すので、1ページで完結できるようにしました。パッと見たときに重要な要素が目に入る、そうしたシンプルさが身上です。

Q 反響はいかがですか。

2022年10月にパイロット版を社内3ヶ所で使っていただき、そこから機能を拡充しつつ、人の集まる場で宣伝もしたりしながら導入場所を徐々に拡大。今では社内の約400ヶ所で使っていただいています。「直感的に操作できる」「わかりやすい」「管理が楽になった」「印刷の手間もコストも減った」といった声を多くいただいており、本当にうれしいです。

普及・拡大の方法としては、例えば社内の上層部に働きかけてトップダウンで導入する方法もありましたが、それでは現場が「押し付けられた」と感じて、このツールにネガティブな印象を持つのではないかと考えました。そこで、あえて口コミでゆっくり裾野を広げ、「使ってみたい」と思ってもらえるようにしました。スローペースの拡大に歯がゆさはあったものの、価値で勝負するという戦略は正しかったと感じています。

さらに、社内の展示会に出品したところ、来訪された社外の方が「自分たちも使いたい」と言ってくださるなど多くの引き合いをいただいたことから、外販へ向けて動き出しているところです。

よいチームでよいものを生み出すには、納得と共感を得ることが大切

Q デザイナーとしてのやりがいをお聞かせください。

やはり一番はユーザーの評価です。使ってよかったという声をいただくことが、デザイナーとして最大のモチベーションになります。また、今回のように口コミでユーザーが広がることも、ソリューションの価値を認めてもらえたということで、つくり手にとって誇らしいですね。

もうひとつ、チームがよい関係で協働できることも仕事の満足感につながっています。難しい話から雑談まで、何でも話し合えるメンバーで仕事ができる。非常によいチームだなと常々感じており、それもやりがいといえるでしょう。

Q デザイナーに求められるスキルや能力は何だとお考えですか。

前田氏画像3

現在のプロジェクトがスタートして最初の半年は、ベンダーから各人材類型のプロが伴走してくださったのですが、その先輩デザイナーを見ていて気づいたことがありました。それは、デザイナーには事象や概念を整理して構造化し、さらに言語化する能力が問われるということです。

例えば、なぜこのシステムは使いにくいのか、なぜこれは使いやすいのかを自分の中で解剖していきます。使いにくさの原因に「階層の複雑さ」があるならば、どういう階層ならいいかを自分なりに考えてみるのです。5層の階層を2層にできるか、あるいは5層でなければならないなら、その不便さをカバーする別のアイデアはないかといったことを考えます。

よいものをつくるために言語化は非常に重要で、構造化や整理はその手前の作業といえます。実際、開発ではメンバーから「なぜこのデザインなのか」「どういう意図があるのか」と聞かれることがあります。そのとき「何となく」と答えたのではメンバーに共感してもらえませんし、つくるものも集約できず、結果としてユーザーの共感を得られないアウトプットとなるでしょう。よいチームをつくり、よいものを生み出すためにも、しっかり言語化して価値を相手に伝えられること、納得と共感を得ることが大切です。

同時に、ユーザーに寄り添うことも不可欠です。プロトタイプを実際に使ってもらって、改善点を指摘していただき、それを反映することが大きな学びになりました。例えば、ボタンはどういう状態であればいいのか、そもそも本当にボタンが必要なのかなど、UIを突き詰めて考えるきっかけになったと感じています。また、そうやって手を動かすことで、ツールの操作に慣れることも重要です。業務時間外でも自宅でつくり込みに熱中した時期がありましたが、私にとってはそうした時間も糧となっています。

身近な人の助けになりたい——その思いがデザインの原動力となる

Q 今後の目標や挑戦してみたいプロジェクトは。

今はUI/UXのデザインを主に担当していますが、ゆくゆくは領域を広げてサービスそのもののデザインも手がけられるようになりたいです。個人的にはまちづくりにも興味があって、例えば観光客を呼び込むにあたり、サービスデザインの観点でどんな1日を過ごしてもらえるか、どんな体験を提供できるかなどを考えていきたいですね。デジタルのみならずアナログの体験のほうが価値を発揮するのであれば、両者をうまく融合して全体を設計するといったアプローチで、日本の伝統の素晴らしさを世界に発信するような新事業を開発できるかもしれません。

Q デザイナーを目指す人へメッセージをお願いします。

アプリが使いにくいという不満や、上司の負荷を和らげたいという意識が私のデザイナーとしての出発点でした。トヨタ生産方式(TPS)で言うと「誰かのために」という想いです。「世の中の不便を解消したい」「身近にいる人を楽にしてあげたい」「幸せな人をもっと増やしたい」などと思ったら、実現に向けて実際に行動することが大切ですし、それがデザインの原動力になるはずです。そういうマインドがある方は、ぜひデザイナーというキャリアを選択肢として考えてみてください。

よいプロダクトはよいチームから生まれます。開発も学びも仲間と一緒だからこそ乗り越えられるものがあります。コミュニケーションを大事に、積極的に仲間探しをがんばってください。DIGのような環境がない場合は、社会人向けの学校やハッカソンへの参加なども検討してみてはいかがでしょうか。課題解決やものづくりを実地で学べるうえ、人脈づくりにも役立つと思います。

まえだ まさし

前田 公志

トヨタ自動車株式会社
デジタル変革推進室
デジタルイノベーションガレージ

1991年生まれ。2010年に三重県立津工業高等学校機械科を卒業し、トヨタ自動車に入社。トヨタ工業学園で生産設備の保全について1年間学び、2011年より生産準備の業務に従事。2022年にデジタル変革推進室(デジタルイノベーションガレージ)へ異動。デザイナーとしてデジタルソリューションの開発に取り組む。

マナビDXで「デザイナー」の講座を探す

取材時情報

  1. 掲載内容は2024年8月取材時のものです。