デジタル人材の育成

キャリアインタビュー Vol.7【データサイエンティスト】黒木 賢一 氏

公開日:2025年3月31日

  • インタビュイープロフィールを含めたページトップ画像「データサイエンスの力がなければ生み出せない付加価値がある」

三井住友海上火災保険株式会社では、データサイエンスを活用した防災や減災への貢献など、新たな価値の提供に取り組んでいます。同社のデータサイエンス施策を牽引する黒木さんは、一般社団法人データサイエンティスト協会で理事も務めるデータサイエンスのスペシャリスト。キャリアの原点や仕事の魅力、スキルを身につけるための方法などを聞きました。

未経験ながらデータエンジニアとして新規プロジェクトへ

Q これまでのキャリアについて教えてください。

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大学卒業後、NTTデータにシステムエンジニアとして入社し、金融分野のシステム構築などに携わりました。転機は入社8年目のころ、社内のデータ分析基盤の構築プロジェクトに誘われたことです。分析の経験はありませんでしたが、興味を引かれ思い切ってプロジェクトに飛び込んだところ、それまで見えなかった課題や戦略がデータ分析により鮮やかに浮かび上がってきて、その面白さにのめり込んでいったのです。

以降、必要な知識やスキルを身につけながら、データを活用した経営課題解決やビジネス成果創出の業務に従事するようになりました。IPAが公開しているDX推進スキル標準のロールでいうと、データエンジニアからキャリアをスタートし、その後、データサイエンスプロフェッショナルやデータビジネスストラテジストとしてスキルを磨いていったという流れです。そして、2022年にデータサイエンティストとして三井住友海上火災保険へ転職し、現在に至っています。

Q 現在の仕事内容を教えてください。

主に次の3つの業務に取り組んでいます。

1つ目は、分析コンサルティング業務。当社では、事故や災害の発生時に経済的損失を補償する保険を提供するだけでなく、補償の前後でもお客様に価値を提供するよう努めています。例えば、事故を未然に防ぐ防災や、事故が起きた場合でも被害の低減や早期のリカバリーに貢献する減災といった観点での貢献です。その中で、私たちデータサイエンスチームもデータ分析を通じてお客様への付加価値の提供に取り組んでいます。身近なところでは、顧客企業の店舗の機器データを解析して故障発生のタイミングを予測し、定期メンテナンス時に部品交換を提案するといったことが一例として挙げられます。

2つ目は、社内のデータサイエンティストの育成。顧客の業務知識や課題を深く理解している営業担当者がデータサイエンスのスキルを持つことで、より客観的なデータに基づく、解像度の高い課題解決提案が可能になります。そうした観点から、社内のデータサイエンティストの育成制度を人事部と連携して展開しており、私は育成の統括役として認定制度設計やカリキュラムの作成、スキルレベルの認定、研修の講師などを担っています。

そして3つ目は、生成AIの活用の取り組みです。業務を高度化・効率化するうえで重要な生成AIを安全に活用するため、社内の環境整備に取り組んでいます。具体的には、Azure OpenAIやDifyを使った活用基盤の構築、RAGという技術を活用した社内マニュアルなどの情報に基づく照会応答支援機能の提供、生成AIを使いこなすためのリテラシー教育などを実施しています。

「技術を学ぶ」「実践経験を積む」という2つの学習ステップ

Q ご自身の成長につながった仕事について教えてください。

前職でデータサイエンティストとして駆け出しのころ、技術を駆使して分析に注力しても、分析結果がビジネス課題解決という成果につながらず苦労したことがありました。苦い経験ですが、そこから導き出した2つの教訓があります。

1つが、分析しようとしている課題が適切かを吟味すること。課題自体を見誤ると、いかに優れた分析手法を用いても、結果として的外れな結果に終わります。そうしたことがないよう、課題があいまいだと感じたときは、それをクリアにすることから始めるようにしています。例えば、顧客企業の担当者から分析を依頼された場合、経営者の課題感とズレがある可能性があります。そこで、中期経営計画や経営層のメッセージなど公開されている情報をベースに経営課題を探ったり、分析依頼の背景を担当者にヒアリングして深掘りするといったことを行っています。

2つ目が、事業や業務の知識をしっかり踏まえること。解決すべき課題の背景となる事業や業務の知識がないと、どうしても浅い解決になってしまいますし、データから何らかの傾向が見えたとしても、それがどのようにビジネス価値向上につながるのかわかりません。自分自身でそうした知識を養うことはもちろん、その領域に詳しい社内の担当者やお客様とも連携し、一緒に課題解決に取り組むようにしています。

Q データサイエンスのスキルだけでなく、コミュニケーションやチームマネジメント、業務知識など、ビジネス面の力も問われるわけですね。

その通りです。私が理事を務める一般社団法人データサイエンティスト協会では、データサイエンティストには3つのスキルが必要だと定義しています。具体的には、(1)課題背景を理解したうえでビジネス課題を整理して解決するための「ビジネス力」、(2)情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解して使うための「データサイエンス力」、(3)データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装・運用できるようにする「データエンジニアリング力」の3つのスキルです。これはDX推進スキル標準が定義するロールとも連携しているものです。

Q そうした力をどうやって身につけていけばよいのでしょうか。

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学習は大きく、「技術を学ぶステップ」と「学んだ技術を活かして実践経験を積むステップ」に分けられます。最近ではインターネットや書籍を通じて技術を身につけやすくなっていますが、その技術を実務で適用することで、学びをより深めることができます。私自身、業務での実践を積み重ねながら3つのスキルを磨いてきました。学びと実践の両輪を回すことでビジネスの課題解決につながる価値が提供できるようになりますし、スキルを血肉化して自分の得意領域を増やすことにもつながります。

とはいえ、経験が浅いうちは学んだことを実務に適用するのは難しいかもしれません。その場合は先輩のデータサイエンティストに伴走してもらうとよいでしょう。身近に先導者がいない方は、経済産業省のデジタル推進人材育成プログラム「マナビDX Quest」や、データサイエンティスト協会が実施する「課題解決型人材コンテスト」などを活用してみてはいかがでしょうか。

課題を見極める力をつけたい場合は、過去の汎用的な事例を使った学習も役立ちます。学んだ技術を実務で適用するためのプロセスはどのようなものか、そのプロセスの中で注意すべき点は何かといったことを知ることで、スキルアップが見込めます。なお、スキルを証明する資格としては、データサイエンティスト協会が認定するデータサイエンティスト検定があります。また、日本統計学会が実施する統計検定も分析スキルの向上に役立つでしょう。

目新しい技術に時間も忘れて没頭できる人は強い

Q 黒木さんがデータサイエンティストとして大切にしていることは何ですか。

新しい技術への探究心を持ち続けることです。データサイエンスの領域は非常に進化が早いので、楽しみながら新しい技術に触れて、機能や特徴をつかみ、実務で活かしていく姿勢が欠かせません。まさに「好きこそものの上手なれ」ですね。目新しい技術に夢中になって、時間も忘れて没頭できる人とそうでない人とでは、長い目で見て大きな差がつくと思います。旺盛な探求心で提供する価値を常にアップデートしていく。それが自分自身のキャリアを高めることにもつながると思います。

Q 仕事のやりがいはどこにありますか。

キャリアのスタート地点で感じた、「データサイエンスの力がないと生み出せない付加価値がある」という事実——これが今でも私の仕事の原動力になっています。

従来ならば、問題が発生した後にリカバリーしたり再発防止策を講じたりといったアプローチしか取れなかったものが、データサイエンスで問題発生の複雑な関係性を解析して兆候検知モデルをつくることで、顧客企業の問題を未然に防げるようになるわけです。実際にこうした成果を出したことでお客様にも喜ばれ、大きなやりがいを感じています。

最先端の技術を活用して世の中を変えるエキサイティングな職業

Q 今後の目標を教えてください。

まず業務においては、補償の前後も含めたお客様への貢献に向け、今後もデータサイエンスを活用しながらより高い付加価値を提供できるよう努めていきます。当社のみならず、お客様やサードパーティのデータも活用しつつ、さらに先進の手法も取り入れていきたいですね。

また、データサイエンティスト協会の理事としては、データサイエンティストが活躍するフィールドをより広げ、エンパワーメントするための活動を進めていきます。例えば、データサイエンティスト協会の地域支部を立ち上げて、各地のデータサイエンスを活性化させ、地方創生につなげられたらと考えています。

Q データサイエンティストを目指す人へのメッセージをお願いします。

Webサイトでのお勧め商品のレコメンドや、自動車の運転アシスト、電力の需要予測、流通業の在庫コントロールなど、データサイエンスは世の中のいたるところで普及が進んでいます。私たちの便利な生活を支える重要なミッションをすでに担っているわけですが、生成AIの登場でその流れが加速しており、データサイエンティストが活躍するフィールドは今後ますます広がっていくと考えられます。最先端の技術を活用しながら世の中を変えていくという、エキサイティングな経験ができる非常に面白い職業です。ぜひ楽しみながらデータサイエンスを学んでいただきつつ、学んだ知識を使って世の中をよりよくしていく取り組みに一緒にチャレンジしていきましょう。

くろき けんいち

黒木 賢一

プロフィール

三井住友海上火災保険株式会社
ビジネスデザイン部
データサイエンスチーム
上席スペシャリスト(データサイエンティスト)

経歴

1979年生まれ。中央大学理工学部経営システム工学科(現・ビジネスデータサイエンス学科)卒業。NTTデータを経て、2022年、三井住友海上火災保険へ入社。同社の生成AI専門チームである「AIインフィニティラボ」のテクノロジーリードや、データサイエンティスト協会理事も務める。

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取材時情報

  1. 掲載内容は2025年1月取材時のものです。