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2006年度上期 未踏ソフトウェア創造事業  採択案件評価書

 


1.担当PM

   美馬 義亮  (公立はこだて未来大学システム情報科学部 助教授)


2.採択者氏名

開発代表者

池上 高志 (東京大学 大学院 総合文化研究科 助教授)

共同開発者

渋谷 慶一郎 (ATAK 主宰)

大海 悠太 (東京大学 大学院 総合文化研究科 博士課程 3年)

江原 寛人 (ATAK 所属 / port 主宰)


3.プロジェクト管理組織


   株式会社ノトス


4.委託金支払額


  7,987,848


5.テーマ名


 第三項音楽に関する総合的ソフトウェア群の開発

 


6.関連Webサイト


 なし


7.テーマ概要


 このプロジェクトでは、昨年の 12月に池上高志(複雑系研究)と渋谷慶一郎(音楽家)によって新しく提唱された新しい音楽スタイルである「第三項音楽」を発展させるためのコンピュータ・ソフトウェア群を開発する。第三項音楽とは、反復と差異という二項対立からつくられる既存の作曲技法に対し、作曲者が非明示的に取り入れている第三項を明示的に取り扱おうというものである。第三項音楽は変化と運動をベースにした音楽を指向する。このために必要なあらゆるレベルのソフトウェア群を開発し、第三項音楽の活動をシステマティックに展開する。ここで開発するソフトウェア群とは、textベースのデータファイルとオーディオデータファイルを可逆的に変換するソフトウェアに始まり、多層レイヤーのサウンドファイルを自律的に変化させながら構成するソフト、外部音源を初期データとして進化発展させるためのソフトウェアツール、インプロヴィゼーション型のライブ演奏におけるパターンサーチと変遷のためのソフトウェア、などである。これらは相互にやりとりできる総合的ソフトウェア群である。既存の音楽ソフトと異なり、この総合的ソフトウェア群は i) 運動とパターンをベースにしたもの、であり ii) 生命のような自律的構造を備えたもの、である点が特徴である。第三項音楽は池上が10年来研究してきた人工生命の研究と精神を同じにし、音楽を譜面と解釈からも解放し、いわば演奏者と楽器が不可分の新しい音楽の形を提案するものである。

 


8.採択理由

 第三項音楽というのは、ソフトウエアの中に存在する仮想機械がデータを読み書きしながらその動作の過程で音楽を奏でるというものであるが、音楽というより、音を出すものに近い。この音楽は、開発者の作成したソフトウエアを用いて、音楽家のアレンジを経て演奏されている。現状はプロトタイプ的なシステムが存在し、演奏会も開催されているようである。しかし、ソフトウエアとしてはまだ、音が出せる状態であり、演奏のために利用できる楽器に変わるものという状態ではない。このため、実際にシステムの背景にあるを整理し、第三項音楽の演奏理論と演奏システムを確立していただきたい。

 





9.開発目標

開発目標となるソフトウェア群とは、text ベースのデータファイルとオーディオデータファイルを可逆的に変換するプログラム、多層レイヤーのサウンドファイルを自律的に変化させながら構成するプログラム、外部音源を初期データとして進化発展させるためのツール、即興型のライブ演奏で利用するパターンサーチと変遷のためのプログラムなど、データを相互にやりとりでき音の創生を行うために使われるものである。


10.進捗概要

プロジェクト発足前から、プロトタイプのソフトウェアが存在し、演奏会も開かれていたが、プロジェクト発足と時期を同じくして、山口情報芸術センターでのインスタレーションを目指して新たなプログラムの作成が行なわれた。このプロジェクトは一種の楽器を作るプロジェクトでもあると解釈できるかもしれないのだが、この楽器づくりの過程がまずは音色を出してみて楽器の部品を取り替えて次に進むといった、設計図のないものづくりのようなもので、たとえてみれば、渋谷さんが演奏しようとする楽器を、池上さんが旋盤で部品をけずりだしては組み立てているような状況だったのではないかと察する。大人たちが何人もかけて魂をつめて、何日も睡眠時間を削って作業を終えてfilmachine が完成したのが8月初旬であったが、立体音響システムHuron を用いて実現された音響空間は質の高い音の世界を提供していた。

10月初旬までfilmachine のインスタレーションが行われたが、このあとも音楽生成プログラムという音色の生成を行うプログラムが継続につくられるとともに、ノイズ的な音色に空間を移動させるためのHuron 用上でのコンテンツを作成するためのGUI などが制作されて現在に至っている。

 


11.成果

最初に、第三項音楽について少し紹介する。第三項音楽は一見(一聴?)するとノイズではないかと感じてしまう音楽である。だが、聴覚のモードを変えると聞こえてくる世界が確かにある。そのことは「日本人が虫の音から心地良い音の心象風景を感じ取れるのに、日本の文化圏の外側で育った人には虫の音がノイズとしてしか捉えられないといわれる」といったことから類推すると、理解しやすくなるかもしれない。実際のところ、周到に準備された空間で渋谷さんの作られた、あるときの演奏を聴くと、私などには、屋久島の森の中のような、コケや羊歯などの繊細な植物が生い茂っている複雑なテクスチャからなる世界が浮遊しているような気分になるのが感じられた。いってみれば非常に情報量の多い音響空間がひろがりを感じることができる。この感覚は、最初に第三項音楽を聞いてから、いくつかの場で第三項音楽を聴くにつれさらに深まっており、さらにだんだんブレのない認識へとかわっている。こういう音楽世界は、池上さんの開発されている人工的な音色作りを作り出すためのソフトウェア群を用いて作られ、加工されるわけである。

 

このような音楽やインスタレーションを実現するために作られたソフトウェアは以下のとおり。

 

1.sndchanger(データの変換プログラム)

データファイルとAIFF 形式の変換プログラム

2.音色生成プログラム(個別の原理に従って音色データを生成するプログラム)

セルオートマトンを用いたサウンド生成

Logistic 写像を使ったサウンド生成

テープとマシンの共進化ダイナミクスを用いたサウンドファイル生成

 

     

 

3.Huron 用アプリケーション(複雑な音の発生源の異動を可能にする)

立体音響システムHuron 上で音を移動させるパターン

 

 

このほかに、インスタレーションの中で使用されるLED 表示のためのアプリケーションプログラムなども補助的なものとして作成された。

 

本プロジェクトで開発されたプログラム開発の延長上にある成果としては、上記のプログラム群を利用して作られたものとして、インスタレーション作品「filmachine」、CD 作品「ATAK010 filmachine phonics」、インスタレーション作品「Taylor Couette Flow,コンサート「ATAK NIGHT3」などがある。

 

               

 


12.プロジェクト評価

このプロジェクトは渋谷さんという音楽の表現を求めるクリエータと、渋谷さんに対して求める音や動きを与えるクリエータたちのコラボレーションという形で進行した。プロジェクトの最中にもいくつものインスタレーションや演奏会を経験し、このような経験のなかから、さらに新たなツールや音楽が生まれるという形でプロジェクトが進行してきたのではないかと思う。このプロジェクトでは、第三項音楽という新しい音楽理論がプロジェクトの原動力であり、また、最終的な評価としてはいくらまとまりの良いパッケージができても、それから作り出される音楽がつまらないものであっては成功とは言えない。今回のプロジェクトの印象では、音楽面ではおそらくかなり良いものができているのであろうと思うし、何人もの専門家の方々の絶賛があるので十分に満足できる結果が得られたと考え

るべきであろう。一方、今回のプロジェクトで作成されたソフトウェアツールは、万人向けというよりも、いわば職人の親方用にオーダーメードされた道具が数多く作り出されたような状況に近いという表現があてはまるのではないかと思う。このようなツール作りの継続的な充実が新しいフェーズにつながると考える。

 


13.今後の課題

音楽活動のような創作活動は、人的資源を限りなく使い手探りで、新たな表現を行なおうというものである。この手探りのなかで新たな表現を生み出すツールを作り出そうというわけであり、あたらたなサウンドを見つけ出すことは簡単なことではない。こういう状況のなかで、現場でいわば「現物合わせ」的な手法でプログラム(群)が作られてきたわけであり、状況はまだまだ、「ダイアモンドの原石状態」である。このような状況の中でソフトウェアツールとしての有効性を発揮させるためには、全体を再設計して、ある程度の汎用性をもったサウンド作りのツールの枠組みを作り育てていくことだと考える。すくなくとも1)音色作成の方法、ユーザーインターフェースやAPI などのフレームワークのなかでの標準化、2)ツール間の協調強化などが必要である。コンセプトレベルの概念だけでなく、操作レベルの概念を明確にしてゆくことが必要である。この種のプロトタイピングに向いた言語の採用あるいは設計といった発展の方向があるのかもしれない。

 




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