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未踏修了生インタビュー:河野 紘基さん(2020年度未踏アドバンスト事業修了生)

公開日:2023年2月1日

世界を変えるハードの開発も未踏で!!

河野 紘基さん
2020年度未踏アドバンスト事業修了生
プロジェクト名「気象観測気球を用いる高高度観測システムの開発」

未踏に応募して採択されると、どんな世界が待っているのか? 応募するにあたっては、どのような思いがあったのか。実際に未踏を修了した方々に聞いてみました。
今回は、2020年度に、未踏アドバンスト事業に「気象観測気球を用いる高高度観測システムの開発」で採択された、河野紘基さんにお話をうかがいました。

未踏は情報系というイメージがあった

気象観測気球は成層圏(高度約30km)に到達できる低コストの観測装置だが、使い捨てで運用され、用途が気象観測業務に限定されてきた。2020年度未踏アドバンスト事業「気象観測気球を用いる高高度観測システムの開発」は、パラフォイル(柔軟翼)による滑空・回収ユニットと地上管制システムを開発し、回収効率を向上するプロジェクトである。未踏事業期間中、気球搭載モジュールと地上管制システムのプロトタイプを作成、気球を使用した観測実験を実施した。

── 河野さんが開発に取り組まれている観測気球は従来のものとどのような違いがあるのでしょうか。

河野 紘基さん(以下敬称略) 80年ほど前から気球による気象観測網が構築され、現在、世界の1,300地点から毎日2,600基ほど打ち上げられ、気象予報や気候変動の監視などのためのデータを集めています。長い歴史がありますが、観測気球の構造は昔から大きく変わっていません。ヘリウムや水素を充填したゴム気球に小型の気象観測用測定器を載せて打ち上げ、無線電波でデータを受信した後、回収せず、使い捨てにするというものです。測定器を回収する手段としてパラシュートがあるのですが、風任せで確実性がないため、基本的にはセンサごと陸地や海に落としてごみにしてきました。私が開発を進めているのは、翼形状のパラフォイルで滑空し、目標地点に降りて来るシステムです。これにより、低コストで高効率な新しい観測網を実現したいと考えています。

── 気球に興味を持たれたきっかけは。

河野 2010年、高校を卒業した春休みに、米国の中学生が気球にカメラをくくりつけて飛ばしたというネットニュースを見て、宇宙から撮影したような地球の写真に衝撃を受けたのがきっかけでした。大学は電子工学の専攻でしたが、宇宙工学と電子工学のハイブリッドの研究室に入り、ここで気球づくりに取り組みました。大学を出てから、気球の研究は個人的に細々とでも続けられれば、という感覚で電機メーカーに就職したのですが、やがて設計のエンジニアとして仕事がかなり忙しくなり、これから両立はますます難しくなるな、ということがみえてきました。その間も気球に関する国内外のニュースが耳に入ってきます。そのたびに刺激を受け、専念したいという気持ちが抑えられなくなっていきました。

── 開発に挑戦するにあたり、未踏アドバンスト事業という場を選ばれた理由は。

河野 自分のやりたいことができるような環境がどこかにないか公募やコンテストなどを探る中で、行きついたのが未踏でした。学生時代から知ってはいましたが、落合陽一さん(メディアアーティスト/筑波大学 デジタルネイチャー開発研究センター センター長)など情報科学系の方々が参加されているイメージがあり、自分には無縁だ、と思っていたのですが、調べてみると、これは良い支援事業だ、と感じたのです。決定的だったのは未踏会議2019年のパネルディスカッションで、後に私のPM(プロジェクトマネージャー)になっていただく漆原茂さん(ウルシステムズ株式会社代表取締役社長/ULSグループ株式会社代表取締役社長)が熱心に語られているのをYouTubeで拝見し、ここに応募しよう、と決意し、会社は辞めることにしました。

── 会社勤めをしながら挑戦する考えはなかったのですか。

河野 気球のシステムをイチからつくるというのは、相当の時間とリソースを要します。本気で取り組むなら、やはり並行してやるのは難しいと考えました。当時29歳で、このまま会社にいれば社内のプロジェクトから離れられなくなるな、という思いもありました。

プロジェクトの推進力がまったく違うものに

── 未踏に応募した時点で新たなシステムの構想はまとまっていたのですか。

河野 パラフォイルで滑空させて回収するというコンセプトは前々からあり、100km届く無線通信など要素ごとの実験は行っていて成果もありましたが、装置として形になったものがあったわけではありません。採択されてから6か月後に実証実験を計画し、それに向け、自分でプログラムを書き、CADを使って設計し、部品を組み立てて、構想していたものをすべて形にしました。

── PМからのアドバイスにはどのようなものがありましたか。

河野 漆原PMから「まずは実証実験の観測気球を仕上げることを優先しよう。それに必要でないこだわりは捨てよう」と。例えば、地上から気球と通信するのですが、途中に山があると電波が途切れてしまいます。これについて「途切れないシステムを組もうとするのではなく、今回は山の上から打ち上げたらどうか」というご指摘をいただきました。エンジニアは自分がこだわっているテーマに取り組んでいると、内にこもり、目の前のハードルを何とか越えようと熱中しがちです。私の場合、やり方に冗長なところがあるというか、エンジニア的に段階を追って、という面もありましたが、未踏では俯瞰的な視点からPМやBA(ビジネスアドバイザー)の方々がアドバイスしてくださいました。期間内に最大限の成果を上げるという目標があり、そこにPМの視点が入ることで、プロジェクトの推進力がまったく違うものになりました。

── 移動物体に関する新たな試みということで法律面をクリアする必要もあったのでは。

河野 このプロジェクトが航空法に触れるか、ということがありましたが、BAに弁護士の先生がいらっしゃって、国土交通省航空局と交渉してくださり、この形式であれば問題ない、との回答をいただけました。エンジニア個人ではこの交渉も難しかったですね。

── 実証実験の成果は。

河野 東に海のある宮崎県の延岡市で行い、初回にしてはかなりうまくいきました。高解像度の空撮システムを搭載した約2kgの気球搭載モジュールを高度6,000mまで上げ、外気温-10℃、飛翔速度時速140kmの気球から、安定的に滑空観測装置を切り離し、リアルタイムで位置を確認しながら、25km先の指定した海域に落下させるという容易ではない実験でしたから、打ち上げる前はかなりプレッシャーがありました。それだけに着水後 11 分で回収できたときは感慨深かったですね。

オリジナルのジャンルの技術に光を当てられる

── 未踏修了後はどのようなことに取り組まれていますか。

河野 個人事業主として活動しています。ここ1年は大分県の牧場を実験場にして、ドローンからパラフォイルを落下させて飛行特性をみるという実験を続けていて、かなり良いところまできています。また開発の過程で生まれた超音波風速計の販売を始めたところ、売り出して数日で売り切れるほどの好評をいただいています。要素技術から派生した機器を販売しながら資金を確保しつつ、気球の技術実証をやり遂げるつもりです。

── 技術が確立すればどのような効用が望めるのでしょうか。

河野 現在の気象観測気球網で使われている小さな測定器で観測できているのは温度、湿度、気圧、風向、風速、オゾンくらいですが、より大型の観測装置や進化したデジタルデバイスのセンサなどを載せられるようにして、かつ確実に回収できるようになれば、大気中の粒子やガスの濃度、上空の雷の音、噴火に伴う低周波なども測れるようになり、温室効果ガス、異常気象や災害発生の推定のためのデータ取得に利用できるようになります。さらに人工衛星のデータとリンクすることで補完し合い、地球全体を観測できるようになれば、大いに意義のあるブレークスルーとなるでしょう。これが日本発で実現できれば産業競争力にも影響するインパクトがあると確信しています。ドローンにしても、それがなかった世界と当たり前になった世界では状況がまったく違います。私が取り組んでいるのはドローンより遥か上空まで数kgの物体を容易に打ち上げられ、確実に回収できるので、多方面の用途があるはずです。

未踏は本当によく考えられ練られた仕組み

── 改めて未踏期間を振りかえって、どのような感想をお持ちでしょうか。

河野 イノベータ(未踏アドバンスト事業採択者)に最大限の成果を出してもらうことを軸にしているのが未踏のすばらしいところです。イノベータが生き生きと取り組めるようにする、技術実装につなげられるようにする、という点で本当によく考えられ、練られた仕組みで、支援は有機的な印象を受けるほど細かいところまでよくみてくれるものでした。PMは個々のプロジェクトの性質を見て的確なアドバイスをしてくださいますし、知的財産権のことなどはBAがどんどん進めてくださいます。またハードウエアを作ろうとすればまとまった資金が必要ですが、この面でもIPA(独立行政法人情報処理推進機構)とイノベータ個人の業務委託というかたちで手厚く支援してもらえて、事務処理の面でも事務局の皆さんに助けていただきました。私が採択されたのは未踏アドバンスト事業で、ビジネスの面も支援する趣旨の制度ですが、やはり人材育成というところが強く意識されているように感じます。

── これからの未踏事業に期待することをお聞かせください。

河野 私のテーマは、いわゆるIT系からスタートした未踏の標準的なプロジェクトではなかったかもしれませんが、漆原先生には「ロマン溢れる提案」ということで採択していただきました。日本の研究者たちには大きな潜在能力があります。地方の大学の研究者、あるいは会社務めのエンジニアの中にも黙々と一つの技術を研ぎ澄ませている方がたくさんいます。こうした方々が勇気をもって未踏に参加し、自らの技術を発展させる。そこからイノベーションが生まれ、スタートアップ企業が立ち上がり、日本の発展につながり、世界に貢献する。こうした好循環のストーリーが一つでも多く生まれれば、と期待しています。

未踏を目指す人へのメッセージ

どうしてもこの技術に取り組みたいけれど、なかなか機会に恵まれない、という方々にとって、これほど恵まれた環境はありません。諦められない夢があるなら、未踏のPMやBA、技術の目利きの方々、第一線でビジネスをされている方々に、ぜひ熱意をぶつけてみてください。

河野紘基さん

2010年、気球の開発を開始。2014年、自ら開発した初の気球を放球。高度33kmに到達し、回収に成功。第134回地球電磁気・地球惑星圏学会 オーロラ・メダル賞、日本地球惑星科学連合学生優秀発表賞を受賞。2016年、高知工科大学大学院修了、電機メーカーに就職。2020年、IPA未踏アドバンスト事業に採択され、ストラトビジョンをスタート。2021年、総務省の異能vation「破壊的な挑戦部門」に採択され、2023年異能βに認定された。