社会・産業のデジタル変革

4. 世界の政策事例—行政機関主導の取り組みと制度整備

2024年度オープンソース推進レポート

本章では諸外国の事例を取り上げ、行政機関や政府がどのようにOSSを政策やプロジェクトに戦略として取り込んでいるかを紹介する。

4.1 デジタル主権の確保

EU・欧州委員会「Europe's Digital Decade: Digital targets for 2030」(2021年3月9日発表)

EUでは、地域全体のデジタル主権を強化するために「Europe's Digital Decade: Digital targets for 2030」を掲げ、データや技術の自律的管理とともに、OSSの活用を重要な方針として位置づけている。欧州委員会は、OSSに関するガイドラインや共同研究への投資を行いながら、デジタル市場の公正な競争を確保するための法整備を進めている。これにより、EU域内の企業や組織がOSSを通じてイノベーションを創出できる環境を整えているのが特徴である。特に、行政サービスや公共インフラにおけるオープンソースの導入を促すことで、セキュリティ面の強化やコスト効率の向上も期待されている。
[European Commission, 日付不明]

フランス「Plan d’action logiciels libres et communs numériques(オープンソースソフトウェアとデジタルコモンズ行動計画)」(2021年公表)

フランス政府では、公共調達や行政サービスにおいてフリーソフトウェア(FLOSS)を優先活用する方針を示し、行政全体へのOSSの導入を積極的に進めている。2021年に公表されたこの行動計画では、官民・研究機関・コミュニティが連携して“デジタルコモンズ”を創出する施策が打ち出された。政府が主導してOSSの普及や協働開発を推進し、公共財としてのデジタル資源の拡充を図っている。
[Direction Interministérielle du Numérique (DINUM), 日付不明]

4.2 政府の透明性

ドイツ「Mehr Fortschritt wagen – Bündnis für Freiheit, Gerechtigkeit und Nachhaltigkeit(SPD, BÜNDNIS 90/DIE GRÜNEN, FDPによる連立協定 2021–2025)」(2021年11月24日発表)

ドイツ連立政権ではデジタル化を横断的テーマとして位置づけ、政府発注のソフトウェアを原則オープンソース化することで公共分野の透明性や効率性を高め、技術革新や民間企業との連携を強化するといった具体的指針が盛り込まれている。これにより、行政サービスのデジタル転換を迅速化するとともに、社会全体のイノベーションを後押しする役割が期待される。
また、気候変動対策や社会保障の政策分野でもデジタル技術を積極活用し、官民の協力を通じた社会全体のイノベーションを図ることとしている。
[Bundesregierung, 日付不明]

スイス「EMBAG(連邦法:Bundesgesetz über die Verwendung elektronischer Mittel zur Erfüllung von Behördenaufgaben)」(2022年1月1日施行)

スイスでは、行政サービスの電子化を推進するために制定された「EMBAG(公的機関の職務遂行のための電子的手段の使用に関する連邦法)」が、2020年6月19日に連邦議会で可決された。
この法律は、デジタル技術を用いて公的業務の効率化と透明性を高めることを目的としており、OSSの活用が重視されている。さらにEMBAGの下では、行政機関が開発したソフトウェアのソースコードをオープン化し、公共・民間が協力して機能拡張や改良を行えるようにする方針が示されている。こうした取り組みによって、コスト削減や技術的柔軟性の向上はもちろん、社会全体に対して透明性とセキュリティを強化したイノベーション環境を提供する狙いがある。
[Fedlex, 日付不明]

米国「Federal Source Code Policy」(2016年8月8日発行)

米国連邦政府が2016年8月に策定した「Federal Source Code Policy: Achieving Efficiency, Transparency, and Innovation through Reusable and Open Source Software(OMB Memorandum M-16-21)」では、公共資金で開発されたソフトウェアの一部をオープンソースとして公開することが義務付けられた。これにより、国民や開発コミュニティが開発プロセスに参加しやすい環境が整備され、政府のIT支出の効率化やイノベーション促進にも寄与している。
この政策の背景としては、行政システムにかかるコスト削減や国民との協働によるサービス向上が挙げられる。連邦政府各機関は、作成したカスタムソフトウェアコードを一定割合オープンソース化する義務を負い、個別のポータルサイトやGitHubなどを通じて公開しているケースも増えている。こうした取り組みにより、最新の技術活用やセキュリティ向上、透明性の確保が進んでおり、行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)を後押しする一助となっている。
[U.S. General Services Administration, 日付不明]

4.3 デジタル公共財とデジタル公共インフラ

インド「Digital India」(2015年7月1日開始)と「GovTech 3.0」(2021年頃より議論)

インド政府は、2015年7月1日に始動した「Digital India」プログラムを通じて、国家規模でのデジタル公共財を整備し、電子行政プラットフォームを広範に整備している。これにより、オンラインでの行政手続きやサービスが充実し、国民の利便性向上や産業の競争力強化につながっている。「Digital India」の主な取り組みとして、電子行政サービス(e-Governance)の普及、インターネット普及やデジタルIDといったデジタルインフラの構築、国民へのIT教育やスキル開発支援がある。
また、近年では「GovTech 3.0」という概念が公的な場や政策提言の中で言及されるようになっている。「GovTech 3.0」は、インド政府や政策シンクタンク、IT業界関係者の間で提唱されている概念で、デジタル公共財(Digital Public Goods)を柱とした“プラットフォーム型”の電子政府をさらに進化させる狙いがある。具体的には、OSSの積極利用、官民連携の強化、データ駆動型政策が含まれる。
こうした施策を背景に、インドではAadhaar(生体認証による個人識別システム)やUnified Payments Interface(UPI)など世界有数のデジタル基盤が整備され、OSSと組み合わせる形で大規模な社会インフラを構築している。これにより、行政手続きのオンライン化や新規サービスの迅速な立ち上げ、そして民間企業のイノベーションへの活用といった相乗効果が生まれている。
[Government of India, 日付不明]

エストニア「X-Road」(2001年運用開始)

X-Roadはエストニア国内のさまざまなデータベースやサービスを安全に連携させるためのプラットフォームで、住民や企業、行政機関がオンラインで各種手続きを効率的に行えるよう設計されている。2001年の運用開始以来、エストニアのデジタル社会を支える重要なインフラとなっている。X-RoadはOSSとして公開されており、コードやドキュメントが誰でも参照可能である。
運用開始当初は国内向けシステムとして機能していたが、その後OSS化を進めることで、海外の政府や企業も同様のフレームワークを活用できるようになった。現在では、エストニアのデジタル行政を象徴する取り組みとして評価されており、多くの国が参考モデルとして注目している。
[Estonian Business and Innovation Agency, 日付不明]

4.4 SDGsの達成

国連「Global Digital Compact」(2021年9月発表「Our Common Agenda」内で提起、2024年9月22日「未来サミット(Summit of the Future)」で合意)

この構想は、世界各国や多様なステークホルダー(政府、民間、技術コミュニティ、市民社会など)が連携し、オープンかつ安全で包摂的なデジタル空間を形成するための原則や取り組みを共有することを目的としている。OSSの普及や利用推進も、その中心的な課題の一つとして明確に打ち出されており、技術的・社会的な課題の解決とイノベーションの両立を図ろうとしている。
OSSの持つ透明性や拡張性、協働開発のメリットを活かし、持続可能で包括的なデジタル社会を実現しようという議論が継続的に行われているところである。
[Office for Digital and Emerging Technologies, 日付不明]

4.5 日本国内のオープンソース推進の機運の高まり

国内でも行政や産業界を中心に、スマートシティやモダナイゼーションといった形でオープンソースに取り組もうとする動きが増えつつある。
内閣府の「スマートシティ・リファレンスアーキテクチャ第3版」 [内閣府, 2025]では、都市OSにオープンソースを導入することで得られる利点や、地域で開発した成果をオープンソースとして提供する際のポイント、ライセンス管理・コンプライアンスに関する考え方について触れられている。
IPAのソフトウェアモダナイゼーション委員会報告書「ソフトウェアのネクストステージに向けて」 [IPA ソフトウェアモダナイゼーション委員会, 2025]では、アジリティを高める観点からソフトウェア開発の「組み立て産業化」の重要性に触れており、OSSの積極的な活用を提唱している。

これらの事例から見えてくるのは、各国が政策や法律面でオープンソースを基盤に据え、行政サービスの改善やデジタル主権の確立、公共財としてのデジタル技術の活用を進めているという点である。日本は諸外国の先行事例を参考にしながら、行政機関や産業界が一体となってオープンソースを推進する仕組みづくりを検討していくことが求められる。
そこで次章では、こうした海外事例から得られる知見を踏まえつつ、日本が具体的に取り組むべきオープンソース推進策を提案する。 さらに、政策や公共調達、産業界の動きなど、国内固有の状況に合わせたアプローチもあわせて検討し、日本のデジタル競争力向上やエコシステム強化につなげたい。