デジタル人材の育成

未踏IT人材発掘・育成事業:2026年度採択プロジェクト概要(菊田PJ)

公開日:2026年6月29日

1.担当プロジェクトマネージャー

  • 落合 陽一(メディアアーティスト/筑波大学 図書館情報メディア系 教授・デジタルネイチャー開発研究センター長/東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 複雑システム講座 デジタルネイチャー分野 准教授)

2.採択者氏名

  • 菊田 有祐(慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科)

3.採択金額

  • 3,024,000円

4.プロジェクト名

  • 粗密勾配ニットのためのCADソフトウェアの開発

5.関連Webサイト

  • なし

6.申請プロジェクト概要

本プロジェクトは、従来の横編機が前提としてきた固定ゲージの制約を超え、ループ密度が連続的に変化するニットを一体成形可能とするためのCADソフトウェアを開発する。
既存機では、針抜きや度目調整によって見かけ上の密度変化を与えることはできても、針間隔そのものを局所的かつ連続的に変化させることはできず、使用糸量や剛性、伸縮性といった特性を精密に勾配設計することは難しかった。また、従来の編み図や設計ツールは固定的な格子を前提としているため、可変ゲージを前提とした設計情報をそのまま扱うことができない。
そこで本プロジェクトでは、針を1本単位でモジュール化し、スペーサーによって針間隔を可変にできる新しい横編機を開発するとともに、可変セルを表現可能な曲線マトリックス編み図に基づく設計機能と、3Dシミュレーションによるテンション予測・補正機能を統合したCADを構築する。可変針間隔と編成指示を同一の設計空間で扱うことで、形状と機能の対応を保ったまま設計できる点を特徴とする。さらに、外部データやプロシージャル生成を取り込める設計環境とすることで、従来の編み図では扱いにくかった複雑な勾配構造や、局所的に異なる機能をもつ編地構造も記述可能にする。
3Dシミュレーションでは、糸の動きや張力変化を予測する。併せて、計算コストや予測精度に大きく影響するパラメータおよびアルゴリズム上の選択肢を、設計段階で把握・評価できるようにする。さらに、物理モデルの忠実度と計算コストのトレードオフを設計者が最適化できるようにする。これにより、シミュレーション結果に基づいて、実機制御に必要な張力補正量も算出可能とする。
これらの機能により、編み図設計から試作に至る過程で生じる多様な編成状態と、従来は経験則に依存してきたテンション管理との乖離を縮小し、試作時の手戻り軽減を図る。その結果、可変ゲージ編成に必要な設計、編成指示生成、挙動予測、補正を一連の流れとして扱えるソフトウェアを実現する。

7.採択理由

横編機(よこあみき/weft knitting machine)は、産業革命以来一貫して固定ゲージという前提のうえに編まれてきた。針は等間隔に並び、編み図は格子のうえに記述され、針抜きや度目調整によって見かけ上の密度を揺らすことはできても、針間隔そのものを連続的に変えることはできなかった。固定ゲージとは単なる機械的制約ではなく、編機の規格化によって衣服の量産と寸法体系を成立させた近代産業そのものの前提であり、その均質な格子のうえに二十世紀のテキスタイル文化が積層してきた。素材量・剛性・伸縮性を一枚の布のなかで精密に勾配設計するという発想は、機械の前提によって長らく封じられてきたのである。設計と試作のあいだには、糸という不確定な物理を編み図の段階で扱えないという分断が残り、計算と物質の境界はそこで途切れていた。
本提案は、この百年以上にわたる固定的格子の支配を、針を1本単位でモジュール化しスペーサーで間隔を可変化する横編機プロトタイプ、可変セルを扱う曲線マトリクス編み図、ChronoとCUDAによる糸の動きと張力の3Dシミュレーション——設計、編成指示、挙動予測、補正までを一つの流れとして扱うCAD(粗密勾配ニット/variable-gauge knit)として解体しようとしている。機械工学・計算科学・テキスタイル設計が一つに溶けていく地点で、固定的格子と連続的勾配のあわいに新しい設計言語を立ち上げる構想であり、素材の物性そのものを編み図のうえで勾配として記述しうる未来、すなわち素材設計の民主化を視野に収めている。一枚の布が身体の部位ごとに剛性と伸縮を勾配的に変えうるとき、衣服は受動的な被覆から能動的な界面へと物化し、医療用サポート・スポーツウェア・モビリティ用ファブリックといった身体と環境のあわいに広がる応用射程が開かれる。それは編み図という記述言語そのものの拡張であり、テキスタイルを計算的に記述するための語彙が一段深く更新されることを意味する。
提案者は慶應義塾大学の学部時代からニットを研究し続け、2024年に株式会社Peter Chrysanthemumを自ら設立して代表取締役に就任、2025年5月にはTMI総合法律事務所を通じて横編機の構造そのものに関する特許を個人名義で出願し、ISCAをはじめとする国際会議で受賞を重ねてきた。通常はソフトウェア・ハードウェア・知財・事業のいずれかに分業されるべき領域を、CADと編機プロトタイプと特許と会社経営として一人の手に握り直している点は、研究者としてもきわめて稀である。当事者性、技術、知財、事業が一本の線で貫かれている稀有な提案者である。糸と針と身体と機械のあいだに新しい物質的言語を編み上げようとする試みは、彼にとってまさにライフワークそのものであり、その射程の長さと覚悟の深さに強く惹かれた。
以上の理由から、本提案を採択とした。

更新履歴

  • 2026年6月29日

    2026年度採択プロジェクト概要(菊田PJ)を掲載しました。