
未踏IT人材発掘・育成事業プロジェクトマネージャーの落合 陽一PMが大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「null2」をプロデュース。パビリオンのプロデュースという一大プロジェクトに挑んだ感想は? 未踏人材の関りについてもお話を聞きました。
物質と情報、リアルとバーチャルの境界を溶かす建築彫刻「null2」とは
2つの鏡が未知の風景をつくりだす
今回、万博でプロデュースされたパビリオンの概要について教えてください。
落合「null2」は、変形する鏡で外壁が覆われていて、周囲の風景を歪めて映し出します。内部はデジタル の鏡で全面が覆われ、高輝度なLEDの光や来場者の姿、来場者をデジタル化したデジタルヒューマンが無限に映し出されます。時代性がある物理の鏡と新しいデジタルの鏡、2つの鏡によって未知の風景をつくりだしています。
鏡を多用されている背景は何ですか。
落合 日本の美術のモチーフのなかで鏡は非常に重要なモチーフです。21世紀にはどのような鏡がありうるのか、その課題について考え取り組み、具現化した“建築彫刻”がnull2です。建築的にも大きなスケールを持ち、内部にはロボットアームやアクチュエーター、スピーカーが組み込まれています。振動したり、形が変わったり、音を出すことで、建物そのものが生き物のように感じられる構造になっています。

巨大な生命体のような異形の建築物「null2」。風景を歪ませ、AIが生成した鳴き声を発する。
パビリオンの来場者はどのような体験ができますか。
落合 まずスマホのアプリを使って来場者は自分をデジタル化します。パビリオン内部に入ると、そこはミラールームになっていて、デジタル化された自分が話したり動いたりしている様子が映し出されます。それを生身の自分が見ている状況です。ミラールームを出ると、実は外側からその部屋の内部が見える仕組みになっていることがわかります。今度はデジタルヒューマンを見ている人たちをさらに外側から客観的に眺めるという入れ子構造を体験することになります。
これらの体験を通じて伝えたいことは。
落合 「自分と他人の境界」や「物理とデジタルの境界」といったものが徐々に溶けていく、かつ建築物という人間よりはるかに大きなものが生き物のように動いている状況のなかで、「いのちとはなんだろう」と考えてもらえればと思います。

パビリオン内部は天井、床、四方の壁すべてがデジタルの鏡に覆われている。LEDの光や、アプリと連携して取り込まれたデジタルヒューマンの姿が反射を繰り返し無限に映し出される。
万博のパビリオンは作品と同じ
今回の大阪・関西万博はどのような万博だと思いますか。
落合 万博は、その時代が抱えている課題や関心を映し出してきました。19世紀の万博では工芸や輸出品が中心で、1970年の大阪万博は科学技術の発展がテーマでした。今回の万博は、AIや人類の未来、社会の分断といった地球規模の課題が焦点になっていると感じます。
万博でプロデュースをするという体験をしてみていかがでしたか。
落合 僕が万博に関わり始めたのは2017年の招致活動の時点だったので、30代の大半を万博に関わることになりました。万博のパビリオンをつくるということは、非常に規模の大きな作品をつくるのと同じです。スポンサーを集めてゼロから建物を建て、アプリやAIのシステムなどのコンテンツを作り、運営までする、全工程に関わるというのはレアで大きな体験だったと思います。インフラもない埋立地に誰もつくったことがない建築物をつくり、しかも会期終了後には撤去される。非常に難易度が高いチャレンジをやり切ったことは大きいですね。これから先、火星に彫刻をつくることがあっても、たぶん実現できると思いますよ。
物をつくる人がメンバーだから実現できた
制限があるなかで、技術的にも非常に先進的な取り組みをされています。
落合 技術的にはかなりすごいことをやっています。 AIを全面的に使い、ハードウェア的にもLEDの一粒から設計したり、外装膜の素材を開発するところからすべて手がけています。
この企画をまとめたのは2021年だったのですが、技術的な予測はぴったり当たりました。2025年、万博開催時点におけるAIの進化も予測通りです。
高度な技術的要素は詰まっていますが、すべて自然に融合していて、テクノロジーのすごさを主張するものにしていないところがポイントだと思います。
これらが実現できた理由はどこにあると思いますか。
落合 うちのチームは、ほぼ全員がエンジニアかクリエイターだというのが大きいですね。物をつくれる人しかいない。企画書を作って発注してさらに孫 請けが制作する……といった多段階発注はありません。null2は無駄なところに工数を割いていないので、圧倒的にコストを抑えることができました。多くの未踏修了生にも協力してもらっています。
外観だけでも見に来てほしい
null2は万博でも屈指の人気パビリオンとなっていると聞いています。
落合 なかなか予約が取れないのは事実です。キャパシティが決まっているので、積極的にプロモーションしても、来られなくて悲しい思いをする人が増えるだけなのは難しいですね。アプリのダウンロード数も予算が決まっているので、あまりダウンロード数が増えるとサーバー代や保守費がまかなえなくなってしまう。そういうジレンマはあります。もちろん、多くの人に体験してもらいたいという思いは強くあるので、ぜひ会場に足を運んで、外観だけでもその目で見ていただきたいと思います。

落合 陽一(おちあい よういち)
メディアアーティスト/ 筑波大学 デジタルネイチャー開発研究センター センター長。境界領域における物化や変換、質量への憧憬をモチーフに作品を展開。著作多数。 2023 年度より未 踏IT人材発掘・育成事業のプロジェクトマネージャーを務める。
「null2」に関わる未踏人材

アスラテック株式会社 吉崎 航さん(2009年度上期未踏本体)
パビリオンの外壁は裏面にあるロボットアームが動作することで変形している。吉崎航さんがチーフロボットクリエイターを務めるアスラテック株式会社が技術提供。
さくらインターネット株式会社 田中 邦裕PM(未踏IT人材発掘・育成事業PM)
田中PMが代表取締役社長を務める さくらインターネット株式会社がサプライヤーとしてMirrored Bodyの運用に必要なGPU サービスおよび周辺機器などを提供。
アクセル株式会社 青木 海さん(2015年度未踏IT人材発掘・育成事業)
null2 企画時にアイデアや知見の提供等で参加。
株式会社メタクロシス 新井 康平さん(2022年度未踏アドバンスト事業)
デモアプリの制作時に身体および衣服の3D モデル制作を実施。