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情報システム開発のモデル契約書に目を向けよう 開発技術者の立場から(コラム) 

情報システム開発のモデル契約書に目を向けよう 開発技術者の立場から

ここでは、開発担当の立場で情報システム開発のモデル契約書との関わりを中心に書いてみたい。

まず、契約書に記載される重要な内容は、次の3点と考える:

  1. システム開発の当事者(発注者及び受注者)双方共通の目標
  2. 各当事者の義務と責任(特に、開発プロセスに関すること)
  3. 開発不調時の扱い(契約の解除や損害賠償など)

ここでいう当事者とは、ITシステム開発の発注者(ユーザ企業)と受注者(ITベンダ)である。

法務部門の担当者や開発の管理者は別として、開発に携わる際に契約書の内容を意識する開発技術者は多くはないのではないか。技術者は、所属企業が作成した開発標準やIPAが公開する「共通フレーム」など、組織が定める開発プロセスに基づいて開発を行えばよいが、技術者としては、定められた開発プロセスからの逸脱が法的代償につながり得ることを意識しておく必要がある。

さらに、余裕があれば、契約書に記載されている義務と責任について一読することを勧める。特に、モデル契約では、契約書に記載された条文の背景や理由についての解説も付されているので、理解を深めることができる。

さて、契約書には、それらの標準ほど細かくはないが、開発において各当事者が実施すべき事項や守るべきことが書かれている。したがって、何か問題が起こった場合に、それが契約書の記載内容を逸脱したことに起因すると認められれば、法的な措置が取られることになる。

また、契約書には、入力する文書(仕様書)に基づいて開発を行うことが記載されている。例えば、設計段階の開発契約であれば、「要件定義書に基づく設計とそのプロセス及び成果物の検査」、製造段階の開発契約であれば、「設計仕様書に基づく製造・試験とそのプロセス及び成果物の検査」について記載されている。

発注者の入力文書に何らかの不備があり問題が起こった場合には、その責任は文書入力者(発注者)にあることになる。あるいは、受注者側で入力した文書の内容に対応しきれなくなった場合には、それが途中で更新されたことなどが原因でない限り、その責任は受注者にあることになる。

したがって、技術者としては、契約の前に、仕様書の内容について十分に確認しておくことが重要であり、これは管理者の役割ともいえる。

今回の民法改正が情報システム開発の契約に最も影響し得ることの一つが、納品後に見つかる不具合への対応期間である。不具合については、従来「瑕疵」と称していたものが「契約不適合」に改められたが、情報システム開発の委託契約の場合にはほぼ同義である。問題は、受注者に責任のある不具合を無償で修正しなければならない期間であり、従来の最長1年間から、改正民法では最長10年間となっている。

この期間は、開発技術者の配置計画等にも影響し得るため、契約に際しては慎重な検討が求められる。IPAでのモデル契約見直しの議論の過程でも、開発コストや保守契約との関係、検収時の試験等に関する多様な意見が発注者・受注者双方から出され、それらを総合的に考慮したモデル契約を策定した。(詳細は、ダウンロードページ参照)この問題については、開発技術者にとっては、契約時の議論内容すなわち、契約書記載内容の背景を想像してみることが重要であろう。

さて、経済産業省が2018年9月に公開した「DXレポート」では、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により発注者、受注者がそれぞれの役割を変化させていく中で、両者の間で新たな関係を構築していく必要があるとしている。

情報システム開発においては、たとえ契約書に明示的に記されていなくとも民法の規定により、受注者はその専門的知識に基づき、開発作業を適切に進めるとともに、発注者が適切にプロジェクトに関与するように働きかけるプロジェクトマネジメント義務(善管注意義務)を負っている。他方、発注者は、仕様の決定等を適時・適切に行うとともに、資料等の提供その他の必要な協力を行う義務(協力義務)を負う。
これらは、技術者として十分に心得ておくべきことであろう。

イメージ写真2 モデル契約書の作成にあたり、IPAでは、発注者、受注者、業界団体及び法律専門家の参画を得て議論を重ね、中立的な立場で発注者・受注者のいずれにもメリットが偏らない契約書を目指した。発注者・受注者双方がモデル契約を参照することで、契約のタイミングで双方がシステムの仕様や検収方法などについて共通理解のもと対話を深め、よりよい関係を築いた上でシステム開発が行われることを期待している。

余談であるが、契約を表す英語として、「contract」と「agreement」とがある。厳密には、「contract」は公式な文書化された契約を意味し、「agreement」は公式/非公式や文書化の有無を問わない契約を意味するとされるが、両者に大きな差はないと言われる。

このうち、「agreement」のもともとの意味は「合意」である。合意の背景として、当事者間の真剣でかつ徹底した話し合いが想像される。その意味で、「agreement」がモデル契約作成の趣旨と合っていると言える。

最後に、IPAではDX時代に求められるアジャイル開発への対応やセキュリティ対策関連など民法改正に直接関わらない論点についても、引き続きモデル契約書見直しの検討を行っている。

改正民法に対応した「情報システム・モデル取引・契約書」のダウンロード

画像提供:写真AC


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■本件に関するお問い合わせ先:
IPA 社会基盤センター 企画部