社会・産業のデジタル変革

1.ブロックチェーンによる自己主権型アイデンティティの実現 中央集権型のデータ管理による問題

執筆:安田 央奈 2021年3月31日

デジタルビジネスを推進する上で、データ分析を活用した業務改善や新しいサービスの実現が必要不可欠となっている。こうした中、顧客行動へのより深い洞察を実現するために、企業間でデータを流通させる仕組みの重要性が高まっている。一方、各国は情報漏洩などの問題に対し規制を強めており従来型の中央集権的な個人情報管理に代わる新たな仕組みへの模索がされている。
本レポートでは、中央集権型の個人情報管理の課題を解決する手法として、ブロックチェーンを活用した自己主権型アイデンティティに注目し、萌芽的事例などを通じて、個人起点の新しい個人情報管理の仕組みがデータ流通促進などに寄与することを示す。

1. 中央集権型のデータ管理による問題

データ分析はデジタル市場で高い競争優位性を獲得するための有効な手段の一つである。しかし、分析から価値創出を実現するために必要なデータを自社だけで賄えるとは限らない。データの価値を活かし価値創出を最大化するためには、必要なデータを所有者から活用企業へ適切に流通させるデータ流通プラットフォームの構築・運用が鍵となる。
様々な企業が参加し、様々なサービスが展開されていくデータ流通プラットフォームには、データ所有者の提供意思を反映できる機能が必要とされていくと考えられる。

顧客データの分析をより広範囲に活用している企業は、利益や売上高、投資利益率などの主要な業績指標の面で競合他社より優位となる可能性が飛躍的に高まるとマッキンゼーのレポートは分析している(脚注1)。広範囲に活用している企業とそうでない企業を比べると、競争優位に立てる可能性は倍近い開きがある。例えば町のスーパーマーケットにとって、食料品を2時間で配達し且つ顧客の嗜好をよく把握しているAmazon Primeはデジタル市場から食品市場に進出してきた競合だ。この巨大な競合相手に町のスーパーもデジタル変革とデータ分析で対抗する。米国とカナダのスーパーマーケット約40,000店舗が提携しているInstacart社は、Instacartアプリから商品を購入したユーザに最短1時間で届ける買い物代行サービスを提供している(脚注2)。Instacartアプリにおける顧客の購買行動や嗜好に関するデータから得られた洞察はInstacart社からパートナー店舗へフィードバックされ(脚注3)、店舗の今後の需要に応じた商品展開や効率の良いシフト構成等の顧客・従業員双方の満足へと繋がっていく。
データ分析による価値が社会へ還元されていくようにするにはデータ流通の仕組みが欠かせない。スーパーにとってAmazon Primeが脅威でInstacartがビジネスパートナーとなり得るのは、顧客データを囲い込んで独占しているかいないかの違いが大きい。しかし、データの囲い込みには競争優位性の確保の他に、サイバー攻撃からの保護やプライバシーの保護、改ざん等の不適切な編集が加えられないようにデータの信頼性を保つという側面があり、データを流通させるにはこの課題の解消が求められる。
課題の解消方法として、データの本来の所有者である個人をデータ流通の起点とする「個人を起点としたデータ流通」が有効である。経済産業省の産業構造審議会でもデータ流通の戦略における個人起点の意義を以下のように述べている。

<意義>

個人を起点としたデータ流通の実現により、一部事業者のデータ寡占によるロックイン効果を打破するとともに、個人のプライバシーへの懸念を解消することができる。併せて、個人が自己の意思によりデータを取得できる仕組み(データポータビリティ)を構築することで、ディープデータの利活用を促進し、個人に集約されたデータを第三者も含め共有することにより更なる利活用の促進を図ることができる。
事業者間でもデータ権限の明確化によりデータ共有・取引が進むことにより、一部事業者のデータ寡占による競争優位に相対的に対抗可能となる。

  • 出典:産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会 分散戦略WG中間とりまとめ

個人に限らず、巨大企業側にデータを管理される弱い立場であったものが本来のデータ主権を取り戻すことでデータ流通に納得感を持って参加できるようになり、データ流通の促進が期待できる。
個人起点を取り入れたデータ流通プラットフォームを構築する技術の一つとして、データが分散状態にあってもその信頼性を維持できるブロックチェーンの活用が検討されている。EUを筆頭にしたアイデンティティ情報の流通プラットフォームにおいてブロックチェーンの導入事例が進んでおり、個人が自身の属性や資格等を証明するアイデンティティ情報を自身で所持しながら、開示する相手や開示する情報の範囲を任意で管理できる自己主権型アイデンティティが公的な電子身分証明システムとして検討されはじめている。

  1. (脚注1)
  2. (脚注2)
  3. (脚注3)

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