社会・産業のデジタル変革
2024年度オープンソース推進レポート
近年の商用ソフトウェアは、そのコードの平均70%以上がオープンソースソフトウェア(OSS)で構成されている [BLACK DUCK, 2025]といわれるほど、OSSが社会的にも技術的にも不可欠な存在になっている。しかし一方で、OSSプロジェクトへの貢献は、わずか5%の開発者が需要側の価値の95%以上を生み出している [Hoffmann, 2024]と言われており、少数のプレイヤーに偏っているのが現状である。プレイヤーの多くは大企業が抱えているとみられ、実質的にOSSエコシステムをコントロールする立場にある。大企業のビジネス戦略に沿ってOSSプロジェクトが進化することで、エコシステム全体の方向性が左右されるリスクが否めない。もしこれらの企業がプロジェクトから手を引く、あるいは開発リソースを大幅に削減するような事態が起きれば、該当するOSSに依存している他の企業や開発者は、代替手段の確保やプロジェクトのフォーク(分岐)などを迫られ、大きな損失を被る可能性がある。結果として、OSSの強みである「誰もが利用・貢献できる」という理念が形骸化し、エコシステム全体の健全な発展が妨げられる恐れがある。
日本国内では、クラウドサービスやデジタル関連技術の利用が進む一方、海外企業への支払い額が増加し、国際収支上の「デジタル赤字」が顕在化している。通信・コンピュータ・情報サービスや著作権使用料、経営コンサルティングの分野で対外支払いが増加しており、日本のデジタル競争力や技術の提供体制が不足していることを浮き彫りにしている。こうした状況は、技術的自立の面で他国に遅れを取っている現状の表れでもある。
技術的自立を確立するためにはソフトウェアエンジニアリングを変革する(ソフトウェアモダナイゼーション)必要がある。ソフトウェアモダナイゼーションに重要なのは適応性と俊敏性である。最新のAI・クラウド・IoTなどの技術を素早く取り入れることで、ビジネスの柔軟性やサービス提供のスピードを飛躍的に向上させることが可能になる。また、老朽化したシステム維持にかかるコストや無駄な開発工数を削減でき、将来的な成長戦略に投資するための余力を生み出す効果も期待できる。
具体的なモダナイゼーション対策の一例として挙げられるのが「組立産業化」である。ソフトウェアやプラットフォームを「ビルディングブロック」として組み合わせることで、短期間かつ低コストでのシステム開発や更新が可能となる。その中でも特にオープンソースの活用は、企業や組織が自前開発を最小限に抑え、世界的な知見や技術を取り込むうえで有効な手段である。
さらに、産業界が連携して共通基盤を構築し、技術の相互運用性を確保することも重要なポイントである。オープンソース技術を活用し、柔軟な連携体制を整えることで、国内外の企業が同じインフラや仕様をもとにサービスを開発し、エコシステム全体のイノベーション創出につなげることが期待される。こうした取り組みの積み重ねによって、最終的には日本の技術的自立を確立してロックインを回避し、「デジタル赤字」の解消に寄与する大きな力となるであろう。
ビルディングブロックとは、ブロックを積み上げていくようにモジュールやコンポーネントといった小さな「部品」を組み合わせてシステムを構築する方法論である。「部品」のひとつとしてオープンソースを活用することで自前の開発リソースを最小限に抑えながらシステムを柔軟に構築・拡張していくことが可能となる。
以下にオープンソースがもたらす主な役割と価値を挙げる。
OSSは世界中の開発者コミュニティが共同開発と改善を行うことにより、最新の技術を素早く取り入れられるメリットがある。OSSを使いこなすことで企業や組織は常に最先端のテクノロジーを活用しながら、競争力のあるサービスや製品を迅速に開発・提供できるようになる。
OSSはカスタマイズ性が高く、商用ソフトウェアにはない自由度を提供する。また、ソースコードがオープンであることでセキュリティリスクを早期に発見・修正でき、外部からの攻撃や不正利用に対して強固な体制を築くことが可能となる。
OSSはライセンス費用が不要な上、再利用や機能の共有によりゼロからの開発を減らし、投資余力をほかの成長領域へ振り向けることができる。
OSSプロジェクトは業界標準や国際規格に準拠し、システム間の相互運用性や拡張性を高めやすいという利点がある。これにより、産業界や行政機関が共通基盤を通じて連携がスムーズに行え、広範なエコシステムを形成しやすくなる。
このように、オープンソースは組織のデジタル化を支え、イノベーションと競争力を強化するために重要なビルディングブロックの一つとなり得る。
OSSは単に「無料で使えるソフトウェア」というだけではなく、多様な開発者やユーザーがコミュニティを通じて継続的に育て、改良を重ねることで価値を高める公共財である。デジタル技術であるがゆえに資源の枯渇の制約がなく、あらゆる領域へ広がり、使われれば使われるほど効果を発揮し、多くの人々に恩恵をもたらす。さらにOSSは国境を越えた共同開発が可能であるため、世界規模で共有されるグローバル公共財としての性格も強いと言える。
加えて、OSSは誰もが平等にアクセスできるという特性をもち、社会全体の包摂性と公平性を確保する上でも重要な役割を果たす。有償ソフトウェアや独自開発の技術では参入しづらい人々や地域に対しても、OSSの公開リソースやコミュニティが門戸を開くことで、デジタル化による格差を緩和し、幅広いイノベーションを誘発する可能性を秘めている。こうした特性は、社会全体のコスト削減や技術革新の加速につながり、結果的に誰もがデジタルの利便性を享受できる、より公平な社会の形成に寄与している。