
未踏に応募して採択されると、どんな世界が待っているのか? 応募するにあたっては、どのような思いがあったのか。実際に未踏を修了した方々に聞いてみました。
今回は、2023年度に「グッズ交換アプリケーションの開発による推し活革命」で未踏アドバンスト事業に採択された神谷優理さん、林ゆりさん、上條由利菜さん、上山千乃さん、中島眞由さん、本多詩聞さんのチームから、代表して神谷さん、上條さんのお二人にお話をうかがいました。未踏期間中にはグッズ交換プラットフォーム「トレポータル」を開発・発表し、起業も遂げています。
事業化に向けて筋道を照らしてくれる未踏アドバンスト
イチオシの人物やキャラクターを応援する活動「推し活」が広がっている。アイドルグループの場合、何が入っているのかがわからないランダムグッズ付きのCDが販売され、推し活をするファンたちは自分の「推し」のグッズを収集する。 推し活をする人たちはSNSで情報を交換して、お互いが所有しているグッズを取引するケースが多いが、探す手間もかかり、取引成立までには多くのステップを踏む必要がある。そこで手間なくグッズを交換するためにグッズ交換のための投稿や検索、メッセージ交換、グッズ交換手続き機能などを装備した安全でストレスフリーなグッズ交換が楽しめるグッズ交換プラットフォーム「トレポータル」の提供を目指した。

グッズ交換アプリケーション「トレポータル」。交換に必要な機能を揃え、従来のSNSを使ったグッズ交換が持つ課題を解決した。
未踏アドバンスト事業に応募したきっかけについて教えてください。

私は大学でロボット系を専攻していて、元々プログラミングやコードを書くのが好きでした。推しのグループのCD発売日を待つ間に何か作りたくなって、カタログ画像の中からカットを自動で切り出すプログラミングを始めたのが、開発を始めるきっかけになりました。アプリにすれば大学の授業で単位をもらえるというので、友人の本多と2人でチームを組んで開発を進めました。
その延長線上で東京大学の学生が学業以外の技術的なプロジェクトを行う「東京大学本郷テックガレージ」で開発に取り組み、節目となる2023年3月の発表時点では、投稿機能や検索機能などサービスの骨格がなんとか動くレベルのプロトタイプを作ることができました。そのプロジェクトを続けたいという思いが強く、未踏アドバンスト事業に応募しました。
なぜ、未踏アドバンスト事業に応募しようと思ったのでしょうか。

東京大学本郷テックガレージのプロジェクトから未踏に応募するケースは結構多くて、私たちの同期からも3チームが同時に応募しています。未踏アドバンスト事業は推進費用の支援があるので、アルバイトをしなくても開発に打ち込めるのが魅力でした。事業化に向けた道筋を照らしてくれる人たちがアドバイスしながら伴走してくれることにも期待していました。実際に、未踏期間中には法人化の重要性や起業に向けた法律面など、重要なアドバイスをもらうことができました。
6人でチームを作って応募されていますが、皆さんはどんな経緯で集まったのでしょうか。

基本的には同じ大学の知り合いです。同じ学科の同級生だったり、後輩だったり、プログラミングサークルの仲間たちです。推し活のコンテンツに向けた熱量を持っているところは共通していました。

私はアントレプレナーシップの授業で、中島のプレゼンテーションを聞いて参加したいと申し出ました。店舗ごとに異なるトレカの特典情報を自分が購入するために一覧化する人は多いのですが、プラットフォームまで作ってしまっているチームがあることを知って興味を持ちました。

未踏に応募するに当たっては、以前チームを組んでいた中島と高校の時から友人だった林にもジョインしてもらい、私が2022年に立ち上げたプログラミングサークルの後輩の上山にも声をかけ、そこに上條がジョインしてくれたという感じです。1ヶ月ほどで6名のチームが出来上がりました。

未踏アドバンストキックオフ会議でのプレゼンテーション
味方の立場から鋭い意見やアドバイスがもらえる
未踏期間中はどんなことがあったのでしょうか。

7月のキックオフ会議に向けて、プロトタイプを肉付けしていきました。せっかく見てもらうのだから、良いものにしたいと意気込んで取り組みました。未踏のイベントが良い意味でマイルストーンになりましたね。当日は修了生の皆さんやビジネスアドバイザー(BA)から鋭い質問攻めにあいましたが、それでプロジェクトを進めていく上での懸念点がはっきりしました。

身内感というのでしょうか。私たちの味方になってくれる人たちが多かったのが印象的でした。担当PMの漆原さんから「やりたいことを正直にプレゼンすれば良いんだよ」というアドバイスをいただき、等身大で臨むことができました。

プレゼンの練習も「自分たちらしく」を第一に考えるように指導していただきました。
開発は予定通り進んでいきましたか。

開発スケジュールは何度か仕切り直ししましたね。

推し活をしている友人たちにSNSで声をかけてプロトタイプを使ってもらい、どうしたら使ってくれるのか、どこが使いにくいのかなどの声を集めて、片っ端から実装しようとしていたのですが、一旦整理しようと立ち止まったこともありました。

視座が変わったタイミングがありましたね。どうしたらトレポータル上で最初の交換が成立するのかという視点に絞って開発の優先度をつけていきました。

担当PMから、推し活と交換は別物ではないかというアドバイスもいただいて、交換するという当事者の目線から交換を考えるようにチームのメンバー全員に働きかけました。

K-POPでの推し活についてはそれほど詳しくなかったので、トレポータルの運用の中でK-POPの知識を付けて、ユーザ目線で考えられるようになりました。
プロジェクト中、どんなところに苦労しましたか。

とにかく自分のマネジメント能力のなさが問題でした。なんでも自分で抱え込んでやってしまって、タスクを割り振る余力がなかったんです。会議で発表するスライドの修正について前日に思い付いて、いきなりメンバーにお願いしたりすることもありました。

神谷自身がマネジメントの課題に気づいたことで、未踏期間中に目に見えて成長したと思います。当初はタスクの整理ができていなくて、神谷一人にタスクが溜まりがちでしたが、スライドの担当を決めるのにもバランス感覚が付いてきて、メンバーが主体的に考えられるように割り振ることができるようになったのがわかりました。 当初から私がマーケティング、林が財務、本多が法務、神谷、中島、上山の3人が開発を担当していましたが、神谷自身がコードが書けるために、開発メンバーへのタスクの割り振りが難しかったのだと思います。

エンジニアから経営者へと変わることができた
未踏の同期や修了生たちとの交流などは活発だったのでしょうか。そこで得られた気づきなどはあったのでしょうか。

中間報告会をきっかけに同期とは仲良くなりました。漆原さんが忘年会を開いてくれたことでさらに親しくなって、同窓会を開催したりしています。つい先週も50人が集まってバーベキューをしました。今では私たち自身がOB・OGとして未踏のイベントに参加して、意見やアドバイスを言わせてもらっています。

PMやBA、先輩たちとの交流を通して、自分たちだけでは気づけなかった価値に気づけたことが色々ありました。グッズの売買ではなく交換にこだわることによって、お金では計れないお互いの価値観の違いを埋めることができるサービスであることもその一つです。 OBで未踏ITのPMでもある曾川景介さんが「このサービスは貨幣経済とは逆行しているように見えるけど、等価交換以上の価値があるよ。メルカリも推し活に注力しているけど、個人の熱量を価値に変えられるという点で、メルカリにも勝てるようなサービスになるかも知れない」と私たちの想いを言語化してくれたことも印象に残っています。
未踏を通して得られたことは何ですか。

未踏は私個人がエンジニアから経営者になることができた場だったと思います。未踏がなかったら今でも作るだけの人間だったでしょう。新しい価値を世の中に届けるというフォーカスは持っていませんでした。未踏を通して社会との繋がりを考えるようになったことが一番の収穫でした。 トレポータルには交換をした後に取引評価をする機能があるのですが、最初に交換が成立した人の取引相手が私で、その方から心のこもったメッセージをいただいた時には感動しました。その人のためにこのプラットフォームを作ったんだと思うくらいでした。

趣味というところから事業へと発展するイメージが湧いたことです。未踏の前はビジネスそのものについて深く考えていないところがありました。法人をどう運営するのか、ビジネスをどうスケールさせるのかなど具体的なイメージはありませんでした。
同期とご飯を食べながら情報交換したりすることで、課題感や目指すところが明確になってきました。今では2、3年後に何をして、どんな規模になり、どんな事業として世の中に存在したいかがはっきりしました。
また、ダブルワークの社会人の方たちとの交流からも驚きがありました。ビジネスとして勝負していくためには、他と違う強みを持つことが欠かせないと改めて気づかされ、自分の強みを見直すきっかけにもなりました。
自分はなんでもやってみたいという広く浅くの人で専門的なスキルがなく、経験値も少ないですが、自分のサービスを広く深く考えて、必要なことについては特定の分野に詳しい人たちの協力を得ることが、自分の強みになると考えるようになりました。

誰もが楽しめるコミュニティプラットフォームへ
未踏期間中に起業することになった背景について教えてください。

グッズ交換サービスをする上で必要となる許認可についてBAの方に相談したところ、古物商認可が必要だろうと指摘され、最初の交換が成立した2023年7月にまず個人で認可を申請しました。そのほうが時間がかからないという判断でした。

法人化の話が出たのは翌月の8月頃からで、真剣に議論されるようになったのは9月からでした。X(旧Twitter)以外にも検証対象を広げることになり、9月初めにTikTokやInstagramなどを活用したところ、登録ユーザ数が3日間で100名から200名に増えたのです。それだけ求められるサービスだと信頼性が問われます。そこで法人登記をしようと考えました。

10月に株式会社トレポータルとして法人化したのですが、特許については特に考えていませんでした。10月の中間報告会でカードの検索機能を動画で紹介したところ「特許がとれるよ」というコメントをいただき検討を始めました。
改めて調査したところ2024年3月までに申請が必要だとわかりました。2023年3月の東京大学本郷テックガレージでの発表がサービス開始だと位置付けられるため、その一年以内に特許の申請が必要だったのです。
開発も佳境でやることが山積でしたが、BAの方に弁理士事務所に繋いでいただき、なんとか2月に特許出願ができました。今では新しい機能を実装する前に特許の準備をしておこうというスタンスに変わりました。
今後はどんな展開を考えているのでしょうか。

未踏で多くの人と繋がりができたことは大きな財産です。グッズ交換プラットフォームを開発する未踏期間が終わって、次に繋がるのは人だと考えています。まず人と人が繋がるグッズ交換ポータルとして「トレポータル」を広げていきます。 想定する市場も日本だけでなく、グローバルに広げていける可能性があると思っています。最終的には誰もが楽しめるコミュニティプラットフォームになることが目標です。

アニメやVTuber界隈も盛り上がっていて、CDショップにもグッズがずらっと並んでいるので、トレポータルの対象領域もK-POP以外に広げていけると考えています。マネタイズについては交換そのものは無料で、売買手数料やサブスク、事業者へのデータ販売など周辺サービスを想定しています。
Message

未踏は性別に関係なく、一人の人間としてやりたいことに堂々と向き合える場です。未踏では、失敗すること自体はむしろポジティブに受け入れてもらえて、そこで何を学んだのかに焦点を当ててもらえます。失敗を恐れずに全力でぶつかれる未踏で自分の殻を破って、どんどん挑戦してもらいたいです!
■プロフィール
神谷 優理さん
東京大学工学部卒。同大学大学院情報理工学専攻を休学中。独学でプログラミングを学び、AWSで1年あまりの間インターンを行った。大学院では農業用ロボットの開発に従事。趣味でSEVENTEENのトレカを集めている。トレカの交換で課題を感じ、トレポータルの開発を始めた。

経済学部でコードが書けないことで、敷居が高いと感じていましたが、技術をどうビジネス化するのか、サービスをどう使ってもらうのかというところで貢献できたと思います。応募で失うものはありませんし、自分が成長できるチャンスでもあります。
■プロフィール
上條 由利菜さん
東京大学経済学部4年。2年次にソニーと東大の社会連携講座「IGNT」にて、羽田空港の謎解き企画に参画。国際経営のゼミに所属し、昨年は福井製作所のインターン生としてシンガポールで開催されたGastech 2023に参加。自身は日本のバンドやアニメを推しており課題を感じていたが、トレポータルへの加入をきっかけにK-POPの推し活も始めた。