デジタル人材の育成
公開日:2024年11月20日
ビジネスアーキテクトはチームメンバーを取りまとめ、ソリューションの企画から設計、開発、リリース、普及・拡大、収益化までを統括する、ビジネスの司令塔ともいうべき存在です。株式会社NTTデータでこの役割を担っている大川さんに、キャリア形成の道のりや仕事で問われるスキル、心得などについてうかがいました。
大学で情報科学を学んだことに加え、学生時代にITベンチャーでプログラマーとして働いた経験もあったことから、就職活動ではITを軸に据えました。NTTデータに入社したのは、社会インフラを支える代表的なSIer(システムインテグレーター)であると思ったからです。その中でも、規模が大きく可用性の高さが問われる金融システムの事業を志願し、2003年の入社以来、一貫してJAバンク事業やそこから派生した食農ビジネス推進事業に携わってきました。
若手時代の10年と、その後のリーダーになってからの10年で内容が大きく異なります。最初の10年は顧客(JAやその関連団体)の勘定系システムや基幹システムの開発案件でプロジェクトマネジメントやプロジェクト推進、新規システム企画などに取り組みました。顧客団体へ出向していた時期もあり、ユーザーの視点も養うことができました。
自分自身、SEとして技術を突き詰める方向ではなく、主体的にプロジェクトを動かせる人になりたいと思っていました。そうした志向や素質を鑑みてなのか、上司からも持ち場でリーダーシップを発揮して課題を達成したり、状況を改善したりすることを求められました。時にはチームを代表して謝罪の矢面に立たねばならないこともありましたが、そうした経験も成長の糧。自分の責任で仕事をまっとうするうえでの基礎的な力を、この10年で体得できたと感じています。
社内外の100名ほどのメンバーが参加する大規模システム開発に、プロジェクトマネージャーとして4年ほど携わりました。顧客との信頼関係の構築に尽力したほか、ちょうど働き方改革が叫ばれた時期でもあったことから、メンバーの労働時間の適正化や多様な働き方の意識の醸成などにも注力。ミッションを確実に達成するため、現場のモチベーションをいかに高め、維持するかに重点を置きました。
それまでの仕事は、自分ががんばってハードルを乗り越えれば何とかなりましたが、大規模プロジェクトではメンバー全員が自らの役割を果たさなければ成果に結びつきません。その難しさを痛感し、プロジェクトの目標をグループや担当者のレベルに落とし込んで、一つひとつ指示しなくても自律的に物事が動く“仕組み”をつくることが大切だと学びました。
その後、新規のITサービスを自ら企画してリーダーとして開発、ローンチ、普及までを手掛けるプロダクトオーナーのような活動を2年ほど行いました。具体的には、食にまつわる領域の生産、資材、流通、消費といった一連のバリューチェーンをデジタルでつなぐ「食農バリューチェーン構想」を立案し、ビジネス化を図るというものです。
2019年には、食農バリューチェーンを拡大して「食農ビジネス構想」として再定義し、事業領域として食農ビジネスの確立を模索。2024年7月から食農ビジネス推進部とJAバンク事業部を兼務する形で現在のポジションに就き、さらなる事業拡大を図っているところです。
食農ビジネス構想を立ち上げたところからだと思います。当社では、ビジネスアーキテクトに該当する職種をデジタルビジネスマネージャーと呼んでいます。プロジェクトマネージャーがシステムやサービスなどの開発を与えられた要件下で管理し、プロダクトオーナーが開発するプロダクトに目線が向いているのに対して、デジタルビジネスマネージャーはさらに広い視野が求められます。
誰に、どんな価値を、どうつくり出して、どう提供し、どれくらいの収益を目指すか、そのすべてをゼロから考えるのです。顧客の先にいるエンドユーザーや長期的な事業継続性なども鑑みながら、構想から具体化、普及までを一気通貫で指揮し、ビジネス価値を創造していくのがデジタルビジネスマネージャーであり、ビジネスアーキテクトではないかと思っています。
当社では、栽培管理、資材受注、出荷予測などのシステムを通じてJAさんや生産者の方々の営農を支援するプラットフォーム「あい作」を開発し、2017年から全国的に普及・展開を図ってきました。現在は、営農領域に限らず、価値提供する先は地域生活者・地域社会だととらえ、企業の事業活動や、地域生活を下支えする領域までカバーする形へ拡大を図っています。
JAさんはもちろん、そうしたエンドユーザーの満足度も一体的に高めることで、地域経済圏の活性化や新たな地域コミュニティの創造、ひいては地域創生につなげることを掲げています。「あい作」をベースとして、他のさまざまなソリューションも連携させながら地域のみなさんと価値を共創する——そんなプロジェクトへと発展させています。
「あい作」を利用してくださっているJAさんや生産者さんからは、「便利で使いやすい」「作業が楽になった」「運用に慣れるまで伴走してくれてありがたい」といった声をいただいています。自分たちがつくったシステムやサービスが多くの方に使われ、事業や生活が変わっていくのを目の当たりにすると、やはり手応えを感じます。自分が構想しなければ、それは世の中に生まれなかったわけです。少しおおげさかもしれませんが、世の中を変えているという実感が得られます。
これは、でき上がったソリューションを提供するという一方通行の動きではなく、ユーザーと一緒になって課題を解決しているからこその成果といえるでしょう。お客さんやその先のエンドユーザーも見据えて、対話を重ねながら価値をつくっていくことが大切ですし、だからこそビジネスとしても継続できるわけです。この視点はデジタルビジネスマネージャーならではのものかもしれませんが、率直にいえばITに関わるすべてのエンジニアはこの視点を持つべきだと考えています。
言われたものをただつくるだけでは、それが本当に価値につながるかわかりません。「まだ世の中にないものをつくろう」「課題解決に役立つものにしよう」と考え、ではそのために自分は何ができるのかを真剣に模索し、プロジェクトに関わっていくことが望まれます。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)というデジタルを活用した“革新”を担う一員であるならば、この視点は不可欠であると思います。
一般的にはSEやソフトウェアエンジニアなど何らかの軸をベースとして持ったうえで、その領域を拡大・高度化していくことになると思います。
一気通貫のリーダーとして成長を目指すのであれば、スモールビジネスに参加することは一案かもしれません。大規模ビジネスも学ぶものが多いのですが、スケールが大きいゆえに人数が多くPDCAサイクルも長いので、一通りの経験をし、責任ある役割に立てるまでには時間がかかります。キャリアの中で培ったSEやビジネスパーソンとしてのスキルをリーダーの立場で実践の中で発揮し、さらに高めたいのであれば、どこかのタイミングでスモールビジネスに飛び込んでみるのも面白いと思います。
一方で、リーダーシップはリーダーだけのものではないことも、よくよく留意してください。一担当者であっても自分の責任の範囲でリーダーシップを発揮することは大いに可能ですし、いまはそれが求められる時代です。主体的に仕事に挑むことでスキルが培われ、個人の成長にもつながります。どんな立場であってもリーダーシップを発揮することを意識して、目の前の課題を自分ごととして取り組んでほしいですね。
技術的な知識やスキルだけでなく、「自ら考える」「課題をやり抜く」「いろいろな人と連携する」といったマインド(考え方)も大切にしてほしいです。
現代は不確実性が増し、何が正解かわかりません。競合の環境や市場の動向が絶え間なく変わる中で、時にはようやく仕上げたサービスのコンセプトをガラッと変えなければならなかったり、ビジネスモデルを抜本的に見直さなければならない状況に陥ることもあります。しかも、まったく予期しないタイミングでそういった事態に見舞われるのです。
どのような状況にあっても、ビジネスを継続する、あるいは拡大・成長させていくには、自分で仮説を立て、それを検証し、軌道修正していく姿勢が問われます。思考力、行動力、コミュニケーション力、折衝力、決断力、リーダーシップといったマインドセットにテクニカルなスキルが上乗せされることで、初めてインパクトのある成果が得られます。
こうしたマインドを養うには、実務経験を積むことが何より重要です。先ほど述べたことにも重なりますが、自分ごととして仕事に取り組むこと、価値を生み出すために創意工夫を凝らすこと、逆境でも逃げずに役割をまっとうすることなどを心がけてほしいと思います。
人口減少や都市への一極集中などを背景に、日本の地域は過疎化や雇用の縮小、経済の地盤沈下にあえいでいます。デジタル化も進んでいるとはいいがたく、DXを推進したくても人材が足りない、どうしたらいいかわからないと訴える声を聞きます。
日本の食や地域の暮らしを支える担い手であるJAさんやその関連団体をサポートすることは、結果としてその状況を改善するきっかけになるはずです。残すべき地域の魅力は残し、変えたほうがよいところは変え、新たなコミュニティを創造して地域の未来と可能性を切り開いていく——。みなさんと一緒に汗をかきながら、ITでその後押しをしていきたいと思っています。
おおかわ ひでとし
大川 英敏
プロフィール
株式会社NTTデータ
第二金融事業本部 食農ビジネス推進部 推進部長
兼 JAバンク事業部 JAシステム営業 部長
経歴
1978年生まれ。東京工業大学理学部情報科学科卒。2003年、NTTデータ入社。金融機関系システムの開発担当者やプロジェクトマネージャーなどを経て、2019年7月より現職(食農ビジネス)。営農支援プラットフォーム「あい作」など、食農ビジネスの普及・拡大に取り組んでいる。