太田 耕平、キニ グレン マンスフィールド
IPv4アドレスの枯渇[1] がいよいよ目前にせまり、IPv6への移行が急務となっている。これまでに多くの技術課題が克服され、実装の普及も現実的な段階となっている。しかし、その運用については十分に検討されているとはいえない。
IPv6はバックボーンネットワークへの導入が進んできており専門家の間では運用ノウハウの蓄積も進んでいる。一般の企業や家庭では、広く利用されているサーバおよび端末の多くでIPv6の利用が可能となっており、デフォルトでIPv6機能がONになっているケースも増えている。そのためネットワーク内で気が付かないうちにIPv6通信が発生していることも多い。しかし、企業や家庭で現在のIPv4と同等以上のセキュリティ、内部ネットワークの独立性/一貫性などをIPv6でどのように確保するかといった具体的な運用ノウハウの蓄積は十分ではない。
本稿では、企業や家庭でのIPv6利用を想定して、IPv4で一般化しているNAT/NAPT(Network Address Translation/Network Address Port Translation)との関連をベースに、IETF(Internet Engineering Task Force)での議論を紹介する。インターネットはEnd-to-Endの接続性を確保することを基本原則として設計され、それが飛躍的な発展の基盤となったため、IPv4で導入せざるを得なくなったNATは当初から大きな議論を呼んだ。IPv6ではNATを不要にすることが大きな設計目標のひとつであったため、IPv6でもなおNATが必要であるかどうかは重大な論点になっている。なお本稿では特に断りなくNATと記述する際にはNAT/NAPTの両者を含むものとする。
IPv6におけるローカルネットワークの保護はそのセキュリティおよび運用の完全性(Integrity)を含めて2007年に発行されたRFC 4864[2] で基本的な議論がなされており、その後の標準化の議論の基盤として繰り返し参照されている。
RFC 4864ではローカルネットワークの保護のために達成すべき項目と方法をIPv4+NATとの対比で議論しており、IPv6では原則としてNATなしでそれらを達成できると結論付けている。しかし、その後の議論によって特にアドレス変更、マルチホーム対応、さらには設定情報の一元化を現実的に解決するためには依然としてNATも有効であることが指摘され、これまでの「誤解に基づく」セキュリティ上の必要性からIPv6でもNATの利用がなし崩し的に広がることが懸念された。その結果、標準化されない技術が広がることを防ぐという目的も含めてIPv6でのNATであるNAT66[3] が提案されるなどの議論が続いた。
2010年7月、IAB(Internet Architecture Board)1はそれらの議論を踏まえて「End-to-Endの原則」[4] に照らしてNATおよびIPv6の関係を整理しその見解をRFC 5902[5] として発行した。以降では、RFC 4864およびRFC 5902で述べられている広く信じられているが実際にはNATでは解決できないセキュリティ上の課題とその対策、一方でRFC 4864でIPv6ではNATなしで解決できるとされているが現実的にはNATも有効な解決策となりえる課題について概説する。
NATは本来IPv4グローバルアドレスを節約するための方法として策定され利用されてきた。しかし、その本来の機能以外に副次的にもたらされる効果が、技術的には不十分であり、かつそれらを利用することによる副作用があるにもかかわらず、NATの導入によって自動的に得られる便利な機能であるかのように認知されてしまっている。特に大きな影響があるのは以下の機能である。
一方で、RFC 4864 で指摘されている以下の課題については、NAT66[3]、RFC 5902等で実際にはNATを現実的な解として検討できることが議論されている。
RFC 5902で述べられているIABの見解は、「IPv4で広く普及し、しばしばセキュリティ的な意味もあると思われているNATは、実際にはセキュリティ装置として利用できるとはいえず、その観点からはIPv6でNATは不要である」としている。一方で、現状ではアドレス変更、マルチホーム対応、設定情報の統一という課題に対してはNATの有効性を否定できないことも述べている。
RFC 5902では、これらの課題を考えるにあたっては、NATの有効性を考えるのではなく、あるサイトがNATを利用することによって、NATを利用しない残りのインターネットがどんな影響を受けるかが重要なポイントであることを指摘している。
NATの有無が大きく影響する「End-to-Endの原則」は、これまでインターネットの発展を支えてきた重要なコンセプトであり、これを保持できるかどうかは上記の課題の解決と両立できるかどうかにかかっていることから、IABではRFC 5902を通して「End-to-Endの原則」を確保できる提案を強く求めている。
一方で、目前にせまったIPv4アドレスの枯渇に対応するためにはIPv6の普及が不可欠であり、企業や家庭のネットワークでの実用的で安全なIPv6の構築と運用には、RFC 4864でも指摘されているIPv6で導入できるようになるプライバシアドレスやULA、複数アドレスの積極的な利用についての実用的なノウハウの蓄積が求められている。
以上
| [1] | IPv4アドレス枯渇対策タスクフォース,「IPv4アドレス枯渇について」, http://www.kokatsu.jp/blog/ipv4/ |
| [2] | G. Van de Velde, T. Hain, R. Droms, B. Carpenter, E. Klein, “Local Network Protection“, RFC 4864, May 2007 |
| [3] | M. Wasserman, F. Baker, “IPv6-to-IPv6 Network Address Translation (NAT66)”, Internet-Draft, http://tools.ietf.org/id/draft-mrw-behave-nat66-02.txt, Nov. 2008 |
| [4] | Aboba, B. and E. Davies, “Reflections on Internet Transparency”, RFC 4924, July 2007 |
| [5] | D. Thaler, G. Lebovitz, “IAB Thoughts on IPv6 Network Address Translation”, RFC 5902, July 2010 |
| [6] | Bellovin, S., “A Technique for Counting NATed Hosts”, Proc. Second Internet Measurement Workshop, November 2002 |
| [7] | Narten, T. , R.Draves, and S. Krishnan, “Privacy Exensions for Stateless Address Autoconfiguration in IPv6”, RFC 4941, September 2007. |
| [8] | Hinden, R. and B. Haberman, “Unique Local IPv6 Unicast Addresses”, RFC 4193, October 2005., |
| [9] | Troan, O. And R. Drms, “IPv6 Prefix Options for Dynamic Host Configuration Protocol (DHCP) Version 6”, RFC 3633, December 2003. |