デジタル人材の育成

未踏IT人材発掘・育成事業(ユース):2010年度採択プロジェクト概要(熊崎PJ)

1.担当プロジェクトマネージャー

原田 康徳(日本電信電話株式会社 NTTコミュニケーション科学基礎研究所 主任研究員)

2.採択者氏名

  • チーフクリエータ
    熊崎 宏樹(名古屋工業大学大学院)

  • コクリエータ
    なし

3.採択金額

  • 1,600,000円

4.テーマ名

  • 匿名掲示板の開発

5.関連Webサイト

  • なし

6.申請テーマ概要

情報化社会において、誰もが実名で発言できるほど強く生きているわけではありません。様々な弱い立場の人ほど、匿名性を必要としています。日々の生活の不平不満、心の悩み、大声で言えない身体の悩みなどは匿名性が担保されて初めて安心して語ることができるのです。

しかし、インターネット上に存在する匿名性は、本当の意味の匿名ではなく、システムの運営側がサービスで名前を伏せておいてくれているだけです。 例えば、システムの内部の誰かが通信ログを外部に持ち出す、ふとしたミスで通信ログが外部の人間の手に渡る、といった事態になれば世の中は大混乱に陥ってしまいます。時に人の命にも関わる社会情報基盤は、それを運営する人間の裁量のみに委ねられるべきではなく、その中でも匿名性は、社会を支えるためにも、可能な限り属人性の無い所に成立されるべきだと考えます。また、情報技術が発達するに伴って情報の保存・共有・調査にかかるコス トが飛躍的に下がっており、生半可な努力では簡単に匿名性は破られてしまいます。そのような事態を避けるため、数学的、アルゴリズム的に証明された匿名性をネットワークの上に実現すべきと考えました。

匿名システムが犯罪に結びつくというのはまったく間違いであり、例えば駅のトイレに犯罪予告や情報のリークが書かれていても誰も信じません。匿名で犯罪予告を行うだけならばテレビ局に郵送するだけで充分で、それもいたずらであると判断されれば無視されるだけに終わります。匿名の発言という物はその媒体に関わらず匿名相応の対応を受けるものであって、電子掲示板という形のみが特異的に危険である理由はありません。

今回、匿名性を得るための手法としてMix-netという技術を応用します。これは匿名の電子投票などの為に発明された技術で、同一サイズにパディング(埋め合わせ)した複数のパケットをサーバ内ですれ違わせる中継を複数経由させる事でパケットの発信元の特定を防ぎます。これ自身は専用のサーバを複数管理しなくてはならず、そのサーバ群への接続自体を監視された場合特定が可能な瞬間も出てきてしまいます。それらの問題を避けるため今回の提案ではP2P通信の一種であるDHTを応用し、すべてのピアが中継者と発信者を兼ねる事ですべての通信が中継と発信との見分けが付かない形での匿名性と資源管理の問題を解決します。

今回、高い匿名性を確保する為に投稿帯域を制限した掲示板機能のみを提供します。匿名な情報共有の違法な利用目的としてはファイル交換が有名な例として挙げられますが、提案する掲示板ではすべてのユーザの間で情報の流入・流出の量を一定に保つ事で送信者の匿名性を確保する仕組み上、無理にでも違法なファイルをアップロードした場合の送信者の匿名性は自主的に破られるため問題ないと考えています。

匿名性をアルゴリズムで担保した掲示板を実装し社会にその価値を問う事が今回の提案の目標です。

7.採択理由

アルゴリズムの正しさと、システムとしての実用性を両立させることはなかなか難しいことです。また、使われる技術が特徴的であり、悪用される恐れがあるほど、研究・開発する人間には、高い倫理観が求められることでしょう。

匿名掲示板というと、世の中では悪いイメージでとられていますが、熊崎君のいうように、弱い立場の人の小さな声を拾い上げる上で、情報化社会に不可欠なインフラとも言えます。監視社会という暗い窮屈な未来の中で、匿名掲示板が一つの光と して世の中の役に立つような、そんな開発を期待しています。