平成12年度未踏ソフトウェア創造事業


採択案件評価書

1.担当PM  6.竹内 郁雄
2.採択者氏名  丹羽 時彦 (関西学院高等部教諭) 角田 博保,楠本 範明,佐渡 一広,中川 正樹,三宅 芳雄
3.プロジェクト実施管組織  株式会社メディアプラス
4.委託金支払額  5,935,234円
5.テーマ名  WWWを用いた視覚による統計教材ソフトの開発とその評価について
6.関連Webサイトへのリンク http://www.kwansei.ac.jp/hs/z90010/hyousi/2106.htm
7.テーマ概要

提案者は5年前から,インターネット上で「放課後の数学」というタイトルで,高校数学のための副教材として数学学習支援を行なっている.その教材を作成する上で,注意したことは

(1) 数学的表現能力の育成
(2) 数学的論理展開能力の育成
(3) 数学的イメージ能力の育成
である.

特に (3) は,数学を苦手とする生徒が必要とする点であるが,今までの黒板による授業形態では困難である.「放課後の数学」では,数学的なイメージをなるべく忠実に表現するように努め,数学をイメージ的に捉えることの効果をいろいろな手段で確認した.このソフトは,提案者 (丹羽) の学校の高等部にいる身障者 (進行性筋ジストロフィー) のテキストをめくることが不可能な生徒や,不登校の生徒とのインタラクティブなやり取りにも利用されている.

このような取り組みを行なってきたが,本提案では,教材のグラフィカルな特性を現在のメディアでどの程度発展させることができるか,また,それによる教育効果をさらに高めるにはどうすればよいかに焦点を絞って新たな教材開発を行ない,教育現場で実際に使ってみる.

教材内容は統計学である.数学的なグラフの表現や,本来確認できない内容をシミュレーションすることにより容易に体験することができるからである.実際,グラフィカルに統計分布グラフを示し,それをさらにアニメーションすることで数式や定理の意味をきわめてはっきり理解することが可能になる.また,統計学は,高校生だけでなく大学生にも必要であり,教育効果の評価を,定量的に大量に測定することができる利点もある.これまでの試作により,十分なフィージビリティが確認できている.
8.採択理由

高校数学をWebでインタラクティブに学べるなような教材を単独で開発した提案者の過去の実績は,ITを学校教材にどう生かすかを具体的に示したという意味で高く評価されるものである.本提案はその実績に基づいて,大学初年級の統計学を,視覚的に理解できるようにする教材の作成を提案している.統計分野以外の部分ではすでに高い完成度を達成しており,本提案の実現性は高い.字面だけではなかなか理解の本質に迫れない統計学の重要な概念を視覚化することで,いわば統計学の正しい土地勘が教えられるというメリットを感じた.

教材というコンテンツをつくって,それを教育現場で評価するという当初の提案自体は,ソフトウェア創造を主体とした本プロジェクトの趣旨に沿うものではないので,方針修正を依頼し,教材ソフトとして世の中にアピールするものを創造する基本部分に集中してもらうことにした.
9.得られた成果の概要

主開発者の丹羽さんの名作高校教材ソフト「放課後の数学」の姉妹編ともいうべき統計教材 (まだ固有名詞はないようである) がメインの成果である.このほかに発展させるべき重要な成果とPMが直観したのは,丹羽さんが書いた教材ソフト作成のためのJava入門のテキストである.

統計教材は「放課後の数学」と同様,Webブラウザで読める教材である.必要なユーザインタラクションやアニメーションはJavaアプレットで書かれている.レベルは高校の「数学C」を基本としているが,実社会で必要な統計には不足していることと,数理の奥底が不明のままでは本質的な理解ができないので,大学教養程度の内容まで含んでいる.高校生にこの内容をすべて理解させるのは無理であろうが,むしろ実社会で統計や検定を使わざるを得なくなった社会人には適切なレベルであろう.

扱っている分布は,正規分布,二項分布,ポアソン分布,超幾何分布,Γ分布,F分布,t分布,β分布と,必要なものは揃っている.

背景にある数理の理解には微分・積分のある程度の知識が必要であるが,この教材ではそういったものを,別のページへのリンクとして用意している.とりあえず統計に対する土地勘を養うためにはそのあたりを省略してもよいような配慮がなされている.

高校生レベルに対する導入として,この教材はまず確率と面積を対応させて,確率を図形的・幾何学的に理解させるという方法論をとる.これは直観的でわかりやすい.そのあとビュフォンの針とか,エレベーターの怪といった逸話的な題材を含めて確率・統計への親しみを増す工夫がなされている.

統計的推測も直観的な理解を助けるビジュアルなアプレットにより平易な導入がなされている.

分布の概念をわかりやすく説明するのは至難の技である.しかし,分布の形をパラメータの設定からリアルタイムに表示するアプレットは,教科書ではなし得ないスタイルである.分布に対する直観的な理解を養えるであろう.これは統計学をよく知っている人が見ても参考になる.

これらの教材は,共同開発者によって綿密に評価されており,さらなる改良のための基礎データとして集積されている.ただし,これが反映されるのはこの開発期間のあとになる.また一部教材の単元の作成が未了のところもある.

現在はβバージョンであるが,


http://www.kwansei.ac.jp/HS/temp/toukei/toukeihy.htm


に公開されている.直接覗いて見てほしい.

これらの教材の作成には,丹羽さんが「放課後の数学」をつくるにあたって獲得した数々のノウハウが含まれている.
これらを織り込んだJava入門のテキストは,元来共同開発者たちの研究室の学生に教材アプレットを作成してもらうためのものだったが,このようなWeb教材ソフトが今後教育現場でたくさんつくられるようにするためには,公開するに値する成果である.
10.プロジェクトや成果に対するコメント

なぜ統計を題材としたかは,丹羽さんに会って初めてわかった.統計学が専門だったのである.その分,この教材作りには思い入れがあったということである.このプロジェクトは丹羽さんがサバティカルで大阪大学基礎工学部白旗研究室に在籍している間に行なわれたものである.

教材ソフト作りには二つの苦労がある.一つは学習者の直観的な理解を助ける教材ソフトならではのアニメを含んだユーザインタラクションの作成 (このプロジェクトの場合,Javaアプレット) である.もう一つは教科書としてのテキスト作成 (丹羽さんはドキュメント作成と呼ぶ) の苦労である.

アルバイト学生のJavaアプレット作成の現場を見せてもらったが,同じものでも教材としてどう見せるかを工夫するには単なるプログラミングを超えたノウハウが必要である.失敗作も多かったようである.

結局,アプレットもテキストも丹羽さんのテイストで統一するようにしたため,丹羽さんの負荷がこのプロジェクトで非常に高くなってしまった.こういったノウハウはなるべく多くの人が共有できるようにしなければならない.まだまだ作らなければならない教材ソフトは多いし,現場の教師もこれからは教材ソフトをつくる必要があるからである.

共同開発者たちによる綿密な教材評価もあるが,PMの見た印象でも,教材ソフトとして盤石なものにするには細部でもうちょっと改良を進めることが必要である.ただし,現状でもすぐに使い人には十分に利用可能なレベルに仕上っている.
11.今後の展開に向けてのコメント

一人のスーパーワークだけでは幅広い分野の教材ソフトを完備することは不可能である.丹羽さんの持つノウハウを多くの人が共有できるようにするためには,当面さらなる作品を自分でつくることより,教材ソフト作成に関する伝道活動をするほうがよいと,PMは丹羽さんに進言した.

幸い,このプロジェクトに参加した人達のために丹羽さんが1ヵ月かけて書いたJava入門のテキストがある.このテキストには丹羽さんの教材ソフトのJavaアプレットに使われた数々のノウハウが詰まっている (全部ではないらしいが).これを独習者にも読めるように加筆して,ぜひ教科書として出版していただきたい.応用分野の的が絞られたプログラミング言語の入門書には高い意義がある.共同開発者のどなたかが協力していただければと思う.未踏ソフトウェア創造事業の成果の発展形としてよい教科書ができるというのは素晴らしいことである.

なお,共同開発者たちからの教材評価コメントには,この教科書に反映させたほうがよいと思われるものがたくさん見られる.ぜひそれらを反映させていただきたい.ということは現在のβバージョンもちゃんと完成バージョンにしてほしいということである.
12.評価の定量的なまとめ

[1] 未踏性 A- このような題材の教材ソフトは類例がないはず
[2] 発展性 A+ 丹羽さんの伝道活動の成果に期待し,先取りの A+
[3] 完成度 B+ とりあえずβバージョン
[4] 生産性 B チームとしてB,丹羽さん個人に負荷が集中
[5] 戦略性 B+ 発信型ソフトとしての戦略がはっきりしている
[6] 意外性 B+ ノウハウテキストの存在