試験情報
公開日:2024年10月30日
情報処理技術者試験の試験問題は多くの有識者(試験委員)が関わり、その中でも記述式問題は、時代にマッチした実践的な事例をもとに作成しています。出題した過去問題は、試験実施後にIPAのWebサイトで公開しています。
今回、過去問題をより多くの方に有効活用いただくことを目的に、エンベデッドシステムスペシャリスト試験(ES試験)の問題作成に関わった試験委員6名に集まっていただき、実際に出題した試験問題を題材として、試験問題作成にあたっての思いや裏話、活用方法、エンジニアに求めることについて、お話いただきました。
今回の題材は、令和4年度秋期ES試験の午後Ⅱで出題した「仮想現実技術を利用したシステム」と「コミュニティバスの無人自動運転システム」です。
なお、試験の特性上、試験委員は担当する試験区分を公表できないことから、今回の座談会では、「仮想現実技術を利用したシステム」で出題したアバターをオマージュした形で参加いただきました。
うさぎ
携帯電話の開発に携わり、その後、IoTのビジネス化を推進し、現在はクラウド開発に従事。
とら
制御システムの開発を担当。その後、大学で組込み系の教育に従事。自動運転、無人運転、新しい制御システム開発に取組み中。
くま
ゲーム会社入社後、ソフトウェア開発を行っている会社に転職。携帯電話のソフトウェア設計・開発。後進の育成を行った後、エンタープライズ系の仕事や、スマートフォンのアプリケーションサービスに従事。
ねこ
制御ソフトウェアを担当し、組込みシステム開発を経験。その後、外資系でモデルベース開発のソフトウェアを販売している会社に勤務。お客様の技術支援や技術指導に従事。
ぱんだ
社会インフラ関連の幅広い分野のハードウェア設計に従事。
ひつじ
電子回路のシミュレーターの開発を経験後、CADの会社に転職し、電子部品の検索システムを開発。その後、携帯電話の UI 側の開発を経て、現在はスマートフォンの研究部門の試作に従事。
受験する人にとって、「面白そうだ」、「ワクワクする」、「少し先進的ですが、こんなシステムが世の中にあったらいいな」と思うような試験問題、しかも社会課題を解決していくような技術や製品を取り入れた試験問題の作成をめざして、テーマを選びたいなという思いがあります。
受験する人が、「これ面白そうだね」とか、「これが組込みか?」というようなものでもいいから、まずは興味を持ってもらい、それが実際に組込みの技術でできているのだということを知っていただくことで、幅広い組込み系の人材を育てられるといいなぁ、という思いがあります。
実現が難しいと思われる分野だとしても、まずは受験する人に興味をもってもらえそうなものを題材にしようとしています。モノづくりに興味を持ってもらいたいな、と。
我々自身が題材となるシステムを設計しながら、「具体的にこういう点が苦労するだろう」とか、「こういう点は注意して設計した方がいいだろう」といったことを試験問題として出していく、たぶんそういった点が一番生きてくるのではないかと考えます。そうすることで、単なる知識ではなくて、実践の場で使える、生きた問題になっていると思います。
試験問題では最先端技術を活用した事例を取り上げたりしますが、試験委員全員が経験したことのないシステムを取り上げることもあるので、我々試験委員は、実際の組込みシステム・製品の知見を駆使して、「こういうシステムになっているだろう」と想定しながら、インターネットや論文、文献などで調べられるだけ調べています。その分野を相当勉強してから問題作りをしているんですよ。
そのとおりですね。「やっぱりそこはそうじゃなかった」、「他の会社にはこの技術がある」といった議論をしていますので、試験委員が調べる量は最近特に増えています。
我々は、実際のモノづくりと同じプロセスで試験問題を作成していると言えますね。
最初から試験問題ありきではなくて、システムをどうやって作っていくかというところを一生懸命考えていくと、おのずと試験問題ができてきます。逆に「これを問題にしよう」として出来上がった問題は、単なる知識を問う問題になってしまいがちなので、あまりよくないんです。
以前は、一つの装置にフォーカスしていたのですが、今はIoTやAIなど先端技術をキーワードとしたシステムで、かつ規模が大きいシステムを出題することもあります。そのため、試験問題の限られた数ページの中にどこまで仕様を取り込むかが課題です。自分たちで考えてシステム仕様を作っていく、その過程にとても時間がかかっています。これからも苦労するかもしれませんが、そういうものもやっぱり題材にしていかないと、先進性もなかなか出せないですね。我々が考えた過程を、試験問題を解くことを通じて受験する人に体験してもらう感じです。
以前は会議を数回実施すればタスク構成などストーリーが決まっていました。今は何回目の会議までで「仕様」を固めるという目標を立てていますが、なかなか計画どおりにいかないですね。
受験する人が「解いてやろう」と思うような、面白そうで実際に使えそうな時事ネタを題材にしています。仮想現実技術は最近ブームで、いろんな企業が宣伝用などに活用しているので、問題のテーマとしました。
実際に組込みシステムを作ろうしたときに誰もが直面するであろう内容を設問に取り入れることで、解答を通じて「やっぱり起こった」という体験をしてもらえたらいいなぁ、と思います。
過去問題を解きながら、関連情報を調べていくことで、現実には経験できないようなプロジェクトの疑似体験をすることができると思います。それにより自身のスキルのレベルアップにもつながり、現実で起こっているトラブルへの対応力が高まり、実務の設計レビューにも役立つと考えます。
試験問題の題材として先進的なシステムであるため、新しい発想やアイデアに結びつく可能性もあり、自分の仕事の幅が広がっていくと思いますよ。
過去問題の効果的な利用方法として、企業や大学での人材育成にも活用できると思います。
「ケーススタディとしてこんな面白いものがある」とか、「モノづくりはこういったプロセスで考えるとよい」など、人材育成につなげていくことができます。若手の教育の指標にもなるし、育成の方向性がわかるのではないかと思います。
長い時間をかけて試験問題の仕様を練り上げて、わずか2時間程度の試験時間の中で解答できる仕様に落とし込んで、それを受験する人に理解してもらうようにしているんです。すごく洗練されているし、よくまとまっている、という自負はあります(笑)。理解可能な仕様とはどうあるべきかを学ぶのに、とても良い教科書として活用できると思います。
先日、IoTの展示会に行ったときに仮想現実の世界を体験し、これは試験問題に出てきた話だな、と思いました。試験問題の題材が、学生や若い世代の人たちの興味をひき、良い影響を与えることになるといいですね。
コミュニティバスについては、大学でも研究が行われているし、新聞や雑誌にも載っていました。ただ、題材を検討している段階で紙面に出ているっていうのは、これを題材とした問題が実際に出題される時には、逆にちょっと古い感じになってしまうこともあるんですよ。それをもうちょっとブラッシュアップするためにインターネットなどを調べると、もっと新しい事例が見つかります。コミュニティバスは、過疎地域の問題もクローズアップされていて、最近だとバスの運転手さんの不足も課題になっているので、タイミングとしてはいい感じでした。
センサーにインテリジェンスを持たせて物事を判断しているシステムが実在していますが、そのままですと、試験問題として問える要素がないなど、問題が成立しません。ですので、試験問題として問えるような要素を盛り込む一方、受験する人から見てシステムとして不自然でない形とすることに非常に苦労しています。ただ、そこを作るのが面白いし、難しいところですね。
良い設計というのはシンプルな作りになっているのですが、良い設計にすると試験問題にならない。あえて複雑性を残しつつ、そこでトラブルが起きるとか、どう簡単にするかを考えさせるようなところにソフトウェアの問題作成では苦労しています。だから、試験委員が技術力を発揮して、本来あるべき設計で試験問題を作ろうとすると、ほぼ試験問題の形にならない。ソフトウェアの場合は試験問題として成立させなければならないという思いと、あえて下手な設計はやりたくないというエンジニアとしてのプライドとの葛藤でもあります。
確かにそのとおりですね。実業務で長期間直らない原因不明のバグが発生した場合は、設計工程に問題があることが多いので、設計工程の重要性を問う試験問題は、受験する人に対するメッセージになると考えています。
最近のエンジニアの中には、スクラッチからシステムをつくることを経験する機会が、なかなかない人も多いかと思います。試験問題は、10数ページの中に開発に関する一連のストーリーができているので、スクラッチからのシステム開発を疑似体験できる題材として、そういった方々にも是非活用してもらいたいです。
非常に大きなシステムがわずか数ページに記載できるっていうことはあまりないですよね。それだけに、わかりやすくしています。そうすると今度は「自分たちだったらどう作るんだ」とか、「そこ課題だよね」とか、「試験問題にはこう書いてあるけれども本当はこうじゃないの?」という思考は当然出てくると思います。他にも、コストを考えた時には「この部分はちょっと見直そうか」というような話が出てくるかもしれない。また、「どうシステム分割するか」とか「機能分担するか」というところは、最初に取り組むべきところ。そこはESの試験問題の枠から外れるかもしれないが、システム開発の命だと思うんですよ。
試験問題ではこういうシステムで構成しているけど、他にもあるだろうって。それを考えてみようよってなったら、エンジニアの発想は広がっていくでしょうね。
異なる業界の人同士で、自分たちだったら何ができるかを考えてもらうと技術の進歩が加速するんじゃないかな。試験問題は幅広い分野の技術を取り込んで作られているので、いろんな人が興味をもつんじゃないかと思います。
自身のキャリアを振り返ると、ICチップからIoT、クラウド、と目標をもって対応領域を広げてきました。組込みエンジニアは、自身が担当している以外の領域にも興味を持って対応領域を広げていけば、キャリアアップにつながるのではないかと思います。試験問題を解くことは、エンジニアが知見を広げたり、いろいろなものを調べるきっかけにもなり、試験問題にはエンジニアの興味を広げる可能性があると思っています。
様々なご意見、ありがとうございました。試験委員の方々の試験問題作成における苦労やこだわりを伺い、エンジニアの育成に貢献したいという熱い思いを感じました。試験問題の活用を広げていくように、IPAとしても尽力したいと思います。