デジタル人材の育成

学びのススメ vol.7

学び続けている実践者の方からお話を伺いました。
ご自身の組織や個人としての学びのご参考になれば幸いです。

吉岡弘隆 氏

経歴

1984年慶応義塾大学大学院理工学研究科修了。外資系ハードウェアベンダ(DEC)コンパイラ、データベース管理システムの開発。米国OracleでOracle8エンジン開発、2000年にミラクル・リナックスの創業に参加、取締役CTO。2009年、楽天株式会社、技術理事。社内にHacker Centric Cultureを根付かせることがミッション、開発コミュニティの推進、開発広報。2018年9月定年退職(満60歳)。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程に入学、データベース工学(特に不揮発性メモリ)の研究が専門、カーネル読書会、1000 speakers conference in English主宰。ビジネス・ブレークスルー大学経営学部ITソリューション学科 教授。

著書

Debug Hacks (共著)、
ネットを支えるオープンソースソフトウェアの進化(共著)

受賞歴

2018年OSS貢献者賞、日本OSS推進フォーラム、
2008年経済産業省商務情報政策局局長感謝状、
2008年楽天テクノロジーアワード2008金賞、
2002年未踏ソフトウェア創造事業

Q:吉岡さんのように学び続けたいと後輩等に言われたら、何が大切だと伝えますか。

「人生100年時代にどう学ぶのか」ということを再定義した方が良いと思います。ビジネスを成功させるということではなく、自分の人生をどれだけ豊かにするかという意味で、30代でも40代でも50代でも、大人になってもう一度学び直すことのリターンはとても大きいです。私の場合、定年が近づいてきた時に色々な選択肢を考えましたが、その中で大学院に行くという選択をしました。

Q:大学院に行き、学び直すことでどのような学びがありましたか?

「自分は世の中の賢い人たちよりも賢くはないが、知らないということを知っている。」という、ソクラテスの『無知の知』というものがありますが、以前はどういう意味か全然わかりませんでした。
しかし、60歳で大学院生になって学び直してみると、びっくりするぐらい自分はできていないと知ることができました。自分としては勉強会や読書会もしており、学ぶことに対して心配はないと高を括っていましたが、自分が学んでいないことに愕然としました。まず、論文が全然読めませんでした。理解していないことに自分では気づかないまま読み進めていたのです。そのため、ゼミで発表して、質問がきた時に説明できませんでした。そのような理解できていなかった自分に、大学院生になってやっと気付く事ができてよかったと思っています。それを知らないまま過ごしていたら、偉そうな顔して若い人にあるべき論で語るおじさんになっていたと思います。そう思うと、人生100年時代にちゃんとしたプロフェッショナルとして生きていくためには、改めて大学で指導してもらうことは必要な訓練だと感じています。
日本において、社会人がわざわざ大学で学び直すのは極めて少ないことだと思います。しかし、社会人学生が増えると、私のような新たな発見をする人が出てきます。そういう人が世の中に10%以上いると社会全体が変わります。学び直しが周りに伝染していきます。そうなってくると社会全体が学びを自然なものとして見るようになり、多くの人がもう一度学ぶようになると思います。

Q:学び直しの重要性に関して、早い段階で気付きを与えることができると思いますか?

可能だと思いますが、人それぞれのタイミングというものがあるのだと思います。私の場合、もしタイムマシンに乗って40年前に戻って、その時の自分に対して「もっと勉強しろ」と言っても、それを受け入れるだけの経験値がないので、咀嚼できなかったと思います。社会人としてそれなりの経験を積んだからこそ、いま学び直せているのだと思います。

Q:学びたいと思う瞬間はどんな時ですか?

そこは自分の本能に従っています。具体的なエピソードとして、20数年前にNetscapeというWebブラウザを作る会社が無償でブラウザを配るということをしました。無償で配るだけならまだしも、ブラウザのソースコードも配りました。当時の私は、会社のコアの部分であるソースコードを公開するということに対して、自分の中で理解できない何かが起きていると直感しました。まさに天動説から地動説になった気がしました。どう理解していいのか腹落ちしない、一方で、とてつもなくワクワクする自分が居て、次の瞬間にはソースコードを自宅で実際に見て、ビルドしていました。

Q:学びへの行動力(原動力)は何ですか?

好奇心ですかね。ベンチャーの教本に「許可を求めるな。謝罪せよ。」という言葉があります。とりあえずやってみて、うまくいかないならその時に考えるという行動規範です。やってみなければ、それが楽しいのかわかりません。やったからこそ、楽しさを発見できるのです。やってみると、自分の予想の外側にある意図していない学びが山のようにあります。前述の「無知の知」とつながる話として、自分が知っていることは100のうち1つとかであり、やってみないと99はわかりません。やってみて初めて知ることができます。
少し違った話ですが、日本の大企業は計画することが大好きです。綿密に計画を作ってから実行します。実行する頃には世界の状況は変わっていますが、計画を遂行することが目的になってしまっているので、状況に合わせることができません。気がつくと、全社一丸となって的外れなことをやっていることもあります。計画も大事ですが、やってみることが大切です。

Q:吉岡さんの学びに対するスタンスはどのようなものですか?

脳はバージョンアップできると強く楽観視しています。生まれながらの性質に従うのが「才能」で、その性質をアップデートするのが「能力」であり、「訓練」で獲得できるものです。自転車や逆上がりのように、練習すればできるようになると考えています。そこに年齢は関係なく、加齢によるハンディキャップというものはほとんどないと考えています。自分が学びたいと思う意思によって、克服できるパラダイムにいますので、自分自身の脳が上限に達している感じは全くしていません。
「大学院に入る前の私」と「今の私」を比べると、やれることの可動域が広がっていると感じます。
以前の私よりも一歩前に進んでいます。学びというのはそういうことだと思います。

Q:どのように学ばれていますか?

勉強会やコミュニティで学ぶことが多いです。勉強会は私の原点だと思っています。私自身『カーネル読書会』という勉強会の場を20年以上前に趣味で始めましたが、私が求めているものはここにあったのかと思いました。勉強会に来ている人は、自分の知的好奇心をどう満足させるかという目的で集まっていましたので、夜な夜な「ああでもないこうでもない」と議論していました。それが心の底から楽しかったです。そのような勉強会は至る所にありますし、現代ではインフラも整っています。ただ、自ら発見しに行かないと、このような場を知らずに生きていくことになると思います。
また、学び方を学ぶというメタなスキルを世の中の人は十分に獲得できていないと思います。私もファンなのですが、『独学大全』という本が20万部も売れるということは、それだけ自らを変えたいが、学び方がわからないという人たちがいるということだと思います。

Q:学びたい人の背中を押すアドバイスはありますか?

世の中は常に変化するものです。昨日と同じ今日はあり得ません。しかし、会社員をしていると昨日と同じ今日が来ると思ってしまいがちで、それは怖いことです。そのため、まずは行動してみるということが大切です。勉強会でもなんでもいいので、一回やってみると自分のちょっと外側に違う世界があり、世の中が変化していると気づくことができます。
行動を起こすための時間はないという方で、もし毎日お酒を飲まれる方がいたら禁酒をおすすめします。私も以前はよく飲んでいましたが、禁酒してから自由な時間が増えました。時間が増えて、本を読むようになり、想像力が広がり、脳の幅が広がりました。その中で、大学院に行くのもいいかなという思いつきに辿り着きました。

Q:学びとは?

空気です。生きていくために息をするのと同じです。人間という社会的動物は、外的な情報を得て 変化する必要があります。動物と一緒で、サバイブするために学んでいるのです。