平成12年度未踏ソフトウェア創造事業


採択案件評価書

1.担当PM  6.竹内 郁雄
2.採択者氏名  美馬 義亮 (公立はこだて未来大学 システム情報科学部講師)
 木村 健一 (公立はこだて未来大学 システム情報科学部助教授)
3.プロジェクト実施管理組織  株式会社エスイーシー
4.委託金支払額  4,000,000円
5.テーマ名  「思考のデッサン」ツール
6.関連Webサイトへのリンク  http://www.sketch.jp/
7.テーマ概要

「物語のためのデッサンツール」を提案する.このツールは,物語を作ること自体を目的とするのではない.目的とするのは,物語を作る行為を通じて自己の思考を客体化することである.このプログラムのユーザは,自分でテーマを決めて,物語に関連したキーワードや様々な言葉を集める.それらのデータをもとにし,いくつかの物語生成ルールが適用されたのち,物語が自動生成される.これらの(物語)生成ルールはユーザが管理・変更できるようになっているため,生成される物語は(乱数による偶然性も加味しながら)幅広い内容の物語を生成できるようになる.文章と同時に,挿絵などを自動生成することも計画している.

こうした物語の生成行為を通じて,利用者は自己の生み出した物語を客体としてとらえながら,自分が表現したいものは何であったのかという問いかけを行ない,少しずつ物語に変更を加えたり成長させたりといった活動を行なう.これはあたかも画家がデッサンを行なうことにより自分の網膜に映ったものを、自分の感性に基づいて紙面に新たに再構築する方法に似ている.
8.採択理由

PMが掲げた「芸術とプログラミング」の領域に関する数少ない提案の一つであり,芸術系の人も参加しているので,スーパークリエータ発掘の趣旨とPMの思い入れによって採択した.

これは「物語のためのデッサンツール」の提案であるが,物語をつくるためのツールを開発するというよりも,物語をつくる行為を通じて自己の思考を客体化することを支援するのが目的である.

この発想自体がなかなか新鮮である.自己の思考を客体化する,あるいは自己の思考を映し出すといった作用は,多かれ少なかれある種のソフトウェアツールは自然にもっているものだが,それを陽に言明してつくろうというところを評価した.

ただし,具体的になにがソフトウェアとして得られるかには未知数部分のほうが大きい.この面での心配はあるが,逆になにが出るか予想がつかないという期待もある.
9.得られた成果の概要

 絵画作成ツールThinking Sketchの基本部分を作成した.Thinking Sketchの特徴は
(C1) 自分の絵画テイストをマウス操作やプログラムで伝えながら,オリジナリティのある作品を生み出すことができる.

(C2) 自分の指示したテイストを画面上で確認しながら,作品をつくることができる.

 Thinking Sketchは,基本的に既存のドローイングツールの延長線上に位置付けられるが,自己のテイストを記号化して指示することにより,半自動的に作品を生み出すことができる点が斬新である.

Thinking Sketchの機能はまとめると以下の3点である.

(F1) 通常のドローイングツールと同様のオブジェクトドローイングの機能

(F2) 既存の絵画を参照して,オリジナルな絵画を作成する機能

 具体的には既存の絵画をバックグラウンドにして,それをマウスでトレースすることにより新しいオブジェクトを生み出す機能である.トレースした形をテンプレートとして,それを変形コピーしたり,ライブラリに登録して再利用することが可能である.また,既存の絵画の配色をベースにして,配色のテイストを模倣・変形することも可能である.

(F3) 同一のテイストをもつような絵画を次々と作成する機能
 ライブラリに登録したオブジェクト群や,配色データなどをシステムが自動的に画面に出すことにより,一定のテイストをもつ絵画を半自動的に作成できる.このアルゴリズムをJavaプログラムのレベルでユーザが改変すると,プログラムによってテイスト自体を記号化した形で作成することができる.





[同じテイストで自動作成された二つの作品.これ自身で本のカバーに使えそうな作品に仕上っている.]

 このうち,(F2),(F3) は既存のドローイングツールには見られない新しい機能である.芸術作品のテイストを記号化することによって,自己の芸術活動にして思考レベルでのリフレクション機能をもたせるというこのプロジェクトの目標がある程度達成されたと言えよう.

 これらの機能は,プロの芸術家というより,むしろ絵画に関する基本技術が不足しているユーザに歓迎されるものである.もし,これが音楽の分野でのプロジェクトであったとすると,音楽鑑賞の耳はもっているが,楽譜が読めず,楽器も弾けないユーザが自分で音楽作品をつくれるということに相当する.

 ただし,プロの芸術家にとっても,自分のテイストを記号化できることにより,高次のリフレクションが可能になるというメリットがある.これは,開発者たちが訪問したコンピュータアートでの先駆者ハロルド・コーエンも予言するところである.

 なお,画像の半自動作成の部分で,特許が1件申請される予定である.
10.プロジェクトや成果に対するコメント:

このプロジェクトの採択理由でも述べたように,PMは「芸術」が21世紀のコンピュータ利用の (少なくとも文化的に) 大きなジャンルになると期待している.これはそういったPMの思い入れを託して採択した唯一のプロジェクトである.

当初の提案は物語の作成を半自動化することを目標にしていたが,議論の結果,短期間にある程度の成果が見込める絵画の半自動作成ツールの開発に目標を変更してもらった.計算機科学者である美馬さんとアーティストである木村さんのペアではそのほうが確度が高いと見たからである.実際,モンドリアン風の図形作成プログラムの開発経験もあった.物語の自動生成に関しては1970年半ばのロジャー・シャンクの研究に始まり,日本でもいくつかの研究例があるが,どうしても自然言語の森羅万象に踏み込まないといけない.これは数人の天才だけではいまだにどうにもならない問題ではないかとPMは考えている.


最初のうち,予備検討にかなり長い時間を要してしまい,ソフトウェア作成に時間を本当に割けるのかどうか心配されたが,2月中旬には,ある程度のデモができるシステムが出来上がった.実質的にプログラミングに使えた時間を思うとかなりのプログラミング速度だった.描画に関するJavaのライブラリの豊富さも時間の短縮に大いに寄与していると考えられる.ただし,短期集中を旨とする未踏ソフトウェア創造事業では,プロジェクト実施期間内での予備検討にあまり時間が長くかかるのは好ましくないと思う.これは次回への反省事項である.

システムはJavaで書かれている.ユーザがテイスト生成のカスタマイズのためにこれを裸のまま使えるというのは魅力的なアイデアである.しかし,バリアが高すぎるかもしれない.もっとやさしいインタフェースや情報の整理が必要になるであろう.ただし,裸のレベルのJavaでいじることができれば,テイストのさらなる多様性を確保できることは確かなので,そのあたりのソフトウェア構造の戦略が必要である.

このプロジェクトでユニークだった点は,はこだて未来大学というまだ1年生しかいない新しい大学で,デザイン教育の場を借りて,Thinking Sketchの開発自体にリフレクションの場をもたせたことである.これは予想外によいフィードバックを与えたように窺える.PMは木村さんの授業でつくられた学生たちの作品 (たとえば,trace & trace) をある程度の時間をかけて見て回ったが,これだけの生の素材があるといろいろなことがよく見えてくるはずだという印象をもった.
11.今後の展開に向けてのコメント:

現状のThinking Sketchはまだドキュメントが不備であるとか,使い勝手にまだまだ改良の余地があるなど,ユーザにすぐ開放できる状態ではないと思われる.文書化を含めて,ソフトウェアとしてもう少しポリッシュアップすることとが必要である.

あと,このツール自体が本質的にもつテイストの枠の明確化,あるいは枠の拡大・打破が望まれる.これはかなり挑戦的な課題であると思うがゆえの贅沢な希望である.

実は,PMが最も感心したのはプロジェクト末期に木村さんが生み出した「アートゲノム」という言葉である.表現型 (phenotype) としての美術作品に対して,単にそれのテイストというのではなく,もっと根元的な遺伝子型 (genotype) といった概念を当てたところに着眼点のよさがある.この言葉をベースに,芸術家たちの一つの芸術運動としてアートゲノムプロジェクトの提案に至ろうとしていると伺ったが,ぜひ実現に持ちこんでいただきたい.

ちなみにアートゲノムプロジェクトとは,Thinking Sketchを使って芸術家たちが彼らのテイスト,あるいはゲノムを記号化し,それらを交換,交配,突然変異させることによって,新たなメタ芸術のジャンルを生み出そうという運動である.実現すると面白いことになりそうである.

[アートゲノムプロジェクトの壮大な企画のポンチ絵.左半分はよく読むとなかなか味わい深い.連画というのは,もちろん連歌のモジリであるが,絵画でそのようなことを試みたことがあるという.]
12.評価の定量的なまとめ

[1] 未踏性 A- ほかに類例はないと思う
[2] 発展性 A- 相変わらずの未知数であるが,期待したい
[3] 完成度 B+ まだ単体のソフトとして仕上っていない
[4] 生産性 B+ 予備検討がやや長すぎた
[5] 戦略性 B+ 戦略的な検討がもうちょっと欲しかった
[6] 意外性 A- 「アートゲノム」という言葉の発明とそのプロジェクト化を評価する