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2005年度未踏ソフトウェア創造事業  (未踏ユース) 成果評価報告(プロジェクト全体について)



 プロジェクトマネジャー:  筧 捷彦 ( 早稲田大学教授 )



1.プロジェクト全体の概要

  元気な若い優れた才能を発掘して,日本のソフトウェアを元気にしようとうという趣旨で始まった未踏ユースも,当初の5ヵ年計画 (平成12〜16年度) を超えて発展したのに伴い,今年で4年目に入った.昨年度からプロジェクトマネージャ (以下PM) が竹内と筧の2人体制になり,プロジェクトの個性や特徴に合わせて,きめ細かくプロジェクトを見ることができるようになった。
 「未踏」は事業そのものが未踏的であり,事業の形はIPA,PM,プロジェクト支援・管理組織,そして開発者のダイナミックな連携をベースに形成されてくるところが多々ある。そこに,プロジェクトマネージャ制ならではの素晴らしいダイナミズムがある。その精神を最大限いかすべく,つぎのポイントを明示してプロジェクト募集を行った。

○ 成果は重要であっても第一義ではなく,若い才能を発掘して逞しく伸ばすことを第一義としていること。
○ 自分でプログラムを書くこと
○ ソフトウェア開発をメインとすること
○ PMを選ぶことは原則としてできないこと
○ 次々と自らステップアップしていく人を求めていること
○ 仲間たちとの交流を深めてもらうこと

応募のあったプロジェクト中から,PM同士で相談して,採択案件を定めた。このとき,公募に際して提示したPMからのメッセージの内容に沿うものを選ぶように心がけた。筧PMが提示したのは,つぎのようであった。

(1) 夢を買います ? 提案者がかけている夢の大きさをみる
  (2) 冒険家を買います ? 現実の材料の上に,危険を恐れぬ大胆な構想を尊重する
  (3) 若さを買います ? あふれる若さが感じられるかどうかをみる
  (4) テーマや分野を問いません ? どんなものでも歓迎する

こうした選定の結果,応募総数61件の中からそれぞれのPMが10件ずつ,合計で20件のプロジェクトを採択した。
 筧PMが採択したプロジェクトは,つぎの10件である。
1  統合開発環境「ActiveBasic」の開発及びサポート
2  スレッド冬眠技術を利用したイベント駆動によらないワークフローエンジン の開発
3  指紋を鍵とするファイル暗号化システムの開発
4  ユーザ参加型のパッケージ管理・斡旋システム
5  書体の動きで感情表現を行う「千篇書道」の開発
6  アラビヤ語形態素解析エンジンの開発と,学習者向け辞書システムへの応用
7  遠隔講義受講者のためのアクティブな講義映像生成システムの開発
8  人の集まりを支援するツールQWikS(クウィックス)
9  音楽を視覚的に認識する方法 及び ウダーの習得を支援するソフトウェアの開発
10 統合開発環境Eclipseのスクリプト言語用ライブラリの開発

 まず,それぞれの提案の計画内容について,あまりに多くを入れ込んであるものについては,実現可能な最大限の範囲までをプロジェクトの計画本体とし,残りを発展的な項目とするように切り分ける作業をそれぞれ行なって貰った。その後は,プロジェクト管理組織の手を借りて,進捗報告を毎月受けながら,相談に応じたり,指示を与えたりしながら,プロジェクトが立てた目標に向かって進むように監督を行なった。
 プロジェクトがはじまってまだあまり時間が経っていない9月1日〜2日にかけて,全20件のプロジェクト開発者を一堂に集まってもらって,プロジェクトの計画とその時点までの進捗結果を互いに発表し合う場を設けた。若い開発者同士が顔見知りになり,互いの狙いを知り,互いに競争心をもちつつも,仲間として情報交換しあってステップアップしていくことを狙った企画である。また,いよいよ最後の追込みにかかる1月10日〜12日にかけて開催されたプログラミングシンポジウムにできる限り参加して,講演またはパネル講演を行なって,そこに集まる100余名の参加者相手に自らのプロジェクトとその成果を発表し,厳しくも温かい質問の嵐に堪えてもらうことも行なった。参加はしたものの講演・パネル講演を行う機会が得られなかった開発者には,夜の自由討論(夜9時から午前0時まで,お酒も飲みながら議論を三々五々行う場,原義通りの“シンポジウム”)にプロジェクタを持ち込んで,同様の発表を行なってもらった。シンポジウムに参加できなかった人には,PMが直接会って同等の報告を聞く機会を個別にもった。
 プロジェクトがほぼ計画通りに進んだものもあれば,計画を超えて発展したものもある。中には,思うようにはことが進まず,最後の最後まで悪戦苦闘してなんとか当初の狙いの本質的な部分だけを仕上げられたにとどまったものもある。プロジェクトの開発内容の到達度にはこのように差が生じたものの,どの開発者も,自らと同じくスーパークリエータを目指してがんばっている仲間を目の当たりにし,他者のすごさを肌で知るとともに,自らもそうした仲間の一員であるとの意識を持つに至った。真のスーパークリエータが生まれてくるには,真のスーパークリエータをスーパークリエータとして認めるだけの能力をもった仲間が多数いることが何より必要である。そうした場として,今年度も未踏ユースというプロジェクトが機能したことは間違いがない。

 




2. 応募状況と採択時の評価 (全体)

 61件の応募の中から選んだ20件と,選ばなかった残りの提案との違いは,(1)PMが提案者の熱い思いを感じ取れたかどうか,(2)ほぼ半年という短い期間の中で何がしかの具体的なソフトウェアが出来上がるだろうと思われるだけの,本人に力があり,何がしかの裏打ちがある計画だと思えたかどうか,にあるといっていいだろう。採択した中で筧PMが取り上げた10のプロジェクトは,つぎのように三つに大別することができる。

 昨年度のPMの経験からして,自らが面白い,やりたい,と思っていることがらをテーマとしているものが,そのプロジェクト実施の中で大きくのびる典型であるといっていい。そうしたパターンのプロジェクトには,つぎのものが含まれる。

プロジェクト1 統合開発環境「ActiveBasic」の開発及びサポート

 開発者の山本大祐さんは,大学4年生である。ところが,6年前の1999年からActiveBasic システムの開発・整備・改版を重ねてきている。つまり,高校生のときから,N88Basicのシミュレーションから始まって,Windowsアプリケー ション開発環境への拡張,ネイティブコードの出力,オブジェクト指向への対応とシステムのグレードアップを継続して行なってきているという。同時に,専用のウェブサイトを運営するとともに,教科書も著作している。なかなかの腕前の持ち主である。現時点でのダウンロー ド数は5000程度。アクティブなユーザが100名程度いて,日々改良に精を出している。対象とするところがプログラミング開発環境と「地味な」ものではあるが,いずれ本ちゃんの未踏ソフトに乗り出してスーパークリエータになってくれることを期待できる人物であると見込んでの採択であった。今回は,特に 64ビットCPUのネイティブコード出力と, DirectXの機能が使えるようにする機能拡張を目標としてプロジェクトを行なう。

プロジェクト5 書体の動きで感情表現を行う「千篇書道」の開発

文字とは何か。その書体が意味するところは何か。これらの概念がコンピュータ誕生以前の諸概念に縛られたまま現在に至っているのではないか。時間変化という次元を字体の概念に取り入れたら何ができるのか,それを探る。これが今回のプロジェクトのテーマである。開発者の前川峻志さんは,多摩美術大学の学生である。すでに実験的に幾つかの試みを重ねてきているし,なかなかに面白い効果をもった「字体」が生まれることは確実である。さて,それらを活かす道をどこに見つけ出すか,どのような形で応用領域を生み出しユーザを得ていくか。期待は膨らむが,どこでどのような一歩が踏み出せるか,なかなか挑戦的なプロジェクトである。

プロジェクト6 アラビヤ語形態素解析エンジンの開発と,学習者向け辞書システムへの応用

 アラビア語は,文字を認識するだけでも1週間かかる。まして,辞書が引けるようになるには年単位の時間がかかるという。文字が認識できるようになって,書かれた文字列を入力出来さえすれば辞書が引けるようになる。これが今回のプロジェクトの目標である。具体的には,分かち書きされる単位となる「語句」が与えられたとき, それを「品詞」(とその活用形)列に分解する「形態素解析」エンジンを開発し,それを用いて辞書引きを補助するシステムと作り上げる。開発代表者の岩井貴史さんは,自らもアラビア語の読書を行い,より難しい書籍を読破したいという意欲に溢れた大学生であり,共同開発者の植村さおりさんはアラビア語そのものが研究対象の大学院生だという。このコンビが開発するシステムがどうかなるか,その仕上がりが今から楽しみなプロジェクトである。

プロジェクト9 音楽を視覚的に認識する方法 及び ウダーの習得を支援するソフトウェアの開発

 開発者の宇田道信さんは,独創的な新楽器「ウダー」の開発者であり,なかなかにアイディア豊かな青年である。その「ウダー」を世に広め,音楽の楽しさを広範な人々に実感してもらいたい,という思いから提案されたプロジェクトである。コンピュータを使えば,音楽を現状の楽譜の形でなくとも提示できるはずだという,その志やよしとする。提案されている方式は,すでに試作もされているが,まだまだ粗削りで,目的を達成するレベルに仕上げるにはもう一歩踏み込んだ工夫が必要となる。実績からそれをやり遂げるだけの力量を期待しての採択である。

 好きこそものの上手なれ,とはよく言われるが,情報科学・情報工学の専門学部学科・大学院専攻で現に学んでいる,あるいは,そこに学んでいま専門家として働いている人は,もちろん,そうした人でもある。そして,そういう人が,今現に研究している事・業務としている事の中にプロジェクトを組み立てることがある。このパターンに属するプロジェクトには,つぎのものがある。

プロジェクト2 スレッド冬眠技術を利用したイベント駆動によらないワークフローエンジンの開発

 ワークフローを扱うプログラムは,必然的に数時間から数週間さらには 数ヶ月にわたっての作業を含むものとなる。これを手続き的に素直に書き表せるようにしようというプロジェクトである。アイディアは,Javaでのスレッドを「冬眠」させる技術を使う,というものである。開発者の川口耕介さんは,この「冬眠」技術の再利用可能な形でのライブラリを開発した上で,J2EEコンテナ/Tomcat等で使 える形でのワークフローエンジンを構築する。Javaの本家本元で会社(Sun Microsystems)に勤めながらこのプロジェクトを遂行する予定である。上司の了解も得られている。プロジェクト応募のオーディションでの発言 “日頃仕事に追われて理論の美しさなどと無縁の生活を送っているだけに,かつて専門学科・大学院で学んだ情報科学の神髄ともなる「継続(continuation)」を使った「きれいな」システムを作りたいのだ。” に両PM感動させられての採択であった。

プロジェクト3 指紋を鍵とするファイル暗号化システムの開発

 指紋を鍵としてファイルの暗号化を行う方式として,すでに自ら発案し実験も成功しているものを,Windows上で実用的に使えるシステムに仕立て上げることをプロジェクトして行なう。この方式は,所属している研究室で開発された,指紋入力の位置ずれに対して強いdouble random phase codingと呼ばれる光学的暗号化を利用し,共通鍵暗号化と巧妙に組み合わせたものである。準備状況も着実である。実験ではノートPCを使って回転ずれの検出照合を行なうと数秒の時間がかかるという。この部分の時間短縮とユーザインタフェースの洗練に注力する。確度の高いプロジェクトと期待している。

プロジェクト7 遠隔講義受講者のためのアクティブな講義映像生成システムの開発

 遠隔講義の形で受講する学生に適切な講義映像を提供するシステムを構築する。開発者代表者の田代直之さんと,共同開発者の島田敬士さんは,画像処理を研究テーマとする同じ研究室に所属する大学院生である。その大学院の先生方が実際に行なっている遠隔講義の講義状況をビデオ収録するのに,講師を自動追尾するカメラシステムを開発ずみであるという。その技術を応用して,カメラ固定で収録したビデオストリームを配信し,受信したクライアント側のソフトウェアによって,講師や,講師の指示する図表などにフォーカスを当てて表示するシステムを構築しようというのが提案されたシステムであるが,配送前にサーバ側でこうした処理を行なった上で配信することも可能な技術内容であり,いろいろに工夫ができそうである。講師の映像と連動して,プロジェクタ等に表示しているプレゼンテーション画像を切り替える技術もすでに開発済みで,プロジェクトの期限内にまとまったシステムとしてどのように仕立て上げられるかが勝負になる。

プロジェクト10 統合開発環境Eclipseのスクリプト言語用ライブラリの開発

 Javaでの統合開発環境として広く使われているEclipseの上での 作業をスクリプト化しようとするのは簡単でない。ようやくGroovyと呼ばれるスクリプト言語が作られたが,いろいろなライブラリと組み合わせて使えるようには設計されていない。そこで,他のライブラリとの組合せに対してもオープンに機能する新しいGroovy用のライブラリを開発する,というのが今回のプロジェクトである。開発者の水島宏太さんは,学部の4年生であるが,Onionと呼ぶオブジェクト指向言語とその開発環境を実際に開発した経験をもつ。プロジェクトそのものの完了は確実性が高い。もっとも,提案されているテーマは,相当に先鋭化したものである。このプロジェクトを出発点として,より広範なテーマでの実力発揮へとつながることを期待する。

 同様に専門の学科・専攻に現に学んでいる人,学んだ人であっても,やろうとするテーマが自らの研究に絡むものではなく,周りの人へのサービス提供に主眼を置くものもある。不思議な事に,いずれも比較的大人数での共同開発の形をとっている。

プロジェクト4 ユーザ参加型のパッケージ管理・斡旋システム

 東京大学駒場で全学生対象に行われているプログラミング教育のプログラム指導員・TAの現役および経験者の中で生まれたグループFinkの現9人で吉澤智也さんを代表としてプロジェクトを行なう。プログラミング教育環境として数年前にUnixが採択されたことを受けて,各種のUnixのパッケージをダウンロードすることのサポートを行なってきた経験を活かした,パッケージ管理・斡旋システムを構築し運営していくことを目標とする。簡便にダウンロードができインストールができるようにするだけでなく,そのパッケージの「利用者からの声」も記録して,「Amazon.com」が書籍に対して行なっているようなサー ビスを目指す。互いに作業する場所は別々であるが,ネットを介しての連携が機能している。システムが仕上がることは確実に予想できる。メンバー交代が暫時進行していっても「グループ」としての活動が継続していくことを期待し,その中から個人としてのスーパークリエータが生まれてくることを期待する。

プロジェクト8 人の集まりを支援するツールQWikS(クウィックス)

 会議を開こう,飲み会をやろう,というときに,そのグループの役員・幹事団・一般メンバーでそれぞれに行う作業には違いが生じる。それらの作業の違いを区分しつつも,全体をうまくコントロールするシステムを開発し,そのサービスを提供することを目的とする。類似のソフトウェア(システムサービス)として Zoops/Zope があるが,そこにはアンケート調査・スケジュール管理の機能はない。アンケート調査を管理運営するソフトについては,提案者の所属する研究室で開発ずみであり,これを活用する。また,集会の会場に関するデータベースも用意してある。これらはいずれも既開発でその経過からOSSとすることは困難であるとのこと。そこで,できあがったサービス自体を公開していく方向でプロジェクトを運営する。代表開発者の後藤祐一さんは,助手として務める研究室の修士課程の3人の学生さんを共同開発者としてプロジェクトを進める。利用者の見込めるサービスであり,使い勝手のよいものに仕上げられるかどうかが勝負になるプロジェクトである。

 

 


3.プロジェクト終了時の評価

 計画したレベルにまでプログラムを仕上げられたものもあれば,そこまでに至らず,時間切れで次善のレベルのものを作り上げた段階で終わりになったものもある。 計画したレベルに達したものの中にも,まさに計画通りの仕上がりのものもあれば,それを遥かに超えるレベルにまで達したものもある。
 目立つのは,4人以上の共同開発であるプロジェクト2つが,ともに計画したレベルに対して次善のレベルにとどまったことである。一人一人の力がどうであるか以前に,多人数でのプロジェクト推進をうまく図っていくノウハウが不足していたというのがその原因といっていい。このあたりは,大学での通常の教育では十分に訓練が受けられるものではないだけに,開発者グループにはいい経験になったのではないだろうか。PMの尻のたたき方も不足していたこともある。それを補って余るほど,プロジェクト管理組織が尻をたたいてくれたのではあるが,なお遠慮してしまう面があったのかもしれない。
 これに対して,開発者が一人である場合には,PMからの連絡もプロジェクト管理組織からの連絡も直接に本人いくし,その本人が全責任を負っているので,話はなんとかなる。もちろん,サボり気味,遅れ気味の開発者もいたが,最後の最後はなんとか踏ん張って形を作ることができた。
 こうしてみると,未踏ユースでは,3人程度のグループが開発者の上限だと思っておくのがいいようにも思える。最も,昨年の荒川君のように,自らも大きなプログラムを作りながらも,グループを引っ張っていける人もいる。してみると,スーパークリエータに加えて,スーパープレーイングディレクターという称号もあるといいのかな,と思っているところである。
 今年度の10個のプロジェクトについて,計画した目標を達成できたか,その達成に至る経過の中で 開発者がその腕前を遺憾なく発揮できたか,あるいは,多いにその腕前を上げたか,製作した作品を第3者にも理解できる形で説明し提供できたか,加えて,開発者の熱き思いがどれほどまわりに伝わったか,という観点から評価して,個々の開発者を評価した結果はつぎのようになった。
スーパークリエータ:山本 大祐さん,川口耕介さん,岩井貴史さん
準スーパークリエータ:前川峻志さん
この評価を下した理由も含めて,それぞれのプロジェクトを,そのプロジェクト番号順に見ていくと,つぎのようになる。

プロジェクト1 統合開発環境「ActiveBasic」の開発及びサポート

  開発者の山本さんにとって,ActiveBasicは,手塩にかけて慈しみ育んできたシステムであり,未踏ユースに採択されようがされまいが,不断に改良し改版して育て続けるものである。したがって,未踏ユースへの応募のときに書いたことは,採択された時にはもうかなり出来上がっていて,その先に作業が進んでいた,という形の進行であった。
 山本さんは,プログラミングシンポジウムでもActiveBasicを発表した。このシンポジウムは,発表25分,質疑応答20分の合計45分が単位である。たっぷりと質問攻めにあう。発表の中身は,今回開発した一つの柱である64ビットCPUのオブジェクトコード生成に関してあった。ところが議論になってわかったのは,コンパイラに諸技法について,すべて独学,しかも,典型的教科書にすら目を通していないという。それでいて,32ビットCPUに対して2倍の速度が出せるだけのコンパイラ(コード生成)を書いている。
 今年4年で大学を卒業するのだが,就職するのではなく,自らActiveBasicを育てながら,それを種にして起業する予定という。すでに得ているユーザからも,ぜひActiveBasicを育て続けてほしいという声が届いているのも起業する決意をして大きな要因だという。
 ここまで徹底できれば,スーパークリエータといっていい。ぜひ,その力を開花させて,今度は本ちゃんに挑戦してほしいものである。ただ,いかに本を読むのが嫌いだからといって,いつまでも独力だけではいずれ限界がくる。意識して本を読み,理論を学ぶ時間の余裕をもってほしいと,PMとしては願っている。

プロジェクト2 スレッド冬眠技術を利用したイベント駆動によらないワークフローエンジンの開発

 平常の業務をもっているので,もちろん,本格的にプロジェクトを開始したのは採択後である。そうはいえ,十分に練った案をもって開始するとたちまちのうちに,次から次へとプロジェクトを展開していった。このプロジェクトを思い立ったのは,業務の中でこなさなければならない多くの「ワークフロー」管理をサボりたい,という実務的な理由からであったが,それを関数プログラミングなどで現れてくる「継続(continuation)」の概念と結びつけて,自動化する方式を組み立てることにしたところが大いなる着想である。もちろん,この「継続」の機能に基づいてプログラム・データをserializeするという仕組みをJavaで実現する話をすでに知っていたからこそのプロジェクトではあった。
 「継続」に基づくserializeのエンジンを作り,それを他のプログラムから使いやすくするためのインタフェースを用意する。それらを生かしてワークフロー処理に現れうる典型的な入出力(メールのやり取りなど)を抽象化して概念と,その概念を特殊化してメールなどに当てはめるためのライブラリを整える。その上で具体的ワークフロー処理を書くためのインタフェースを用意し,その上に実例としてのアプリケーションを書いて,実務に適用する,という一連の作業をすませてしまった。
まさに,スーパークリエータである。
 同時に開発者の川口さんは,周りのより若い人たちに大きなインパクトも与えた。“ワークフローを管理するのは「身を粉に」すれば特別な道具なんてなくてもできる。でも,身を粉にして働く,というのは,情報処理のプロとしては,情報科学を学んだ者としては,「罪悪」なんです!”という哲学にすっかり引き込まれたのであった。

プロジェクト3 指紋を鍵とするファイル暗号化システムの開発

 所属する研究室で開発された光学原理に基づく暗号化方式を,身近なファイルの暗号化に適用した実用システムを作ろうというのが出発点である。それを実現するのに,ファイル自身は共通鍵暗号によって暗号化・復号化を行うことにして,その共通鍵を光学原理に基づいて暗号化する。その鍵に指紋を用いる,という方式と提案して実現した。光学原理に基づいて暗号化するともとの情報の数倍以上にサイズが大きくなる欠点をうまくカバーしたものである。
 プロジェクト開始の時点から,ポイントが指紋の入力時の変形をうまく修復する機能にあること,処理の高速化を図って実用的に我慢できる時間内に符号化・復号化できるようにすることにあることを見抜いての作業が進んだ。プロジェクト管理組織からの忠告も素直に取り込んで作業を淡々と進め,処理時間の問題もうまく解決して実用的なシステムを作り上げた。その腕前は買うが,指紋読み取り装置が特定のものである,光学原理に基づいて暗号化は特許も絡むものである,といった事情から公開できないのははなはだ残念である。
 その淡々と事を進める能力は高く買いたい。ただ,スーパークリエータとするには,熱きものがいま一つ感じられなかった。あまりにスマートすぎるというべきであろうか。ソフトウェアのクリエータというより研究成果の応用例作りという感じにとどまったのが残念である。いずれの日にか,隠しもったソフトウェアクリエータの腕前を前面に押し出した活躍をしてくれることに期待したい。

プロジェクト4 ユーザ参加型のパッケージ管理・斡旋システム

 なんとか枠を作ることができた。しかしながら,はじめから危惧されたように,9人もの開発者がうまく共同して円滑に開発が進んだとはとてもいえない。計画としては,早めにシステムを作り上げて,多くの利用者に使ってもらい,それによってシステムの中にコンテンツ(個人評や勝手解説など)がたまることを狙っていたのであるが,使ってもらうプロセスに入ることができなかった。
 また,基本の枠を作るところでも,光る“個”が見えるところまでには至らなかったのは残念である。期限を切ったプロジェクトを複数人で進めていく難しさを体験したのを糧にして,各自が大きく羽ばたいてくれる事を期待したい。

プロジェクト5 書体の動きで感情表現を行う「千篇書道」の開発
 
 美術大学に通う人の感性をもって,入力した文字列を,時間経過に沿って千変万化させたどうなるか,どんな感情表現ができるのか。そうした疑問に答えるために,実際に時間変化を様々に制御することのできるテストベッドを作り上げた。非常に興味深い実験ができるものであるし,これを基に様々にアプリケーションが作れそうである。
 ただ,スーパークリエータと呼ぶには,まだ一歩不足する。準スーパークリエータの称号を与えて,いっそうの精進を期待したい。

プロジェクト6 アラビヤ語形態素解析エンジンの開発と,学習者向け辞書システムへの応用

 引けるようになるまで5年はかかるといわれるアラビア語辞書を,字形の判読さえできるようになれば,引けるようにするシステムがあればどんなにいいか,という思いをそのままシステムとして組み上げた。システムを紹介するのに「形態素」解析と銘打っているが,日本語の場合とは違い,辞書にその単語があるかないかにすべて頼らなくても,形態素変形の規則(開発者は,パターンと呼んでいる)に着目して,あり得る“原型”の単語を大幅に絞り込めることに着目して作り上げたシステムである。
 世の中にあるどんなアラビア語辞書よりも高速に,しかも,裏に用意した辞書に登録してある単語数がまだまだ限られたものであるにも関わらず,より多くの語に対して正しく辞書が引けるという,すばらしい結果をもたらした。
 今回のプロジェクトにおいて,ソフトウェアシステムとしての設計・開発を担当し,全体の進行を主導したのは,岩井貴史さんである。岩井さんは,パターンマッチをするのにJavaのライブラリを使っていたがどうしても速度が出ずに悩んでいたところ,前出の川口さんに「そんな難しいパターンマッチングが必要なわけでないんだから自分で書き下したら」と示唆されてやってみたら50倍高速になったという。必ずしもCS専門学科で学んでいるわけではないのに,その吸収力,プログラミング力には抜群のものがある。スーパークリエータの称号にふさわしい。

プロジェクト7 遠隔講義受講者のためのアクティブな講義映像生成システムの開発
 
 実時間で行う遠隔講義の映像配信用にカメラを自動操作で教員や板書にフォーカスを当てた形で対象を追尾するシステムを構築した経験をもつ開発者の田代さんが,固定カメラで映像をとっておいて,画像処理で同様な効果を出してはどうか,と思いついて提案したシステムである。ついでに,実時間配送にこだわらず,生映像を蓄積しておいて,それをクライアントからの要求に応じて配送することにし,フォーカスの自動追尾はクライアント側にそのソフトウェアをいて実現することが可能になるから,学習者はいつでも,どこでも,ネットワークに接続されたPCさえあれば,あたかも遠隔操作で先生自身に,あるいは先生の書いている文字に,随時にフォーカスを当てることが可能になる。
 このために必要になるソフトウェア一式のプロトタイプを作り上げた。なかなかの力作ではあるが,実際に使うには,さらにネットワーク配信をうまく動かすための工夫など一段の洗練が必要である。

プロジェクト8 人の集まりを支援するツールQWikS(クウィックス)

 思うとおりにはことが進まなかったが,それでも使い物になるレベルには仕上がった。当初の計画では,合コンのたぐいの時間調整を考えて,ぜひとも近隣の会合場所候補のデータベースを併設したい,ということであったが果たせなかった。また,アンケートをとる仕組み,Wikiを使った情報交換など,それぞれを単独のソフトウェアで実現し,それらは相互の連絡をメールで行わせるといった,「粗結合」システムとして開発する予定であったが,結局は,Rubyを用いた「密結合」ソフトウェアとなってしまった事など,計画通りには進まなかった。
 このシステムはサーバの上において公開して外部の人にも自由に使ってもらえるようにしていくとの事である。やり残した機能も追加して,多くの人に QWikS を使ってもらうように努力されたい。

プロジェクト9 音楽を視覚的に認識する方法 及び ウダーの習得を支援するソフトウェアの開発

 意外と面白い作品にまとまった。開発者は,ウダーそのものの普及に興味があるので,ついついそのハードウェア作成に時間を割いてしまうこともあって,提案時点での計画からかなりの遅れでソフトウェア開発が進んだ。幸いにも,最終段階では間に合った。
 最後の難関は報告書作成であったが,これもなんとか収まった。ウダーだけに着目すれば,スーパークリエータともいえそうだが,ソフトウェアについては残念ながらそうは呼べるレベルにはなかった。力はあるとPMは信じているが,うまくハードウェア作りとソフトウェア作りとを織りなして効果を上げていくことを期待したい。

プロジェクト10 統合開発環境Eclipseのスクリプト言語用ライブラリの開発
 
 開発者の自らOnionと呼ぶプログラミング言語・プログラミング環境を開発し維持している,なかなかの力の持ち主である。応募したシステムは,使い込んでいるEclipse上での作業をさらに便利にするために,Eclipse上でスクリプトを書いて走らせることができるようにするものであり,そのスクリプトを書くのにもEclipse自身を使うことができるようにする,というものである。実は恥ずかしながら,かくいうPM自身,開発者の水島さんから何度も話を聞き,説明を読んでいるのだが,がそう理解できたのはずっと後になってのことであった。プロジェクト自体が,相当に特殊化された話であることに遠因があるのは間違いないが,もう少し,説明をうまく行う努力を重ねて欲しい。
 できあがったものはきちんとしているが,全体に今一歩幅広くものごとを見られるようになるともっている素質が大きく開花するに違いない。今後に期待したい。


(注)開発者個々に対するコメントについては各々のプロジェクトの「開発成果評価書」を参照ください。筧PM傘下のプロジェクト一覧は こちら からジャンプできます。(IPA未踏事務局より)



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