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2006年度上期 未踏ソフトウェア創造事業  採択案件評価書

 


1.担当PM

   北野 宏明   (株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 取締役副所長)


2.採択者氏名

開発代表者

島地 広哲 (フリーランス)

共同開発者

なし  


3.プロジェクト管理組織


   財団法人国際メディア研究財団  


4.委託金支払額


  9,496,885


5.テーマ名


 環境負荷指標 OpenTrace の開発

 


6.関連Webサイト


 なし


7.テーマ概要


 あたらしい環境指標 OpenTrace の提案です。

既存の環境指標は、生産者が末端の原材料まで遡って環境負荷を同定することで、信頼性の高い指標を作成することができました。しかし、その作成には時間的にも金銭的にも大変な負担を伴います。そこで本提案では、『自己完結せず、信頼性を担保しない指標』という思い切った前提をとり、「消費者の側を向いた環境指標」、「小規模の生産者が利用できる環境指標」といった命題に対するあたらしいアプローチを示します。
OpenTrace
において最も大きな特徴は、シンプルである、という一点に尽きます。計算モデルの簡略化を基点とし、生産者にも消費者にも分かりやすい指標を目指しました。生産者の負担を最小限に抑える仕組みや、GPLライクな伝播ライセンス、環境情報を動的にトレース・計算可能なシステム、誰もが自由に利用可能なAPI群等々・・、OpenTraceは、まったく新しい環境指標になるでしょう。

OpenTrace
の本質は、生産の連鎖や人々の営為、そしてその背後にある自然とその未来を想起させることにあります。
ものの見方を変えるための教材として、世界を取り戻すためのツールとして機能することを望んでいます。


8.採択理由


OpenTrace
は、情報・通信の力で環境問題に何ができるかを示そうとする意欲的な試みである。多くの提案が、情報の枠に閉じこもる中で、新たな環境負荷指標の提案とそれを可能とする情報アーキテクチャーを提示している。今回は、Phoneticaと共に、Save GAIAとして地球上の人類の文化的多様性と環境保全をテーマとすることとした。OpenTraceは、具体的かつボトムアップに環境負荷に対する新たなアプローチとなる可能性を秘めた提案である。

 

 


9.開発目標


これほどまでに環境問題が声高に叫ばれながら、我々が切迫したリアリティを持つことができないのは何故なのか。遠く離れた地域での深刻な環境破壊にも目を瞑り、未来に生きる子供たちを想像することもしない、そのような世界に対する積極的な無関心を惹き起こす原因はどこにあるのだろうか。 距離は想像力を減衰させ、時間は判断を留保させるのに役立つ。お金は関係や責任といったしがらみのすべてを断ち切り、我々を考えるべきことから解放してくれる。

 

未曾有の問題に対してはリアリティの強さのみが行動を呼び起こす。環境問題についてもそれは同じだが、断片的な情報はリアルをかえって遠ざける。常に未来を意識しながらより良い行動を選択し続けるしか道はないのに、現実には行動を選択する指標さえ無かった。我々に与えられる情報はあまりに少ないのだ。

 

サービスや製品の環境に対するインパクトを評価し、指標とするやりかたは既にいくつか存在していた。特に1960年代の終わりに登場したLCA2 ―製品のライフサイクルに着目して全てのステージにおける環境負荷を総合して評価するそのやりかたは、その後の研究と実践が繰り返され、企業が持つサービスや製品をより良いものにするために広く使われた。しかし、LCAがその初源を企業自身の自己評価や対外的なエクスキューズのためのものとしたことが、40年経った今も色濃く陰を落としている。ここで云う指標とは、消費者ためのものではなかった。

そしてもうひとつ、我々消費者を疎外する要因がある。近年ISOが消費者へのコミュニケーション手段として環境ラベルの運用ルールを定めた。LCAをベースとした環境ラベルが身近な製品に貼られることになれば、我々の行動様式も変わる可能性があった。しかし例えば日本に於いては、この5年間の運用で400程度の製品にしかラベルが貼付されていない。理由はそのコストにある。環境負荷を算出し、認証を経てラベルを発行して貰うこの作業にはお金も時間もかかるのだ。消費者はこのコストと天秤にかけられている。

 

このような現状を踏まえ、本プロジェクトでは『信頼性や完全性を担保しない』という思い切った前提をとり、「消費者の側を向いた環境指標」、「小規模の生産者が利用できる環境指標」といった命題に対するあたらしいアプローチを示す。計算モデルの簡略化を基点とし生産者にも消費者にも分かりやすい指標を実現するとともに、それらの情報が生産の連鎖や人々の営為、そしてその背後にある自然とその未来を想起させることを目指した。ものの見方を変えるための教材として、世界を取り戻すためのツールとして機能することを望んでいる。

 

製品の価格が全生産工程における付加価値の総和として決定されるように、製品の環境負荷もまた、すべての生産工程において付与された環境負荷の総和といえる。つまり、ラーメン屋の店主がラーメンの価格を決める時に小麦の値段まで遡って値段を決定するわけではないように、製品の環境負荷を求める際に末端の原料にまで遡って環境負荷値を同定する必要は全くないのだ。そしてもうひとつ、ほとんどの生産者は原材料が生み出した環境負荷については把握することができないが、すべての生産者は自分が責任を持つ生産工程においてどれほどエネルギーが使われたかについては誰よりも知っている。

 

OpenTraceは、生産活動におけるそれらの断片的な情報を、ボトムアップに集約する。すべての生産者が自分が関わりを持つ生産工程にだけ責任を持ち、『原材料+自分が使ったエネルギーのみ』を申告するというルールを設ける。これにより原料の採掘から製品の製造に至るまでのすべての生産工程(が生み出した環境負荷)が連鎖し、あらゆる製品の環境負荷値が計算できるだけでなく、それらの製品がどこでどんな材料から作られたのかまで、仔細にトレースすることが可能となる。誰かが製品の環境負荷を改善したら、それを原材料とする製品の環境負荷も動的に変化する。

 

OpenTraceでは、このモデルが内包する様々な問題についてソフトウェアの力で解決を図る。例えば小麦の環境負荷値が定まっていないとラーメンの環境負荷値を決定できないという問題、つまり、すべての原料に環境負荷が定まっていることが計算の前提になっている点については、GPL3のような伝播ライセンスを定めることで解決する。『OpenTrace ライセンスは生産物と共に配布させることができる。OpenTrace ライセンス付き生産物を原料とした生産物は、その生産工程で発生した環境負荷を定めなければいけない。そしてその生産物もまたOpenTrace ライセンスに従った生産物でなければならない』 この連鎖はOpenTraceの広がりを、そして責任の局所性を支えることとなる。

 

OpenTraceにおいては、製品がどこで何からどうやって作られたのかを、簡単に知ることができる。公開されたWebAPIを使えば、生産物の環境負荷を求めるだけでなく、位置情報や流通も含めた様々な可視化・計算が可能であり、あたらしい視点からその生産物を捉えなおすことができる。それらを消費者へとつなぐインターフェースとして、環境ラベルが生産物に貼付される。このラベルは、生産物同士の直感的な比較方法を提供するだけでなく、その生産物に対してもっと知りたい学びたいという欲求に対するインターフェースともなる。必要であれば、消費者はWebサイトを通じてOpenTraceが持つデータ群にアクセスすることができる。

 

細かい仕組みも必要になる。たとえば原材料を秘密にしたい生産者もいるだろうし、リサイクルされた原材料を使っている場合も考慮しなければいけない。環境分析において課題とされている問題は当然OpenTraceでも解決すべき問題となるが、OpenTraceのシステムモデルは、それらに対するあたらしいアプローチ・回答を用意している。


10.進捗概要


実施計画書の通りに、OpenTraceの中枢であるサーバ機能の実装、データベーススキーマの設計、WebAPIの実装、OpenTraceライセンスの策定、環境ラベルのデザイン及び発行アプリケーションの実装、OpenTraceの基本的な機能にアクセスするための OpenTrace Examples の実装、それぞれについて、作業を完了した。

 


11.成果


(1)
 アプリケーションサーバー機能(OpenTrace Core)の開発

OpenTrace Core は、ユーザからのリクエストに応じた様々な処理を行うサーバプログラムの実装である。具体的には、OpenTrace WebAPIからのリクエストに応じる機能、データベースを操作する機能、環境負荷を動的に計算する機能、ユーザ管理(認証)機構、のそれぞれについて開発を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1  システム全図

 

OpenTraceにおいて、最も頻繁に利用される機能は検索である。そこで、多種多様なクエリに対応できるように、データベースにはPostgreSQLを、全文検索エンジンにHyperEstraierを、そして空間データベースにはPostGISを利用した。これに伴い、HyperEstraierPostgreSQLにバインディングするプラグインも開発した。また、データベース上のデータはXMLJSON4 によってやりとりされることを前提としているため、それに特化したO/Rマッピング5ソフトウェアを開発し、コーディングの質と効率を上げた。

 

(2) データベース・スキーマ(OpenTrace DataBase)の設計

データベース設計に際しては、下記に示すようなポリシーを定めた。

 

    多国語に対応させること

    サーバを分散させることを前提とし、一元管理するべきデータなのか、分散管理するべきか、コピーを共有しても構わないのか、大きくカテゴライズすること

    CO2排出だけでなく、水産資源や野生生物の利用についても、環境負荷計算の対象とすること

    LCAからのデータ移行のため、生産物のライフサイクルも考慮すること

    情報の信頼度の管理、ブラックボックスや、暫定値を認めること

 

以上をもとにデータ構造を設計した結果を、次の図に示す。

 

2  OpenTrace Database Schema

 

(3) 外部ネットワークからアクセスするためのAPIOpenTrace WebAPI)の開発

現在、ユーザ認証や環境情報についての検索・登録など、40種類ほどのサービスが利用可能であり、検索結果のソートやフィルタリング機能も有している。サーバからの戻り値は、XML もしくは JSON のいずれかを選択できる。また、JSONP6 も利用できるため、クライアント側でjavascriptからデータを扱うのが極めて容易となった。

後述するOpenTraceExamples の開発にもJSONPを利用している。

 

(4) OpenTrace ライセンス(OpenTrace License)の策定

このライセンスは、生産者自身が積極的にOpenTraceの利用の連鎖を推し進めるためのものであり、生産物の売買契約にこのライセンスを付帯させ、下流(原材料メーカ等)から上流(製品メーカ)へと、OpenTraceの利用をライセンスを含めて伝播させることを想定し、策定した。

本ライセンスの有効性については弁護士と相談して言質を得たが、実際にこのライセンスに従わなかった(債務不履行)という理由でなんらかの法的措置に訴えるケースは考え難い。あくまで精神条項的な意味合いが強いのも事実であるが、このライセンスはOpenTraceの理念を示したものであり、生産者の環境に配慮するという強い意思表示の方法ともなり得る重要なドキュメントとなった。

 

(5) 環境ラベルのデザインと発行アプリケーションの作成

CO2等の排出だけでなく、水産資源の利用、あるいは生産物が辿った距離による指標の必要性から、3種類の環境ラベルを用意した。

3 環境ラベルデザイン3種

 

また、これらのラベルを印刷することができ、画像ファイルとしても保存可能なアプリケーションも作成した。このアプリケーションは、パラメータを渡すことで、任意の数値、任意のトレースレベルの環境ラベルを生成することができる。プロダクト情報へのリンクが埋め込まれているQRコードを作成することも可能で、Webブラウザ上から実行できるのも特徴である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 アプリケーションスクリーンショット

 

(6) サンプルウェブアプリケーション(OpenTrace Examples)の作成

サンプルアプリケーションは、OpenTraceAPIを網羅的に利用することで、OpenTraceの基本的なツールとしての機能を提供するとともに、チュートリアルとしての役割も担う。提供する主な機能としては、製品情報の検索と閲覧、編集(登録)がある。

実体は javascript + html ( + Adobe Flash )により書かれた Webアプリケーションであり、前述のOpenTrace WebAPI を使用して、OpenTraceの内部データにアクセスしている。

 

(6)-1 検索機能

特に利用頻度が高いと思われるのがこの検索機能である。ここでは3種類の検索方法を実装した。これは、製品の環境負荷がどれくらいなのか、どの場所で作られているのか、原料は何なのか、といった疑問に答えるインターフェースとなる。

 

カテゴリ検索は、もっともスタンダードな検索といえる。左上カテゴリメニューから、製品が含まれているであろうカテゴリを選んだうえで、タグにより絞込み検索をかけることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5 カテゴリ検索画面

 

位置による検索も可能である。地名を入力するか、地図で範囲を指定することで、その周辺にある生産ノードを検索・表示することができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


6 地図検索画面

 

また、プロダクトコード( EANコード等 )によって製品を指定することも可能である。コードを直接入力しても良いが、カメラがあればバーコードを読み取らせることで、ダイレクトに製品情報にアクセスできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


7 プロダクトコード検索(バーコードリーダ)

 

 

(6)-2 閲覧機能

これは、製品情報を詳しく閲覧するためのものであり、環境負荷情報に限らず、製品に紐付けされた情報についても閲覧することができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


8 詳細情報画面(CO2排出)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                         図9 詳細情報画面(水産資源利用)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10 詳細情報画面(栄養素)

 

(6)-3 編集機能

製品情報を編集するための機能を提供する画面である。閲覧と編集は表裏一体のアプリケーションとして実装されており、閲覧画面で『編集する』ボタンにチェックをいれると、すべての情報が編集可能になる。テキストや画像、地図上の位置といったすべてのオブジェクトについて、画面切り替えを伴わず編集できるため、効率良く(ストレス無く)作業できることを特徴としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


11 編集画面(移行前)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


12 編集画面(編集中)

 

(6)-4 コンテキストの閲覧( +編集機能 )

製品同士の繋がりを、よりグラフィカルに提示するためのアプリケーションとして、コンテキストビューアを作成した。これは、製品がどのような原材料から構成されているかを、ノードを遡って表示するものである。また、このビューアは編集機能も有しており、生産ノードや生産物を追加したり原材料を付け替えたりすることも可能である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


13 コンテキストビュー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


14 コンテキストビュー(ズーム時)

 

 

 


12.プロジェクト評価


OpenTraceは、情報技術とくにWeb2.0的技術が環境問題という物理的かつ地球規模の問題に何ができるのかを示した稀有の事例であると考える。
OpenTrace
が本当に普及し、環境問題に貢献するかは今後の展開を待つ必要があるが、新たな視点を提示したという点では高く評価できると考える。

また、公的環境認証ではなく、社会のムーブメントとしての環境問題へのアプローチとして展開する可能性もあり、きわめて斬新な試みであると考える。

 


13.今後の課題


(1)
 課題

(1)-1 原単位の整備について

OpenTraceにおいてはすべての生産物が原単位となり得るため、原単位を事前に登録しておく必要は無い。しかしながら、一次エネルギーも含めた本当に基本的な原単位については、誰かの入力を待つのではなく、最低限度のインフラとして整備する必要があると感じた。これについては、大学等に協力をお願いすることや、エネルギー会社と話す機会を持つ必要があると考える。

 

(1)-2 手軽な環境負荷計算ツールの必要性

ちょっとした物事の環境負荷を知りたいというニーズは、意外にあるのではと感じる。たとえば自分がこれから出掛ける際に電車か車か手段を迷ったときに。あるいは、今日の自分の排出CO2を知りたいと思ったときに、PC上のちょっとした電卓を叩くだけで、簡単に値を知ることができれば我々の行動も変わっていけるのではないか。OpenTrace上にノードを作れば計算はできるのだが、もっとカジュアルに利用できるツールが必要なのだ。

余談だが、無形と思われるものにさえ負荷がある。例えばネット上の広告についても、Flash等を用いていれば環境負荷の高いものになる。背景が白いウェブページを表示する際の消費電力が74Wの場合、黒いウェブページであれば59Wで済む。こういった計算が簡単にできるようにしたい。

 

(1)-3 OpenTraceライセンスの今後について

OpenTraceは、国を越えた利用を目指して設計された。しかし唯一の例外は、OpenTraceライセンスである。国によって法体系が異なるため、その有効性についてはどこかのタイミングで検証する必要がある。たとえば、理想的には『OpenTraceの環境ラベルが付いた製品を購入するということは、OpenTraceライセンスに暗黙に同意したことになる』というレベルにまで規約の意味を強めたいと考えているのだが、これは(外国では可能かもしれないが)日本では難しいようである。

 

(2) 今後の展望

まずは、環境に対して関心を持っている人たちと対話する機会を持ち、OpenTraceの理解を浸透させていくところから始めたい。同時に、現状のOpenTraceが企業や社会の実際とそぐわない部分については積極的にヒアリングし、OpenTraceのかたちを変えていく作業を行う。少しでも多くの人たちに使って貰うことを、OpenTraceの評価軸としたい。

 

 

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