デジタル人材の育成
後藤 真孝(産業技術総合研究所 情報技術研究部門 上席研究員 兼 メディアインタラクション研究グループ長)
チーフクリエータ
喜多 唯(東京大学大学院 学際情報学府学際情報学専攻)
本提案は食事中に料理の味を変化させるための技術を開発する。
料理は見た目や味で日常生活を豊かにし、健康を支える。近年では、調理を科学的に解析する分子ガストロノミーにより、より高度な料理の表現の可能性が広がった。一方、料理のデザインには静的な見た目や味だけでなく、時間的な変化で料理を楽しませる手法がある。例えば、ひつまぶしは味を時間的に変化させることで最小限の料理と調味料で一度の食事を最大限楽しむことを可能にしている。しかし、既存の料理方法ではこうした時間的変化を盛り込むのは難しい。
そこで本提案では調味料が噴射するフォークと、フォークの位置検出技術で食事中に料理の味を変化させるプログラマブルフードシステムを開発する。フォークには調味料カートリッジが搭載されており、センサーで料理の上のフォークの位置を検出することで、あらかじめプログラムされた時間と量で調味料が噴射する。
プログラマブルフードの技術で、味付けをダウンロードして素人が簡単に美味しい食事を再現したり、塩味の濃い味の前に塩味の薄い味をプログラムして最小限の塩分で食事を楽しむことで、味と健康のトレードオフを解消したりすることが可能となる。
食事中に料理の味を自動的に変化させる、つまり、味をプログラム可能にするための技術を実現する提案である。その「プログラマブルフード」による新しい食事というコンセプトが良い。本当に味を一口ごとにコントロールすることが可能になるのか、本当に高い自由度で食べ手に合わせた味の表現が可能になるのかという挑戦であり、料理におけるプログラミングの方法やインタフェースの本質に鋭く迫る展開を期待したい。美味しさを維持しつつ最小限の調味料での味付けが可能になるという視点も優れている。
喜多君は、毎日トマトソースの研究をした経験があるぐらい料理が好きであり、その料理に対する情熱を、是非完成度の高い技術として結実して欲しい。そのためには、既にプロトタイプ作成に取り組んでいるフォークのようなアプローチだけでは不十分であり、もっと料理を食べている人が味や食事体験に集中できるような、さりげない味のコントロールを柔軟な発想で考える必要がある。「プログラマブルフード」において最適なプログラミング方法とは何か、どれぐらい多様な味の変化手段を実装できるかを探求することが重要であり、提案内容だけに満足せずに発展させて欲しい。単なるプロトタイプ作成ではない、実際のレストランで日常的に使える完成度の高い技術を生み出す気概を持って、野心的に進めてくれることを期待したい。