デジタル人材の育成
公開日:2026年4月21日
総合化学メーカー・デンカ株式会社のデンカイノベーションセンター(以下、イノベーションセンター)では、データサイエンスを活用して素材の開発・高度化を行うマテリアルズ・インフォマティクスを進めています。その一員である清水了さんは、医薬分野でデータ解析のキャリアを積みデンカに入社した経験豊富なデータサイエンティスト。開発現場と二人三脚で研究のスピードや精度を高めるには、高度な解析テクニック以上に、誤差やばらつきも含めて現場を理解し、次の実験・開発へつなげる姿勢が重要と語ります。2025年からはグループリーダーとしてマネジメントや後進の育成にも注力する清水さんに、事業に貢献するデータサイエンスのあり方について伺いました。

当社は1915年創業の総合化学メーカーで、現在4つの事業を展開しています。高速通信や再生可能エネルギー活用に欠かせないアセチレンブラックや機能性セラミックスなどを扱う「電子・先端プロダクツ」、インフルエンザワクチンや抗原迅速診断キットといった「ライフイノベーション」、機能性エラストマーや特殊混和材、農業向けコルゲート管などを扱う「エラストマー・インフラソリューション」、そしてスチレン系機能樹脂やウィッグ用合成繊維、食品包装用シートなどで構成される「ポリマーソリューション」です。
イノベーションセンターは、創業の翌年に設立された社内の分析機関を源流としつつ、当社グループの中核的研究開発の拠点です。「オープンイノベーション」をキーワードに外部の企業や研究機関などと協調しながら、新たな価値の創造につながる革新的な製品・技術の開発に挑んでいます。
マテリアルズ・インフォマティクスという、材料科学分野におけるデータサイエンスを担当しています。新素材の開発や既存製品の高性能化は、原料の組み合わせや調合法など無数の検討を繰り返すことが求められ、どうしても時間がかかります。そこにAIを含めたデータサイエンスを適用して、工数や開発コストの低減を図ることが私たちの目的です。イノベーションセンターの研究員だけでなく、他の事業所や工場にある研究部署のメンバーとも密に連携しています。
大学ではバイオサイエンス(生物学)を専攻し、プログラミングや大量のデータを扱う実験もしていました。博士課程修了までの過程でデータサイエンスの基礎を身につけ、この技術を社会に役立てられたらと製薬会社の研究子会社に就職。創薬の初期段階を担う部署の一員として、データ解析やデータベース構築などに従事しました。実務に取り組みながら統計や機械学習について独自に勉強したり、データベースに関する外部セミナーを受講したりもしました。
入社して10年後の2019年、親会社の方針による会社の解散に伴い、素材メーカーでライフサイエンス事業も手がけるデンカへ転職し、以来、解析技術研究部に在籍しています。扱うものが前職は医薬品、現在は素材ということで、分野を変えることへの興味もありました。分析するデータはどちらも研究開発に関連したものなので、前職で培ったスキルはこちらでも活用できています。
これは前職の話になりますが、仕事を始めた当初は理論と現実のギャップに悩みました。教科書やチュートリアルのデータは誤差が少なく、きれいな結果が出るように設定されている一方、実際の開発現場では最初から精緻に実験できないこともあれば、人によって実験手技のレベルも異なるため誤差が出てきます。そのため、そうした実験結果のばらつきの原因を理解し許容したうえで、現場の担当者が研究開発を前に進めるのに役立つ解析結果を返したり、研究開発に役立つ解析ツールをつくったりすることが重要となります。しかし、それが最初はわからず、解析結果のばらつきを許容しない理論を優先した解析結果を返し、現場の要望と乖離してしまうことがありました。
実際に自分でも実験してみたことで、ある程度のばらつきが出てもおかしくない実験なのだと理解できました。また、研究開発の担当者や現場に詳しい上司にも意見を聞き、「統計的な誤差に過度にとらわれるのではなく、それよりも実務で示唆が得られることが重要だ」と教えてもらったことも見方を広げるきっかけとなりました。そうした経験から、解析結果をどう活用すれば研究開発を前進させることができるのか、その答えを開発現場の担当者と一緒に見つけていくことこそがデータサイエンティストの役割であるという考えに至ったのです。
現場の方たちとさらに強固にタッグが組めるようになってきたことでしょうか。素材開発は初めてだったので、当初は的を射た解析がなかなかできませんでした。素材について勉強したり、自社製品のラインナップや研究開発の現場などを把握したりすることで入社3~4年を経た頃から歯車が回り始めた印象があります。現場の方たちとコミュニケーションしながら一緒にデータサイエンスを活用し、解析結果を積み上げていくことで、開発の課題解決に直結することが増えてきました。そうなるとやはりうれしいですし、手応えもより大きくなります。

素材開発の現場から提示されたデータを解析して結果を現場に返し、結果に基づき実験条件を見直し再度データをとり、そのデータを再び解析するというサイクルを回すことで、開発期間が体感で1~2ヵ月短くなったと現場の担当者から聞いたときはうれしさがこみ上げました。
また、私たちのグループでは画像解析も行っています。顕微鏡画像から手動で大きさを測るのは大変で、これを自動化するプログラムをつくったところ、操作やデータ処理が楽になったと喜ばれました。「性能がよくなった」「新たな知見が次の素材開発の基礎になった」といった言葉からも成果を感じます。
大きく2つあります。1つはマネジメントです。2025年4月からグループリーダー(課長職)になり、メンバーを束ねています。メンバーの困りごとについて、過去の経験や情報収集を踏まえてアドバイスしながら一緒に業務を進めています。メンバーとともに現場の研究者とやりとりしながら、実験データの解析、データベース化、解析ツールの開発などを通じて素材の最適化や新素材開発に寄与しています。
データサイエンティストの育成です。当社では2021年からイノベーションセンターや工場の研究員全員を対象に育成が始まり、私はその立ち上げ時から中核メンバーとして企画・運営に携わっています。育成の最初のステップはeラーニングで、動画を通じてマテリアルズ・インフォマティクスや機械学習、統計解析の基礎を学びます。eラーニング受講者は延べ600名近くにのぼり、その中から各部署より推薦された数十名を対象にプログラミング教育も実施しています。
教育プログラムをつくるときなど、データサイエンティストとしてどういうスキルがあるとよいか、その指針の1つとして見ることができます。実務で必要な要素が整理されているのが利点です。
メンバーのスキルが向上したときや、現場とのコミュニケーションで解析に新たな知見が得られたときは、自分ごとのようにうれしくなります。例えばPythonを教えたメンバーのうち数名は、現場で自らPythonを駆使して解析することができるようになりました。4~5年前と比べて現場との意思疎通もスムーズになり、データのまとめ方次第で解析の質が高められるという理解が広がってきたと感じます。
メンバー全員が生成AIを使っています。プログラミングの障壁はかなり低くなりましたし、統計や機械学習の基礎から最新技術動向まで幅広く把握するためのツールとしても役立っています。アウトプットは鵜呑みにせず、正しいかどうかのチェックは必要ですが、それでもわかりやすく詳細に解説してくれるので、生成AIはなくてはならない相棒のような存在といえるでしょう。
生成AIの後押しもあって、データサイエンスはより身近になってきました。社内でこの流れをさらに加速させていきたいですね。理想は、研究者が「データサイエンスをやろう」と気構えずとも、現場の通常業務の一環として自然に使っている状態です。ExcelやWordを使うような感覚でデータサイエンスを研究開発に取り込める、そんな環境や教育をサポートしていきたいと思っています。
データサイエンスの技術を追求するだけでなく、現在の専門性をどう生かして事業に貢献していくか、その視点を大切にしてほしいと思います。業界や部門によってデータの形は異なり、解析の仕方も変わります。自分がどんな業界や部門に興味があって、そこで何をしたいかを想像しながらキャリアを描いていくとよいのではないでしょうか。
実践するうえでは現場とのやりとりが大切で、コミュニケーション力が欠かせません。相手のニーズや課題感を聞き出す力、解析に必要なデータセットや結果から得た示唆をうまく伝える力が問われます。必ずしも大学などでデータサイエンスを専門的に学ばなくても大丈夫。それよりモチベーションや興味のほうが重要で、そこにデータサイエンスのスキルが上乗せされることで能力が大きく開花する——部下や後輩たちを見ているとそう感じます。
しみず さとる
清水 了
プロフィール
デンカ株式会社
新事業開発部門 解析技術研究部 グループリーダー
博士(理学)
経歴
1980年生まれ。2009年、東京工業大学(現・東京科学大学)大学院生命理工学研究科博士課程修了。
製薬会社の研究子会社を経て、2019年デンカ入社。
データサイエンスを通じた素材開発やマネジメント、人材育成などに携わっている。