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2004年度第2回未踏ソフトウェア創造事業  採択案件評価書


 



1.担当PM

 

 長尾 確  (名古屋大学 情報メディア教育センター 教授)



2.採択者氏名


 代表者

 森 純一郎 (東京大学 大学院生)

共同開発者

 杉山 達彦 (有限会社ウニークス 取締役社長)

 松尾 豊 (独立行政法人産業技術総合研究所 情報技術研究部門・研究員)



3.プロジェクト管理組織


 株式会社リオ



4.委託金支払額

 

 7,065,731円



5.テーマ名

 

 人の社会ネットワークを考慮した情報共有のためのアクセス制御環境の開発



6.関連Webサイト


  http://www.roligan.net



7.テーマ概要


 このプロジェクトでは、社会ネットワークを利用した情報共有技術の開発を行った。開発したシステムは、利用者がコンテンツを作成し公開する時に「誰がそのコンテンツにアクセスできるか」という共有範囲の決定を支援するものである。共有範囲は、社会的関係、信用度や社会的距離などの社会ネットワークに基づいて設定することが可能である。
 アクセスできないコンテンツがある場合は情報の受信者と発信者の間で共有の可否に関するインタラクションの支援を行う。これによって情報発信者にとって適切な共有範囲を保ちつつ効果的な情報共有を促進する。さらに、共有の結果、関係の強化や新たな関係を構築するなどの情報共有と社会的関係のサイクルを回すことにより、ひいては共有される情報の流れ、量、質などの大局的変化をもたらすことが期待できる。



8.採択理由

 

 個人情報の任意の要素に対するアクセス制限を社会ネットワークの仕組みに取り入れる発想はよい。ただし、ユーザへの負担が増える分だけ、提供される情報の質が向上する仕組みを確立する必要がある。困難な問題に取り組む姿勢を評価して採択とするが、今回は問題を適切な規模に限定して確実に成果を挙げて欲しい。




9.開発目標


 現在のところWeb上でユーザーが情報共有を行う場合、掲示板やWikiなどのWebツール、専用のコミュニティ/グループウェア、メールなどさまざまな環境が用いられる。このような従来環境において情報共有のアクセス制御は一般に各ユーザーの属性およびグループ形成することにより行われている。このグループに基づくアクセス制御の基本的な考え方はUNIXのパーミッションの概念であり、特定のグループに属するユーザーに対して情報へのアクセス権を付与するというものである。例えば、近年多くのサービスが登場しているSNSではユーザーのコンテンツを「友人のみ」や「友人の友人のみ」に公開というように友人によるグループを形成することにより情報の共有範囲設定を行っている。多くのシステムで使用されている、グループに基づくアクセス制御では、情報発信者の公開意図を考慮したときに次のような問題が存在する。

 1.本来は多様なはずの人の社会的な関係をグループという概念で単純化しているためユーザーは情報共有をする際に共有相手の詳細な指定が困難である。友人には、学校の友人、趣味の友人などが存在し、また親しい友人もあれば疎遠な友人も存在する。実社会での情報共有を考えると、例えば「学校の親しい友人にのみ知らせたい」というように我々は、グループよりも詳細な社会的関係に基づく情報の公開意図を持っている。

 2.グループでは社会的関係や情報公開意図の動的な変化に対応が困難である。グループを形成しても、実社会においてグループは永続的ではなくメンバーが参加、離脱することはしばしばである。また、グループのメンバー間の関係種や信頼度といったものは常に変化する。さらに同一グループであっても情報の内容に応じて共有する相手を変更する必要がある。グループに基づくアクセス制御を用いてこのような変化に対応するにはグループの生成、管理を頻繁に行う必要があり、非常に煩雑、非効率的である。

 これらの問題に対して社会ネットワークに基づく情報共有を行う際には、以下のようなことを考慮する必要がある。
  ・ユーザーの実世界の社会的関係をモデル化し抽出することで、より実世界の関係に基づく情報の公開意図が反映できるようにする。
  ・社会的関係と情報共有範囲の柔軟なマッピングを行うことで、発信する情報に対してユーザーが容易に公開意図を付与できるようにする
 このため、開発するシステムには次のような機能が求められる。
  1.社会ネットワークのモデル化・抽出・編集機能
  2.社会ネットワークを利用した共有範囲設定機能
  3.社会ネットワークを利用した情報共有システム
 具体的には以下のような機能の開発を行う。
  -社会的関係を記述するためのオントロジー
  -社会ネットワークを自動抽出する機能
  -社会ネットワークを編集する機能
  -社会ネットワークを可視化、分析する機能?社会ネットワークに基づく共有範囲を設定するルールの設計
  -社会ネットワークに基づく共有範囲を設定および確認する機能
  -情報共有に基づく信用性モデルの構築
  -情報共有に関するユーザー間インタラクションを支援する機能
  -社会活動と情報共有活動の間の効率、双発的なサイクルモデルの構築
  -社会ネットワークに基づく情報共有サイトの構築
  -既存の情報共有ツールへの組み込み機能



10.進捗概要


 以下の要素技術の研究、開発、実験および評価を行い、その成果を統合した、ROLIGANと呼ばれる社会ネットワークに基づく情報共有技術を実現した。
  -ユーザーの持つ実世界の社会的関係を容易に抽出、システム上に表現
  -社会的関係からの社会ネットワークの構築および可視化と分析
  -社会ネットワークの要素、関係の種類、信用度、距離、中心性などを利用した柔軟な共有範囲の設定
  -既存の情報共有ツールとの容易な統合
  -情報共有と社会関係のサイクルモデルによる情報共有の促進



11.成果

 図1.システム概要図
  

 図1は、開発したシステムの概要図である。
 システムはブログやWikiなどの既存Webアプリケーションのプラグインとして利用可能である。これによりユーザーは従来のアプリケーション上で社会ネットワークを利用した情報共有を行うことができる。
 ユーザーは関係編集機能により、自身の社会ネットワークを入力、編集、管理を行う。また、Webやemailなどの外部ソースに情報がある場合(Web上に表れる氏名や、emailの送受信履歴など)は、社会ネットワーク抽出機能によりユーザーの社会ネットワークデータを自動的に抽出する。
 ユーザーは情報発信時に、自身の社会ネットワークを用いて共有範囲をコンテンツに設定する。共有範囲は関係の種類、信用度、距離などを組み合わせたルールを用いて指定する。また、共有範囲を設定する際にユーザーはネットワークを可視化することで情報の流れに関して気づきを得ることができる。また、ネットワーク分析によりネットワーク構造的な自分と他者の状況を把握することも可能である。
 アプリケーションは他のユーザーからその情報に対するアクセス要求を受け取るとあらかじめ設定されたアクセス権を元にアクセスを許可するかを決定する。アクセスが許可されていないコンテンツがある場合、ユーザーは発信者に共有の要求を出すことができる。
 

 (1)社会的関係のモデル化、抽出、編集機能
 社会的関係のモデル:社会的関係はFOAF(Fried of a Friend)を拡張したものにより表現を行う。そのために社会関係を整理して記述するための人間関係オントロジーの開発を行った。第1版システムでは、関係の属性について、例えば研究者のドメインならば所属組織、参加プロジェクト、研究分野などの属性をトップダウンに与えてユーザーはそれに対して、石塚研究室、未踏プロジェクトなどの具体的な関係を入力し人間関係オントロジーにもとづき整理するという形をとっていた。いくつかの実験結果を考慮して改良したシステムでは、特定の関係属性を規定せず、ユーザーは自由にさまざまな関係を入力していくというボトムアップなアプローチを採用した。
 相手との関係の重みとして信用度を用いた。社会的関係の強さは感情、頻度、信頼や相補性など複合的で多岐に渡る。システムでこれらを扱う場合は、対象を限定し単純化することが必要である。例えば、ソーシャルネットワークサービスのOrkutでは友人との関係の強さを``haven't met''か``best friend''までの5段階で表している。
 我々は、「相手がどのように自分の情報を扱うか」に関するreliabilityを情報共有における信用度と定義し、ユーザーが入力した離散的な値を利用し2者間の間の最小値を2者の間の信用度とする最小流量モデルを用いている。また、信用度は情報共有の結果により変化する。例えば、2者の間で頻繁に共有が行われている場合は信用度が上昇する。

 社会的関係の抽出:2者に何らか社会的関係があるとき、コミュニケーションが多く発生する。その形態は実際の会話であったり、オンライン上でコミュニケーションであったりする。これらのコミュニケーションから、空間的に近い位置に存在する、Web上に2者の名前が現れる、などのようにして観測可能な情報が生まれる。したがって、社会的関係の抽出は、こういった観測可能なものから社会的関係を推定することと等しい。社会的関係の抽出はWeb、email、スケジュールデータ、引用関係 やFOAF filesなどさまざまな情報源を対象に研究がなされている。我々は関係の自動抽出として主にWebおよびemailの情報を使用している。抽出の基本的なアイデアは、ある2者について多くのWebページに氏名があらわれている場合(emailならばやり取りの頻度)に、それらの間に関係があると推測するものである。関係の強度は氏名の共起に基づいている。自動抽出はWebやemailなどの外部情報源がある場合にユーザーの初期社会ネットワークを構築するのに利用可能である。

 社会的関係の編集:入力もしくは抽出した社会的関係についてユーザーは編集をすることが可能である。その際にユーザー間で使用する語彙や粒度(例. 慶応義塾、慶大、慶応大学、慶応大学○X研)がなるべくそろうように、他の人が使用している関係や全体で使用されている頻度を参照できるようにしている。

 (2) 社会ネットワークを利用した共有範囲設定機能
 ユーザーは情報発信時に、自身の社会ネットワークを用いて共有範囲を情報に設定する。その際、共有範囲は関係の種類、信用度、距離などを組み合わせたルールを用いて指定する。関係の種類は、入力・編集された社会的関係を選択できる。信用度は最小流量モデルにより決定され、1から10の離散値をとる。距離はネットワーク上のホップ数である。いわゆる、知り合いの知り合いは距離2である。ルールは共有ルールと呼び、ルールを組み合わせて共有範囲の設定を行う。設定後は、コンテンツとあわせてアクセスポリシーとして保存され、後に同様の情報を共有しようとするときそのポリシーを再び適用可能である。また、ユーザーはあらかじめシステムが提供するデフォルトポリシーを適宜修正して利用することができる。ポリシーはXACML(Extensible Access Control Markup Language)へも変換可能である。
 共有範囲を設定する際にユーザーはネットワークを可視化することで情報の流れに関して気づきを得ることができる。また、ネットワーク分析によりネットワーク構造的な自分と他者の状況を把握することも可能である。

 
 (3)社会ネットワークを利用した情報共有システム
 開発のプロタイプシステムとして、図2に示すようなWebコミュニティサイトを開発した。
 開発・実行環境は以下の通りである。

  開発環境:PHP4、JavaScript、 Java 1.5.x

  実行環境:Apache、 PHP4、 MySQL 4.x、 JavaScript

 

 

サイトトップ

 

関係の入力・編集

 

 

コンテンツ(ブログ)作成

 

共有設定選択

 

 

共有範囲設定

 

共有範囲設定されたコンテンツ

 

図2 情報共有サイト(第1版)

 

 Webサイトは、異なる組織、プロジェクトに属する研究者間の情報共有を目的としたものであり、ブログ、Wiki、スケジュールなどのツールを使用して研究データやアイデア、論文、報告書、スケジュールなど多様な情報に対して社会ネットワークを利用して共有範囲を設定することが可能である。

 

 (3) 社会ネットワークを利用した情報共有システム(改良版)
 いくつかの被験者実験の結果を受けて、図3に示すような情報共有システムの改良版の開発を行った。
 第1版に比べ、ほとんどがhtmlベースによる操作が可能となり軽量化された。また、関係の入力・編集に関してはユーザーが自由に入力可能でありボトムアップ的な関係の構築がおこなえる。さらに、共有範囲設定後の新たな共有の要求やそれを受けての関係の更新、さらなる共有といったサイクルが特徴である。


 

共有範囲詳細設定・確認

 

コンテンツにアクセス

 

 

共有状況確認・共有要求の対応

 

 

社会ネットワークの表示

図3.情報共有サイト(改良版)

 

 関係の入力・編集:
 社会的関係の入力や編集を行う。自分のまわりの知り合いや関係のブラウジングや検索を行うことができる。また、関係を社会ネットワークとして可視化することにより関係の視覚的な確認やネットワーク分析が可能。

 コンテンツの作成:
 ブログやWikiなどのツールを使ってコンテンツの作成が可能。詳細な共有範囲の設定を行う必要がない場合は非公開か公開かまたは任意の関係を選択することで設定可能。Secret tagを使用することにより共有範囲はコンテンツ全体だけでなくコンテンツの一部に対しても設定可能。


 共有範囲の設定:
 作成したコンテンツに対して共有範囲を設定。コンテンツが提供するアクセスの各タイプに対して社会的関係、信用度、距離などに基づき共有する相手を決定。社会ネットワークを表示することで視覚的に共有範囲を確認しながら設定可能。

 コンテンツにアクセス:
 共有されたコンテンツにアクセス。作成者に対してメッセージを送ることが可能。また、アクセスできないコンテンツがあれば[見せて]ボタンを押すことで共有の要求を送ることも可能。共有が許可されれば新たにアクセスが可能。

 共有範囲・状況の確認:
 共有したコンテンツに誰がアクセスできるのかという共有範囲の確認や誰がアクセスしたか、いままで誰とどのようなコンテンツを共有したのかといった共有状況の確認が可能。コンテンツに対して共有の要求があれば適宜、共有範囲を更新。
 また、共有の結果として新たな関係の入力や更新を行う。

 

図4.ROLIGANの情報共有サイクル



12.プロジェクト評価


 このプロジェクトは、ほぼ当初の予定通り、着実に遂行されたと思われる。背景となる理論的な考察もなされ、実装に関しても短期的な目標は概ね達成されたと言えるだろう。ただし、筆者とのミーティングにおいて設定された、より一般的なモデルの構築や大規模な実験に関する目標については残念ながら期待通りの結果を出せなかった。開発されたシステムは、現在のSNSの不備を補うものであるため、普及に関する努力を怠らなければ、多くの人に受け入れられるものとなる可能性がある。今後の発展に期待する。

 



13.今後の課題


 今後の課題としては以下のものが挙げられる。

 ・大規模なユーザーの扱い
 数千、数万という大規模なユーザーの数にも対応できるように社会ネットワークの効率的な可視化について検討を行う必要がある。ネットワークの全体および一部の同時表示や拡大縮小などの機能は現在もあるが、さらなる工夫が必要だろう。

 ・多様な関係の扱い
 ユーザー数が増加すれば、扱われる関係も膨大になるだろう。ユーザーの関係入力に際して負荷の軽減や関係の統合・抽象が必要となる。そのために、現在のソーシャルブックマーキングで行われているようなFolksonomy(ユーザーによるカテゴリー情報の定義と共有化)が利用できるかも知れない。また、関係オントロジーを使ってマッピング、上位下位概念、推論などを導入することで、多様な関係を扱えるようにできるだろう。

 ・共有範囲設定操作の簡略化
 ユーザーがさらに共有範囲を設定可能なように、共有ルールの機械学習や他の人とルールを共有できるようにする必要があるだろう。また、視覚化されたネットワーク上でも設定ができるようにするべきであろう。

 ・普及活動
 近年、ブログやWikiなどのツールとSNSを統合してソーシャルネットワーク上で情報共有を行おうという動きが盛んになってきており、さまざまなツールやアプリケーションがリリースされている。このような背景の中、このプロジェクトで開発を行ってきた社会ネットワークを利用した情報共有技術は、それらのツールやアプリケーションと親和性が高くかつ基盤となる技術であるため、普及の見通しは大きいと考えられる。そのため、事業化等の積極的な普及活動が必要だろう。


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