アーカイブ

5.大人の学びについてのヒントとは?

パネルディスカッション~実践者から聞く”大人の学び”との向き合い方~

モデレーター

  • 株式会社豆蔵 取締役グループCTO、IPA非常勤 羽生田栄一 氏

パネリスト

  • 慶應義塾大学総合政策学部教授 株式会社クリエイティブシフト代表取締役 井庭崇 氏
  • 日本電気株式会社 デジタルビジネスプラットフォーム企画統括部 主任 下川裕太郎 氏
  • 株式会社豆蔵 ビジネスソリューション事業部主幹コンサルタント 中佐藤麻記子 氏
  • 東京大学大学院情報理工学系研究科 博士課程 吉岡弘隆 氏
  • パネルディスカッション~実践者から聞く”大人の学び”との向き合い方~画像

はじめに

羽生田栄一氏(以下敬称略):

今回のテーマは「実践者から聞く大人の学びとの向き合い方」ということで、IPAで制作した「大人の学びのパターン・ランゲージ(まなパタ)」も大きなトピックスとして取り上げていきたいと思います。

IPAでは、情報社会に続く次の社会であるSociety 5.0(脚注1)、あるいは井庭先生のおっしゃる創造社会を日本が目指していく場合に、我々がどのような方向に変わっていかなければいけないのか探求してきました。

  1. 脚注1
    Society 5.0とは:サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)
  2. 狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

その中でわかったことが、学校教育や企業の中での集合研修を主体とする学びだけでは、創造社会を目指すのは難しいのではないか、ということでした。
決まったやり方をトップダウンで落とし込むのではなく、お客様を巻き込んで、チームで顧客や社会の本質的ニーズに取り組みディスカッションし仮説検証していくやり方(IT開発におけるアジャイル(脚注2)の考え方)の中に、学びに関する新しいスタイルを感じ取れました。

  1. 脚注2
    アジャイルとは:アジャイル開発は1回の開発期間(イテレーションやスプリントと呼ぶ)を短く設定した、繰り返し型の開発手法で、優先順位に基づいて動くソフトウェアを徐々に成長させていくという特徴がある。

この学びのスタイルは、ITの世界だけでなく、人文系の仕事や街づくり、コミュニティ活動といった取り組みにおいても、皆で工夫しながら進めていく上でのヒントになるのではと思いました。IT分野で起こっている「アジャイル」という静かな革命が、日本を創造社会へ変えていくヒントになるのではないでしょうか。

そういう想いが、これまでIPAが取り組んできた「変革」や「学び」のパターン・ランゲージ制作にも繋がっています。
では、まずは下川さんに「まなパタ」について紹介いただきます。

まなパタの全体像と30のパターン

  • まなパタの全体像と30のパターンの図

下川:

人生100年時代を迎え、自分を常にアップデートし続けなければいけない状況となり、「大人になっても学びを続けて欲しい」という想いから、IPAではパターン・ランゲージの手法を用いて「まなパタ」を制作しました。
学び続ける実践者へのインタビューから、繰り返し見られる具体的な行動、いわゆるパターンの素(もと)を抽出し、集約することで30のパターンに整理しています。
それぞれの「パターン」には、大人が学び続けるためのコツがまとめられているので、自分に合った学びの方法を知ることで、自発的な学びを促進していくことができます。
各パターンの詳細は、公開しているまなパタテキスト版及びスライド版をご覧ください。

羽生田:

ここからは、テーマに沿った議論をしていきたいと思います。

自身のキャリアをDXの時代にどう形成していくべきか

下川:

キャリアと学びについて、(国内大手IT企業から)IPAへ出向した私の経験から得たことをお話します。 会社も社会も変わる中で、個人としても変わらなければ、自立しなければと思っているものの、与えられるものに慣れてしまい「何をすればよいかわからない」といった不安や焦りを抱えている人も多いかと思います。私自身も以前は同様の想いを抱えていました。
しかしその中では不安や焦りを原動力に学んでしまうため、苦しい学びになっていました。

羽生田:

プレッシャーを抱えた中での学びということですね。

下川:

でも今は不安も晴れて学びが楽しいと思っています。そのきっかけが越境経験だったと思います。それまでは、同じ会社で新卒のまま働き続け、このままで本当に大丈夫か、社会の変化に対応できるのか、今のスキルが社会で通用するのかと不安を抱えていました。

環境を変え、今までと全く違う業務を経験したことで、なんとか変化に対応できそう、なんとかなりそうと思えるようになり、なんとなく抱いていた不安や焦りを解消できました。

そのため不安や焦りに駆られる学びではなく、プラスで何かやってみようと思えるようになり、学びに対するハードルが大きく下がりました。
不安で苦しいなら、「とりあえずトライ」(まなパタ;A3)のように、不安を取り除くための行動をまずはやってみる、また「ゆらす、ずらす、こえる」(まなパタ;C7)のように小さくても良いので現状を変えてみると良いと思います。

吉岡:

今の話ですが、転職や出向は敷居が高いと思うのですが、業界団体のワーキンググループに入るなど、組織を出ずに違う環境に身を置いて、他のプロフェッショナルと交流することも、敷居の低い越境の仕方ですね。そうすることで、自分の会社の当たり前が他の会社では全く違うなど、差分が良く見えるようになります。それは学びを考えるきっかけにもなりますし、他社の取り組みを自社に取り入れてトランスフォームするきっかけにもなりますね。

羽生田:

吉岡さんが提案されたような業界団体や勉強会にチャレンジするのも良いですね。

中佐藤:

勉強会は、最初の一歩として、また自分の今の状況を共有するものとして良い手段です。初めての勉強会に行くのは、最初は怖いかもしれません。しかし意外と、勉強会は初めての人に対しウェルカムなことが多いので是非初めの一歩を踏み出してもらえればと思います。

スキルのギャップをどう埋めていくか

  • 参加者からの質問

羽生田:

ウェビナー参加者からの質問です。ITパスポート試験は、要求開発、設計、ユーザーインターフェースなど、中身が非常に濃い試験です。なので単に試験対策として受けるのではなく、自分がIT以外の仕事もしているのであれば、このITパスポートの試験テーマとどう関わっているのか日々考える癖をつけると、ITエキスパートとのコミュニケーションギャップを埋められるようになるのではと思いました。

中佐藤:

私が、特にユーザー部門向けの研修講師をする時に強調するのは、システムを、いかに自分の業務の道具として使うか考えるということです。学びを、自分の業務と結びつけることで、学んでいて面白いと思うところが見つかるものです。

井庭:

今の話に通じることですが、自分の仕事の中でやりたいこと、個人的にやってみたいことなどあれば、それにめがけて、できそうなことをやっていくのが良いと思います。お勧めしたいのは、入門書を研究することです。私自身、新しいことを学ぶ時には、わかりやすそうな入門書を5冊、10冊と集めてきます。どれが自分に合うのか評価するつもりでざっと読んでみると、いろいろな発見があります。観点が違ったり、端折っていたり、どこかで繋がっていたり、共通して書かれていればかなり重要だとか、複数の入門書を読むことで、自分に合うものをみつけられたり、人に薦められたり、楽しむことができます。

羽生田:

まさに、「感情は学びのナビゲーター」(まなパタ;B2)、「学び旅、マイプラン」(まなパタ;B4)で言っていることですね。

学びを着火させるためのヒントとは

羽生田:

「学びは苦しいもの」と捉えてしまう人もいる中で、自分から「面白い」と感じるきっかけをつかんで、学びを着火させるにはどうすれば良いでしょうか?企業の中で仕事の内容に即して学ぶこと(例えば社内研修やOJT)も大事ですが、今の時代、顧客の考え方も変わってきているし、サービス、ユーザーエクスペリエンス、プロダクトに関する考え方も大きく変わっている中で、自分なりに新しい観点で学びをスタートさせることは大事だがハードルが高いと思っています。

吉岡:

今回の受講者は中間管理職の方が多いですが、組織として学びを促進するならば、業務時間外でやるのはナンセンスで、業務時間内に学びの時間を確保するのが必須です。組織として人材育成にコストをかけること、中間管理職の方は上司にそれを予算化してもらうことが絶対に必要です。それをしないまま人材が足りない、学習をどうしようなど話をするのは本末転倒です。

羽生田:

おっしゃる通り、ミドルマネジメントが重要です。

下川:

学びを着火するには、自分で決めることが重要です。自分で決定することは自分で責任をとることでもあるのですが、それに慣れていない人が多いのも、新たに学びをスタートできない理由だと思います。 まなパタでも「学びの主人公は自分」(まなパタ;Bグループ)とありますが、自分自身、大学受験のための学びがあまりに嫌で進学校を中退し、その後自分で決めて学ぶことを再開した経験から、自分で決めた学びは、他者から与えられた学びとは各段に異なるものと思っています。自己決定することで当事者意識が醸成されて、小さくても学びの意欲を着火させることができるのではと思います。

中佐藤:

着火をするのは本人ですが、管理職の方々には湿り気のある環境をつくらないでいただききたいですね。デジタル人材を育成したいなら、なるべくハイスペックなPCを用意し、PCの使い方に制限をできるだけかけないでいただきたいです。学びは外部にたくさんあるのですが、セキュリティ対策とはいえ、できないことが多いと学びも進みません。

吉岡:

環境に投資できない会社は、若い人たちからも見捨てられていくと思いますし、現に見えないところでそれが進んでいるように感じます。

羽生田:

確かに、学校で配られる端末などもそうですよね。今すぐにでも実践できそうな貴重なアドバイスをありがとうございました。

井庭:

上司やリーダーになる方々が、徹底して学び続けている姿を見せること、それがとても面白く、ばりばり成長して世界が広がっている、という姿を魅力的に部下たちに見せていくことが、着火の要件として重要になりますね。「学ぶことは魅力的で楽しく良いこと」という価値観を組織内で醸成していくことが重要だと思いました

  • デジタル人材は裾野広いの図

羽生田:

デジタル人材やリスキリングという前に、まずは自由闊達に学び始め、学び合いながら少しずつ社会を良くしていき、組織を働きやすくしていける、そのような組織・社会に近づけていければと思っています。

パネリストが想う「学び」とは何か

羽生田:

それでは最後にみなさんから「学びとは何か」を一言お願いします。

井庭:

ディープラーニング含めAI型システムは圧倒的に学習することが得意です。人間に残された学習の最大の特徴が「変身」です。学び続けて変身し続けるのが大事だと思いました。

吉岡:

昨年、音読を始めてみたところ、耳から聞き、目から情報を得ながら滑舌よく発音するということだけで、バージョンアップの余地は十分あることを発見しました。60代でもまだまだ伸び代はいっぱいあります。

羽生田:

まさに「温故知新」ですね。

中佐藤:

学びとは、生活なのか、人生なのか、趣味なのか、混然一体としてそこにある、人生のベースだと思っています。

下川:

「私の学びは人類のバトン」(まなパタ;D6)だと思っています。100年後には今の私たちが積み上げた学びが、人類を前に進めることになると思います。

羽生田:

これからの時代に役に立つコミュニティ、勉強会、独学で学ぶこと、そういうものが自由に会社の中でも整備されていくことで、学習する組織・社会になり、Society5.0に近づいていけるのではないかと思います。今日はありがとうございました。

6.おわりに

株式会社豆蔵 取締役グループCTO、IPA非常勤 羽生田栄一 氏

今回のウェビナー全体を通してみなさんにお伝えしたかったことは、リスキリングも大事ですが、そもそも「自分は一体何に興味があるのか、何をやりたかったのか」を虚心になって考える時間を持つことの大切さです。アンラーニングを経て、そこから「デジタル人材になろう」「この資格を取ってキャリアアップしていこう」という新しい目標をもって、進んでいけるのだと思います。その時に、それを支援する国の政策も役に立つと思います。 IPAとして、今後も皆さまのアップデートのご支援をしてまいります。