社会・産業のデジタル変革

処方箋3【コストへのバイアス】OSS活用は「コスト削減」以上の投資戦略です ~TCO、BCP、サプライチェーン管理~

OSSに対する誤解を解く5つの処方箋

「タダで済ませる」の発想からの脱却

経営会議や予算申請の場で、「OSSを使えばライセンス料が浮くからコスト削減になる」と説明していませんか? あるいは逆に、「無料のソフトを使って、サポートはどうするんだ。安物買いの銭失いになるぞ」と反対されたことはないでしょうか?
どちらの意見も、OSSの一面しか見ていません。OSS活用は、単なる経費削減の手段ではなく、企業の競争力を高め、イノベーションを加速させ、事業継続性を担保するための「攻めの投資戦略」です。

コスト構造の変化:事業経費(OpEx)から設備投資(CapEx)へ

OSS自体にはライセンス料がかかりません。しかし、企業で利用するには検証、導入、設定、セキュリティ対策といったコストがかかります。「OSSはライセンス料がゼロでも、総所有コスト(TCO)はゼロではない」というのは常識です。
重要なのは「コストの総額」よりも「コストの性質」の変化です。

  • 商用ソフト:ライセンス料は「OpEx」として、使い続ける限り永遠に発生します。ユーザー数が増えればコストも比例して増大し、ビジネスのスケールに伴う「税金」のように重くのしかかります。また、このコストはベンダーに流れ、自社には資産として残りません。

  • OSS:ライセンス料がゼロである代わり、「CapEx」として、実装やカスタマイズするための人材コストや労務管理費といった資本的支出がかかります。しかし、ここで投資した技術ノウハウやコードは「自社の資産」として残ります。ビジネスがスケールしても、ソフトウェアの複製コストはゼロに近いため、利益率が向上しやすい構造になります。

つまりOSS活用とは、外部ベンダーへの依存を減らし、その分を自社のエンジニアリング能力への投資に振り替える経営判断なのです。

BCP(事業継続計画)としてのOSS:ベンダーロックインからの解放

商用ソフトウェアには、「ベンダーロックイン」という致命的なリスクがあります。
ある日突然、ベンダーが倒産したり、製品のサポートを終了(EOL)したり、ライセンス料を数倍に値上げしたりしたらどうなるでしょうか? ソースコードを持たないユーザー企業は、言いなりになるか、莫大なコストをかけて移行するしかありません。
一方、OSSはソースコードが手元にあります。

  • 永続性:開発コミュニティが解散しても、自社でフォーク(分岐)してメンテナンスを続けることができます。

  • 自律性:バグがあってもベンダーの修正を待つ必要がなく、自社で直せます。

  • 代替性:特定のベンダーに依存せず、そのOSSに詳しい別のベンダーにサポートを切り替えることも可能です。

「自分たちでコントロールできる」という状態こそが、不確実な時代のBCPにおいて最も強力な武器となります。

サプライチェーン管理と調達のポイント

自社開発だけでなく、外部ベンダー(サプライヤー)からソフトウェアを調達する場合も、OSS管理は重要です。納品物に不適切なOSSが含まれていれば、混入した脆弱性によるセキュリティ事故や、それを製品・サービスとして顧客に提供した場合のライセンス違反による損害賠償請求など、社会的信用に関わるリスクを負うことになります。
サプライヤーからの入手に関して以下の管理が推奨されます。

入手前の取り決め(契約・仕様)

  • OSS利用の基本方針:「ソースコード提供義務のないものは可、提供義務があるものは事前相談」など、利用可能なライセンス基準を明確にします。

  • OSSリストの提出:納品物に含まれる全てのOSSの名称、バージョン、ライセンスを記載したリスト(またはSBOM)の提出を義務付けます。

  • 脆弱性対応:納品時点で許容可能な基準をクリアしていることを要件とします。

入手後の検証

  • 提出されたOSSリストと、実際のコードをスキャンツール等で照合し、申告漏れがないか確認します。
  • ライセンス違反や未修正の脆弱性が見つかった場合、受入を拒否し、是正を求めるプロセスを確立します。

商用ライセンスが必要なケースの理解

「OSS=いつでも誰でもタダ」という誤解にも注意が必要です。一部のOSSは、商用ライセンスの購入を検討した方がいい場合があります。

  • デュアルライセンス:GPL(無料だがソースコード提供義務あり)と商用ライセンス(有料だが提供義務なし)を併用しているモデル(例:Qt, MySQL等)。製品に組み込み、ソースコードを隠したい場合は購入が必要です。

  • エンタープライズ機能(機能制限版):基本機能は無料で利用できますが、企業向けの高度な機能は有償となるケース。具体的には、多数のユーザーを一括管理する機能や、高度なセキュリティ対策(SSOや監査ログ)、SLA(品質保証)付きの24時間サポートなどが該当します。

これらを事前に調査せず導入すると、後から想定外の予算が必要になる可能性があります。

結論:競争領域にリソースを集中せよ

データベースやWebフレームワークといった「コモディティ領域」を自社で一から作ることは、車輪の再発明になりかねません。優れたOSSを活用し、浮いたリソースを顧客に独自の価値を提供する「競争領域」の開発に集中させる考え方が広がっています。OSSを使うことは、手を抜いているのではなく、勝つための場所に戦力を集中させるための戦略的投資なのです。

経営企画・財務担当のための要点メモ

  • 「賃貸」から「持ち家」への転換:商用ソフトはライセンス料を払い続ける「賃貸(OpEx)」ですが、OSSはエンジニアリソースを投じて自社の技術資産にする「持ち家(CapEx)」に近い性質を持ちます。それぞれにメリットとデメリットがあるので、コストの性質の違いを踏まえてどちらを使うかを判断しましょう。

  • BCP(事業継続性)の切り札:ベンダーの倒産やサービス終了、一方的な値上げといったリスクに対して、ソースコード(設計図)が手元にあるOSSは選択肢の一つとなり得ます。OSS活用は、特定企業への依存度を下げる手段として検討する価値があるでしょう。

  • サプライチェーン管理:外部にシステム開発を発注する場合も、「納品物にどんなOSSが含まれているか」をリスト化(SBOM等)して提出させ、中身を「ブラックボックス」にしないことが、リスク管理の大前提です。