デジタル人材の育成
公開日:2026年6月29日
蒔絵の歴史は千年を超える。そのあいだ蒔絵師たちは、途方もない時間をかけて技を磨き、ミクロンの世界に美を刻んできた。
蒔絵は、漆の接着力を利用した装飾技法である。漆で文様を書き、書いた部分が硬化する前に金や銀などの金属粉(蒔絵粉)を蒔きつけて絵を表す。蒔絵には、多くの表現技法が存在し、それらの中で最初に登場したのが研ぎ出し蒔絵である。研ぎ出し蒔絵は、蒔絵粉を蒔いた後、全体に漆を塗りこみ、その漆が硬化してから、全体を研ぎ炭で文様が現れるまで研ぎ、磨き仕上げる技法である。その本質は完成品の表面にだけあるのではなく、研ぎ出される前、漆の下に隠された層をどう組み立てるか、その設計にこそ核心がある。
しかし、その知は長く個人の経験の内側にとどまり、どのようにその精緻な層構造を設計していたのかは、記録されてこなかった。そこで本プロジェクトでは、蒔絵師の頭の中にしか存在しなかった設計図を外部化するツールとして、OSSペイントツール向けのプラグインを開発する。本プラグインにより、研ぎ出し蒔絵の設計の不可視性を外部化し、研ぎ出し蒔絵の工程を記述可能、検証可能、蓄積可能な対象へ変えることを目指す。本プロジェクトによって、従来は材料と時間を大きく消費しなければ行えなかった蒔絵の試行錯誤を設計段階へ前倒しし、超絶技巧の再現と新しい蒔絵表現の探究を支える基盤を実現する。
蒔絵の歴史は千年を超え、その永い時間のなかで蒔絵師たちはミクロン(micron)の世界に美を刻みつづけてきた。ことに研ぎ出し蒔絵(研ぎ出し/togidashi)においては、完成した表面に立ち現れる文様の美しさよりも、研ぎ出される前——漆の下層に隠された、いまだ目に触れることのない設計のほうにこそ核心がある。蒔き、塗り、硬化させ、研ぎ炭で削り出すというこの長い工程の根は、時間と物質が重ねあう不可視の地層にあるのだが、金粉や銀粉の粒度、漆膜の厚みと硬化の度合い、研ぎ炭が削りとる層の深さといった、いずれもミクロンの単位でしか語りえない物質のふるまいが、その地層をかたちづくっている。その精緻な層構造をどう組み立てるかという知は、長く個々の蒔絵師の身体と経験の内側にとどまり、外部に記述されてはこなかった。属人的な暗黙知と、公開され検証される記述という両者のあわいに、蒔絵という技藝は千年のあいだ揺れていたとも言える。
本提案は、OSSペイントツールKritaのプラグインとして、その不可視の設計図を計算機の側へ物化しようとする試みである。研ぎ出し蒔絵の工程を記述可能で、検証可能で、蓄積可能な対象へと組み替え、従来は材料と時間を惜しまず投じてようやく辿りつけた試行錯誤を設計の段階へと前倒しする——この構造の組み替えは、超絶技巧の再現と、これまでにない蒔絵表現の探究を同時に支える基盤となりうる。OSSとして公開されることで、職人たちが世代と地域を越えて互いの設計を読み合い、書き換え合うことのできる場が立ち上がる可能性もまた、本提案の射程に含まれている。さらに、計算によって可視化された設計図は、徒弟が師の手の時間を縮めて学ぶための装置ではなく、人ひとりの生涯では到達しえなかった深さの次元へ学習そのものを拡張するための装置となりうる。蒔絵(蒔絵/makie)の継承と更新を、職人個人の生涯のなかに閉じる伝統から、集合知として開かれる伝統へと書き換える、その手前まで本提案は届いている。
提案者の覚悟の質もまた印象深い。京都調理師専門学校から京料理店へ、さらに北見の寿司割烹店で生計を立てながら独学で漆芸を四年続け、明治蒔絵を超えるという射程を引き受けるに至った道筋は、職業としての工芸ではなく、生き方としての工芸を選びとった軌跡そのものであり、その人生の選び方には素直に敬意を抱かされる。柴田是真や白山松哉に代表される明治蒔絵は近代漆芸の一つの到達点であり、その水準を超えるという宣言を、独学の四年から立ち上げ、計算機との出会いによって押し進めようとする態度には、伝統工芸の歴史軸と現代の計算が交わる地点を引き受ける誠実さがある。2025年新雪プログラム「乾漆電脳唐草蒔絵置物」での生成AIと唐草文様の接続は、その射程が単なる関心ではなくライフワークとして既に走り出していることの証左でもある。蒔絵という技藝は彼にとってライフワークそのものであり、その射程は道具・表現・伝統工芸の集合知化にまで及んでいる。ミクロンの世界の美と計算機が交わるそのきわめて狭く深い地点に、彼の固有の場所がある。
以上の理由から、本提案を採択とした。
2026年6月29日
2026年度採択プロジェクト概要(松本PJ)を掲載しました。