平成12年度未踏ソフトウェア創造事業
採択案件評価書
| 1.担当PM | 6.竹内 郁雄 |
| 2.採択者氏名 | 山本 吉伸 (通産省電子技術総合研究所) |
| 3.プロジェクト実施管理組織 | 株式会社アルゴクラフト |
| 4.委託金支払額 | 14,999,250円 |
| 5.テーマ名 | リソース共有メカニズム・パブボード向け 基本ソフトウエアの実証研究 |
| 6.関連Webサイトへのリンク | http://www.etl.go.jp/~yoshinov/ |
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7.テーマ概要 モバイルコンピューティングの新しいサービスを可能にするアイデアを実用化する上で基盤となるソフトウェアを開発する.本提案が目指すものは,携帯電話を進化させる方向では成し得ない,各種の情報サービスを実現することに資する基本ソフトウェアの実現である. 提案者がパブボードと呼ぶデバイスは,街角や廊下や駅,店先など公共的な場所におかれたディスプレイで,ユーザの持つ超小型デバイスに連動することができる.一方,ユーザの持つデバイスには限定的な表示装置しか付属していない.キーボードもなく,数字や文字の組み合わせを表現するための小数のリングとボタンがあるだけである.パブボードと通信を行なうために,このデバイスにはBluetoothを搭載する. このシステムの重要な特徴は,「ほかの人が持っているディスプレイを借りて使ったり,共有して使うことができる」あるいは「用途に合わせて,小さなディスプレイを使ったりディスプレイなしで使ったり,高解像度の大きなディスプレイを使う」「自分の持っている情報を通りがかりの人に見せる」といったことが可能になることである.本提案では,そのようなメカニズムを実現するための基本となるソフトウェアを作成し,本システムのデモンストレーションの実現を目指す. |
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8.採択理由 ユーザが非常に小さな携帯機器を持ち歩くだけで,街に遍在するディスプレイ装置パブボード (いわば公共ディスプレイ) を利用して,いろいろな情報サービスを受けることのできるようなシステムの提案である.できあがるプログラムは携帯機器とパブボードのインタフェースと,いくつかのアプリケーションである.大きな画面やキーボードを持ち歩かないでも,ユビキタスにフルの情報環境を得られるという直接的なメリットだけではなく,空間リマインダ (その場所に行くと,パブボードが語りかけてくる),人にものを見せる,広告・時間貸し電光掲示板,美術館での個人ナビ,などなどさまざまな興味深い応用への展開が提案されている. すなわち,ユビキタスコンピューティングというより,むしろユビキタス情報環境を支えるインフラのユニークで有望な形態を提案しており,大変興味深い.この提案に関しては在米の申請者とメールで長い議論を行なった.ここで提案されているパブボードが情報インフラとして受け入れられれば,ITは新たな方向へ展開するであろう.なお,申請者は研究開発期間を通して米国の研究機関に滞在するが,電子的通信手段の活用により,研究遂行上の困難はないことを確認している. |
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9.得られた成果の概要 提案書に述べられているような携帯電話のコンセプトの延長ではなし得ない新しい情報環境のアイデアの実現方法を明らかにした.ただし,基本ソフトウェアの実証を行なったというより,基本仕様の策定を行なったというのが正確である.最終報告書でも目標の下方修正が行なわれている. このプロジェクトの基本発想は,これからの情報環境がすべて今日の携帯電話の延長上にあるという通念を否定することにある.携帯電話はパーソナルな情報環境を指向するが,古来からの情報環境には広告や伝言板のように公共の空間を積極的に利用したものがあり,また道案内の立て看板のようにその場所に提示されていることが意味のある情報もある.これがインターネット時代においてどのような情報環境のタネになり得るかを追求することがこのプロジェクトの主目的である. こういった発想は,ITを中心に大きな変容をしていく情報化社会を読み解くための,むしろ情報社会学的な深い考察を生む.山本さんの狙いはそこにあった. ここで提案される公共の場,あるいは飲み屋 (パブ?) などに偏在するパブボード (Pub Board) は,外見はただの平面ディスプレイである.ファミコンのコントローラより少ない操作ボタンをもつキーホールダのような個人専用のキー (クレジットカードに劣らないくらい大事なものでもあるが,簡単に無効にもできる ―― プロジェクトでは10ドルPCと呼ばれている) を持ち歩けば,受動的にも (近付けばユーザに用事のあるパブボードのほうから注意を喚起してくれる),能動的にも (ユーザがそこでパブボードに見えている情報に自分の意図で関与できる),自分がいる場所に特化した情報をそこから得ることが可能になる.ここで,パブボードに表示されている情報が同時にそばにいる人々にも見えるということがパブボードの忘れてはならない特徴である.これがまたパブボード特有の社会情報学的な意味のあるアプリケーションを生む. ![]() [パブボードのある風景.街中に偏在するパブボードは社会のインフラになり,ごく簡単な手持ちデバイスを持ち歩くだけで,その場所に依存したほぼフルの情報環境を得ることができる.] ![]() [手持ちデバイスのイメージ.真中下が中身でキーホルダ型や金米糖型など好きなカバーをかぶせて使う.] 成果報告に例示されているのは,[1] 街角のパブボードで見掛けた (足で拾った) 情報を自宅のコンピュータに送ってあとでゆっくり見る「キック」,[2] 街角で見掛けた面白いものに,その場に立ち会っていたことの証明つきで賛辞 (または不満の意) を送れる「座蒲団一枚」,[3] 自分がそこへ行ったことに対する「スタンプ」 ―― オリエンテーリングに利用できるかも,[4] 街角で出会った友達や見知らぬ人といきなりゲーム,などである.このほかにも,駅や美術館などでの自分専用のナビゲーションなど多様な応用がある. このプロジェクトで得られた成果は,このような応用イメージと,これらを実現するための基本アーキテクチャの仕様である.キーホルダである10ドルPCとパブボードの相互認証や通信はBluetoothを使うことが想定されている.これらの確認するためのシミュレーションプログラムがJava言語を用いて作成され,基本的な動作を確認した.なお,システムの開発の過程で生まれたEZ-Beanという分散オブジェクト開発用のツールは, www.baykit.org のWebページ上に公開され,試用が始まっている.このページは独自開発したXMLツール群 (サーバからXMLベースの新言語まで) を無償で提供する「横浜ベイキット」によって運営されている (山本さんもその主要メンバー). パブボードが新しい情報環境として成立するかどうかのビジネスモデル検討も行なわれており,莫大な初期投資をしないでも自発的にビジネスが成立していくというプランの妥当性について議論がなされている. なお,パブボードの利用法に関する特許が出願される予定. |
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10.プロジェクトや成果に対するコメント PMは山本さんとは採択寸前の段階から大量のメールで議論を行なった.山本さんは開発期間中,ずっと米国西海岸の研究所に滞在研究員として在籍していたので,結局,最後までPMと山本さんとはメールのやりとりしかしなかった. PMと山本さんの議論の中身はほとんどこのプロジェクトの基本理念に関するものであった.PMは携帯電話の延長上に,切符,クレジットカード,財布,免許証などなど,ほとんどのものが巻き込まれていくという予想をしている.山本さんの発想は,それだけではない,もっと別の可能性があるというものである.標語的には「携帯電話をぶっ飛ばせ」と言えようか. この場合に注意しないといけないのは,携帯電話という携帯デバイスに個人が持ち歩くべきモノ(identity) が集約されてしまうことと,携帯電話が寡占的なネットワークインフラに支えられた,空間を飛び越えた個人的情報環境であるということを,問題点として切り分けることである.山本さんが打破したかった常識は後者である.パブボードはそこをうまく突いている.これは,インターネット時代の情報環境といえども,人は (その場所,あるいは広場にいるという) 身体性の束縛から逃れられない,むしろそれが人間であるという山本さんの根源的な問いかけであると思う. それとはウラハラに,このプロジェクトは在米の山本さんと日本にいる協力者たちのメールだけの議論で進行した.Face to faceでない研究の例はPMの担当したプロジェクトには他に例がない.その意味で実にユニークであった. 山本さんは最初は携帯電話を一旦否定するという立場であったが,携帯デバイスはできるなら小型のものを1個にしたいというのが大方の要望である.携帯デバイスが個人のidentityを表すようになることを否定しないのであれば,このプロジェクトでいう10ドルPCは形態としては携帯電話にマージあるいはアタッチされるべきであろう.最終成果報告では,そのようなスタンスになっていた. パブボードは数々の独自性をもつが,外面的には一見似たシステムが提案されたり,実際に運用されている.中には社会的にいろいろな議論を巻き起こしているものもある.パブボードが社会にどのように受容されるかについて,この種の議論を避けることはできないであろう. また,アウトプットとして形のあるソフトウェアではなく,(現状ではやや不完全な) 仕様書とそのシミュレータが具体的な成果とされたこともユニークである.ハード試作の余裕がないのでやむを得ないが,これには賛否両論があり得よう. |
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11.今後の展開に向けてのコメント ここで打ち立てた仕様で実際にものをつくってみる前に,ビジネスモデルの検討をもっとビジネスサイドの人々に声をかけて,活発に行なう必要があるように思う.このプロジェクトの中で進められた議論の中には,プロジェクト関係者の熱気に押されて流されているところもあるように推察されるからである. とはいうものの,ネットワーク社会においてこれからの技術需要を動かしていく若い人たちの発想は簡単には読めない.パブボードがあっという間にブレークする可能性は否定できない.しかし,未熟なまま世に出て,せっかくのチャンスを自ら潰してしまう可能性だってあり得ないことではない.だからこそ,ビジネスのイメージにはもっと慎重な議論を積み重ねる必要がある.もちろん,石橋を叩いて壊してはならないが…. そういうビジネスサイドの発想とは別に,社会情報学の専門家とのコンタクトも進めたほうがよいと思う.社会情報学自体は人文科学一般と同様,どちらかというと後知恵の学問で,未来予測にコミットしないことを旨とするようだが,それでも技術者の知らない多くの知見やヒントをもたらしてくれる.それを踏まえた上で,もう一度前に出るという方法をとってもよいはずである. いずれにせよ,距離を超えるメディアの時代に,距離近傍,すなわちある空間座標の付近に自分 (この場合手持ちデバイス) がいることをITのすき間以上の意味をもつものとして見直そうという発想は素晴らしい.PMはこの概念をベースにして,プロジェクトで現在提案されているよりも,もっと広く深い応用イメージをブレーンストーミングして創造してほしいと思うのだが,いかがであろうか. |
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12.評価の定量的なまとめ [1] 未踏性 A 基本アイデアは意表をついていて新鮮である [2] 発展性 B+ 提唱されているビジネスモデルは面白いが,さらなる検討が必要 [3] 完成度 B+ すぐに使えるソフトウェアとしては… [4] 生産性 B+ すべてがネットワーク上での研究開発,日本には珍しい [5] 戦略性 A- ビジネスモデルの詰めにちょっと不安があるが [6] 意外性 B+ 具体的アーキテクチャは堅実着実,応用の新展開がもっと欲しかった |
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